「ナチスの子供たち」の映画である『さよなら、アドルフ』が日本公開中だ。ナチス・ドイツを題材にした映画はいろいろあるが、『アドルフ』のような視点のものはほとんどなかったと思う。今年のアカデミー賞外国語映画賞のオーストラリア代表にもなった作品だ。

アドルフ_メイン.jpg© 2012 Rohfilm GmbH, Lore Holdings Pty Limited, Screen Australia, Creative Scotland and Screen NSW.


 主人公はナチス幹部の父を持つ14歳の少女ローレ。第2次大戦の敗戦後、両親は連合国軍によって拘束され、ローレは幼い妹や弟たちを連れて遠く離れた祖母の家を目指すことになる。混乱のただ中にあるドイツを子供たち5人で行く旅は当然ながら過酷だし、悲劇も避けられない。

 ローレは旅の途中、ユダヤ人に対するナチスの残虐行為を初めて知る。さらに1人のユダヤ人青年と出会うことで、今までの価値観が少しずつ崩れていく――。

 加害者も人間であり、それぞれの人生があるなどと訴えるものではないし、反戦を主張するものでもない。ただ少女が自らの境遇にどう立ち向かい、成長していったかを描くことに主眼が置かれている。映像の美しさにも助けられてその点はよく伝わってくるし、視点を転換させることの意義もよく分かる。

 ローレのような境遇は遠い外国の話、という訳ではない。戦争犯罪人とされた人、その家族や子供は日本にも存在する。その1人が、父がB・C級戦犯として死刑に処せられた駒井修さん(岩手県盛岡市在住)。このブログの前の記事「祖父と私と『永遠の0』」と重複するようで恐縮だが、『さよなら、アドルフ』公開に合わせて駒井さんのトークイベントが行われたのでちょっと書いてみたい。

 1月15日、明治学院大学の学生たちが企画したイベントのゲストスピーカーとして駒井さんが登場した。自らの体験を語り継ぐ活動をしている駒井さんは、話の前にいつも戦争の犠牲となった方々に黙祷を捧げていると話し、この日も10秒間の黙祷から始まった。

 駒井さんの父は第2次大戦中、タイの捕虜収容所の副所長だった。捕虜たちは映画『戦場にかける橋』で有名な泰緬鉄道の敷設に従事させられたが、そこであるスパイ事件が起きる。駒井さんの父は、その取り調べで捕虜を拷問した(2人が死亡、6人が重傷)容疑者としてB・C級戦犯裁判にかけられ、46年にシンガポールで死刑になった。

 A級戦犯を裁いた東京裁判のことはよく知られているし、例えば最近の靖国問題のようにたびたび話題になる。一方、イギリスやフランス、ソ連などがそれぞれ裁判所を設けてB・C級戦犯を裁いたことはそれほど知られていないと思われる。延べ5000人以上が起訴され、1000人ほどが死刑判決を受けたという(A、B、Cは戦争犯罪の種類の違いであり、罪の重さではない)。

 「戦犯の子」として後ろ指をさされ、差別されることもあった駒井さんは95年頃から少しずつ父の死に関して調べ始めたという。07年には父に代わって謝罪をするため、父が重傷を負わせた元イギリス人捕虜のエリック・ロマックスさんをイギリスに訪ねた。ロマックスさんは遠い日本からやって来た駒井さんを「ごくろうさま」と何度もねぎらいながらも、「なぜ息子であるあなたが謝罪をするのか」と少し戸惑ったようだ。

 それでも最終的には和解できたと、駒井さんは話す。さらに父の裁判で証言をしたロマックスさんは、「駒井ファミリーを不幸にしたのは俺だ」と謝ったという。

 ある日本人を通して、駒井さんが訪問を打診してから7年が経っていた。ロマックスさん自身、面会することにかなりの葛藤があったようだ。ただ別れ際には、「いくら振り返っても過去は変わらない。未来のために生きていこう」と駒井さんに言葉を掛けたという。

 トークイベントの冒頭、『さよなら、アドルフ』を見た感想を聞かれた駒井さんは「もしローレが今いたら、『77歳の私は自分の体験をこうやって話す活動をしています。あなたは何を思い、どんなことをしていますか』と聞きたい」とだけ答えた。子供の頃からずっと抱えてきた葛藤や苦しみを1本の映画の感想として、簡単に言い表せるものではないだろう。

 ちなみに今年4月には、ロマックスさんの自伝を基にした映画『レイルウェイ 運命の旅路』が公開される。『さよなら、アドルフ』と同じように、戦争が1人の人間に与える傷の深さ知るきっかけになるのではないか。

 幼い駒井さんたちを残して出征する前、父は「戦争に行きたくない」と泣いていたらしい。戦犯として処刑されたときの無念さはどれほどだったろう。

――編集部・大橋希


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