<コロナショックで大打撃を受ける世界の航空路線図──保護主義に向かうアメリカを尻目に中国が空を牛耳る> COVID-19(新型コロナウイルス感染症)が脅かすのは、地上に生きる人と企業の存亡だけではない。グローバル化を追い風に順調に業績を伸ばしてきた世界の航空業界も、激しい乱気流に巻き込まれている。 その衝撃の大きさを雄弁に物語る数字がある。この疫病のせいで、座席数にして週に2000万席を超える定期旅客便が運休や廃止に追い込まれているのだ。 壊滅的な打撃には違いないが、2001年9月11日の米同時多発テロ後の状況とは異なる。あのときはハイジャックされた旅客機が自爆テロの凶器と化したから、その後しばらくは誰もが飛行機に乗るのを怖がった。今回は違う。ひとたびパンデミックが収まれば、すぐにでも飛行機に乗りたい人がたくさんいる。ただしそうしたニーズにどう応えるかで、航空会社の生死は分かれる。 パンデミック後の空の旅、とりわけ国際便の在り方は決定的に変わりそうだ。そして新たな国際航空路線図で、大いに存在感を増すのは中国だろう。今でも中国は巨大なタコのような存在で、アジア各国に航空路線網を張り巡らすだけでなく、アジアと他の大陸を結ぶ路線網にも大きな影響力を持っている。 この10年で、中国では空の旅に対する需要が急速に高まった。現在では世界の航空旅客輸送の18%を中国人客が占めており、金額に換算すれば年間890億ドルに上る(ちなみに世界最大の市場はイギリスを含むEU圏でシェアは25%、金額ベースでは1690億ドルだ)。 かつての中国は規模のわりに小さく、そして隔絶された航空市場にすぎなかったが、あっという間に裕福な中産階級が増え、彼らの旺盛な海外旅行熱が中国を巨大市場へと変えた。今でこそ新型コロナウイルスのパンデミックで冷え切っているが、終息後に海外旅行需要が一段と増えるのは間違いない。 航空業界のデータバンクOAGのアナリスト、ジョン・グラントは言う。「アジアでは、どの国の航空会社も中国に乗り入れる路線を必要としている。日本も韓国もマレーシアもシンガポールも、みんな中国便に力を入れている。だから、これらの国が(中国への)渡航禁止を解除できると判断するまでは、アジアの市場全体がしぼんだままになる」 言い換えれば、これら諸国が中国便を再開すれば、アジアの航空市場は再び上昇気流に乗るはずだ。 そして中国政府は、その日に備えて他のどんな国よりも断固として有効な手を打てる立場にある。なにしろ空港も飛行機も、そして飛行機を飛ばす路線の許認可権限も、全て一手に握っているからだ。必要とあらば資金を投入して自国の航空会社を救済することもできる。 しかも中国政府は──ここが肝心なところだが──他国の航空会社の生命線を握ってもいる。国内主要都市への乗り入れをどこの航空会社に認めるかも、週に何便の運航を許可するかも、決めるのは中国側だ。 ===== 対照的に、その他の国の航空会社は市場の力によって運命を左右される。例えばアメリカの大手航空3社(ユナイテッド航空、アメリカン航空、デルタ航空)は過去10年で中国への路線を積極的に増やし、大いに潤ってきた。しかし今後はゼロからの再出発を強いられる。2月以来ストップしている中国行きのフライトを再開するには、しかるべき需要の回復を見届ける必要がある。 ところが需要回復のカギは中国側が握っている。海外渡航需要はアメリカよりも早く回復するだろうが、中国政府は(アメリカへの中国人客の渡航制限を継続するなどして)需要の回復ペースをコントロールできる。同じことは、中国へのフライトを一時的に止めている日本などの航空会社にも言える。 国際線の路線図に変化が そんな状況を変えたくても、今のアメリカ政府には打つ手がない。中国が世界の航空業界を牛耳ろうとするのを、ただ見ているしかない。 アメリカの著名な航空アナリストのリチャード・アブラフィアは業界誌エビエーション・ウィークに、こう書いている。「この危機は、既に悪化していた中国とアメリカおよび西側諸国との関係をさらに悪くした。この危機を乗り切った先には経済面のナショナリズムの高まり、欧米系サプライチェーンの中国離れの加速があるだろうから、中国はますます自国中心の未来図を描こうとする可能性がある」 つまりアメリカが世界を導く役割を放棄し、保護主義の殻に閉じ籠もろうとするのを尻目に、中国はアジアのみならず世界中で空の旅の在り方を支配できることになる。しかも今は、国際線の路線図が大きく描き換えられようとしている時期だ。 伝統的な航空会社にとって、最大の収益源はビジネスクラスを利用する顧客だった。だからビジネス客を囲い込むサービスの充実を競ってきた。しかしパンデミック後の世界では、この客層は便利なビデオ会議システムに奪われる可能性が高い。海の向こうの現地まで行かなくても商談はでき、それが時間の短縮や経費の削減にもつながることが分かった以上、わざわざビジネスクラスで出張する必要性は薄れる。 格安航空会社(LCC)の前途も厳しい。複数のLCCが破綻し、撤退を強いられるかもしれない。2年後ぐらいには淘汰が進み、生き残れるのは最強・最大の会社だけかもしれない。 さらに、歴史的な文脈で実に興味深い変化も起きつつある。現在の国際線の路線図は基本的に、ジェット機の時代が始まった1960年代と変わっていない。ニューヨークからロンドン、フランクフルト、カイロ、デリー、バンコク、香港、東京、そしてシドニーと、いわゆる「ハブ空港」を赤道のように地球を一周する形で帯状に並べたスタイルだ。 しかし、これからは変わる。今回のパンデミックが始まる以前から、中国の主要8空港の利用客は年間4億8200万人を超えていた。そしてその多くは、ハブ空港で国際線へ乗り継いでいた。最大で500人くらいは乗れるジャンボ級の大型機で主要なハブ空港まで行き、そこから他の都市へは中・小型(通路が1つで横一列6席程度)の飛行機に乗り換えて飛ぶ。ただし乗り継ぎは面倒だから、たいていの客は目的地まで直行便で飛びたいと思っている。 ===== 実を言えば、航空会社も座席数の少ない機材で遠くまで直行便を飛ばしたほうが儲かる。大人数を乗せてハブ空港まで運んでも、そこから目的地までの移動を別な航空会社に奪われたら、一番おいしい部分の利益が失われてしまうからだ。 だからこそ、今は「座席数は少なくても遠くまで飛べる」航空機が求められている。そのニーズに応えるのがエアバスA321XLRだ。この新型機は従来機種より30%も燃費がよく、航続距離は最大8700キロメートルもある。 ジャンボ級は過去の遺物に アメリカと中南米諸国の主要都市を結ぶ直行便を就航させたいアメリカの航空大手3社はA321XLRに飛び付き、合わせて270機を発注した。既に受注総数は450を超え、宿敵ボーイング737の5倍に達しているという。 アジアで言えば、A321XLRはシンガポール-シドニー、ホーチミン-ブリスベンなどの主要都市を結ぶ直行便に使える。北京からトルコのアンカラ、上海からインドのバンガロールへも直行できる。 A321XLRのような機材で各国の主要都市を結ぶ直行便が増えれば、大量の客をハブ空港まで運ぶジャンボ級ジェット機の出番はなくなる。今回のパンデミックで最初に就航が止まったのも、ジャンボ級のエアバスA380とボーイングのB747-400だった。 まだデビューから日の浅いエアバスA380はともかく、伝説のジャンボ機B747はもはや消えゆくのみ。より燃費のいいB777-9やA350に取って代わられるのは時間の問題だろう。 この宿命的な世代交代を加速させたのは新型コロナウイルスの感染拡大だが、そうでなくても今は長期にわたる気候変動への真摯な対応が問われている時代だ。大量の石油を消費し、二酸化炭素をまき散らしている航空業界も今までどおりではやっていけない。 経済活動の停滞や観光客の激減で航空業界は苦しい時期だが、地球温暖化を防ぐための対応も待ったなしだ。燃費を改善し、植物由来の燃料を混ぜるなどして二酸化炭素の排出を減らす目標は是が非でも達成しなければならない。 せめてもの救いは、そうした先端技術を用いた中・小型の新型機のほうが、企業にとっての収益性も高いという事実。A321XLRのもたらす効率性の「大躍進」は、その最初の一歩にすぎない。 エアバスもボーイングも、最終的に目指すのは化石燃料を使わずに飛ぶ未来の実現だ。今はまだ電池だけで大きな旅客機を飛ばすことはできないが、いずれは自動車同様、航空機も化石燃料と絶縁し、空を汚さずに飛べるようになるだろう。今のパンデミックがそうした変化の加速に役立つなら、まずは不幸中の幸いと言えるのかもしれない。 <本誌2020年4月21日号掲載> 【参考記事】アメリカから帰国した私が日本の大手航空会社の新型肺炎対策に絶句した訳 【参考記事】サプライチェーン中国依存の危うさを世界は認識せよ ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年4月21日号(4月14日発売)は「日本人が知らない 休み方・休ませ方」特集。働き方改革は失敗だった? コロナ禍の在宅勤務が突き付ける課題。なぜ日本は休めない病なのか――。ほか「欧州封鎖解除は時期尚早」など新型コロナ関連記事も多数掲載。