<椎間板ヘルニア、腰部脊柱菅狭窄症など、構造が複雑で疾患の種類も多い背骨の異常については、正確な判断とそれぞれの患者にあった治療方法を採用することが重要だ。本誌特別編集ムック「世界の最新医療2020」より> 「背骨の構造」を正しく知っているだろうか。中には背骨を「少し柔軟性を持つ1本の骨」くらいに思っている人もいるようだが、もちろんこれは大間違いだ。背骨のことを正確には「脊椎」と呼ぶ。この脊椎は、首の「頸椎」から始まり、背中の胸椎、腰の「腰椎」、そして骨盤の一部に組み込まれている「仙椎」までをひとまとめにした総称。ひとまとめにされてはいるが、実際には頸椎は7個、胸椎は12個、腰椎と仙椎それぞれ5個の「椎骨」と呼ばれる骨が複雑に連なって構成されている。 骨そのものは硬質で柔軟性はない。なのになぜ背中を折り曲げられるのか──。それは、それぞれの椎骨が独立していて、それぞれの間に「椎間板」という柔らかい組織が挟まっているから。椎間板が緩衝材になることで、人は前かがみになったり振り向いたりすることができるのだ。 人の脊柱は、どんなに姿勢のいい人でも直線ではない。頸椎はやや前に、胸椎はやや後ろ(背中側)に、そして腰椎は再び前側に膨らむようにカーブし、全体的に「緩やかなS字状」を呈している。 人の頭部の重さは、全体重の約1割といわれている。体重が70キロの人であれば、7キロの重量を、タテになった背骨で一日中支え続けなければならない。 これを「直線」の背骨で支えていたら、たとえ椎間板がクッションになったところで背骨は破損してしまう。背骨がS字状になっているのは、頭など体の上部の重量を放散させ、脊柱の負担を軽くするためなのだ。 椎骨同士は複雑に連なっている、と書いたが、椎骨の形状もまた複雑だ。断面図を見ると、椎骨の中央には大きな穴が開いており、椎骨が連続することでこの空間はトンネルのような空洞を形成している。ドーナツをいくつも積み上げたようなイメージだ。 このトンネルを「脊柱管」と呼び、中を神経の束が走っている。そして、この束から派生する神経は、脊椎と脊椎の隙間から細い神経を枝分かれさせているのだ。 わずかな異常が大きな痛みに 人の体というものはよくできていて、複雑な構造の連続する脊柱管を通る脊髄や「馬尾(ばび)」などの神経の束も、わずかに空いた脊椎の隙間を通る神経も、脊椎そのものに損傷がない限り、どんな動きをしても影響を受けない、つまり痛みを発することはないのだ。脊椎と神経はさまざまなパーツがそれぞれ「正常を保つ」ことにより、上半身の可動域を維持し、脊髄や神経の安全も保っている。 ===== しかし、構造が複雑であるが故、ほんのわずかな損傷や異常も事態を大きくする。脊椎の疾患は日常生活に大きな影響を与えるのだ。そんな「脊椎の異常」にはさまざまなタイプがある。よく知られているのが「椎間板ヘルニア」だろう。 そもそも「ヘルニア(hernia)」とは「飛び出す」という意味。医学的には「特定の臓器が、本来収まっているべき空間から、その外に脱出した状態」を指す。鼠径(そけい)部(下腹部の足の付け根の辺り)で腸管が筋膜の外側に脱出すると「鼠径ヘルニア(脱腸)」、赤ちゃんの臍(へそ)の緒が取れた痕が外側に出たままの状態を「臍(へそ)ヘルニア(でべそ)」という。 椎間板ヘルニアは、椎骨と椎骨の間で自動車などのショックアブソーバーのような役割を担っている椎間板が、何らかの理由で脊柱管側に飛び出て、神経を圧迫して痛みやしびれを引き起こしている病態。椎間板が変形する要因としては、当然加齢もあるが、長時間にわたって腰に負担のかかる姿勢を取り続ける(重い荷物を持つ仕事や長時間の車の運転など)こと、さらに近年では「喫煙」もリスク因子として挙げられている。そのため30代から40代の比較的若い年代に多く見られ、20代での発症も珍しいことではない。 ただ、飛び出した椎間板組織は、時間の経過とともに吸収されることがあり、しばらくは鎮痛剤や神経ブロック注射などで様子を見ているうちに軽快していくこともある。 それでも改善しないときは外科的手術が検討される。代表的なのが「LOVE法」と呼ばれる術式。背中側から切開し、必要最小限の骨を切除して手術器具の通り道を開け、神経を刺激しているヘルニアを切除し、摘出する。 内視鏡手術の導入が進む しかし近年では、内視鏡を用いた「MED法」や「PED法」など低侵襲の術式が開発され、実績を高めている。内視鏡手術というと「癌治療」をイメージしやすいが、整形外科領域でも導入が進んでいることは覚えておきたい。 もう1つ、脊椎の代表的な疾患に、「腰部脊柱管狭窄症」がある。原因は大きく「骨性」と「靭(じんたい)帯性」の2つ。骨性とは、椎間板が変性して骨同士がぶつかり合い、衝撃を受け続けた部分が次第に傷んでいくことから始まる。傷んだ部分を修復するために、新たな骨の組織が形成されるのだが、これが過剰に産生されると「骨棘(こつきょく)」という突起ができて、神経を刺激する。 ===== もう1つの靭帯性とは、脊柱管内にある黄色靭帯が加齢とともに分厚くなることで、神経の通り道を狭くする病態だ。 こちらは椎間板ヘルニアと違って、様子を見たところで自然に改善することはない。早期では薬剤や神経ブロック注射などの保存療法が取られることもあるが、根治療法となると手術しかない。 従来は背中側の皮膚を10センチ程度切開して、神経を圧迫している骨組織や靭帯などを取り除く、あるいは神経を圧迫している部分を切除した上で椎骨同士を固定することで痛みが起きないようにする手術が行われていた。 しかし近年、この領域でも内視鏡手術の導入が進んでおり、2センチ弱の小さな穴を数カ所開けるだけなので、入院期間も短くて済む。 脊椎の疾患にはほかにも腰椎すべり症や成人脊柱変性、椎体骨折など種類が多く、同じ病気でも患者の年齢やライフスタイルなどによって治療法も異なる。信頼できる医師と十分に相談し、納得の上で治療計画を立てていくべきだ。 <本誌特別編集ムック「世界の最新医療2020」より> 【参考記事】癌細胞を確実に攻撃する「魔法の弾丸」(米ミズーリ大学研究) 【参考記事】薬の飲み忘れを防ぐ、驚きの新送薬システムとは? ※画像をクリックするとアマゾンに飛びますSPECIAL EDITION「世界の最新医療2020」が好評発売中。がんから新型肺炎まで、医療の現場はここまで進化した――。免疫、放射線療法、不妊治療、ロボット医療、糖尿病、うつ、認知症、言語障害、薬、緩和ケア......医療の最前線をレポート。