<スペイン、イタリア、米ニューヨーク州では、死亡率が飛び抜けて高い。医療崩壊は何が原因なのか、そして日本でも起きるのか。感染症対策の第一人者が検証・提言する。本誌「日本に迫る医療崩壊」特集より> 4月15日、新型コロナウイルスによる世界の感染者数がついに200万人を突破した。10万人を超えたのが3月7日。それから1カ月もたたずに100万人、さらに半月足らずで200万人である。世界全体の死者数は4月10日に10万人を超え、いまだにうなぎ上りだ。魔の手はアジアから欧州、そしてアメリカに渡り、世界213カ国・地域に広がった。 ここで目立ってきたのが死亡率の違いである。 時に混同して使われるので整理すると、「死亡率(Mortality rate)」と「致死率(Case fatality rate)」は異なる。死亡率は一定人口に対する死亡者の割合で、致死率は感染者に対する死亡者の割合である。新型コロナでは無症状や無検査の感染者も多いため、その致死率は報告された感染者数のみで計算している。検査数を増やして感染者数が増えると致死率は下がる。 人口100万人当たりの死亡者数(チャート1)を見ると、スペイン、イタリアに比べてドイツ、韓国、中国、日本の低さがよく分かる。アメリカはそれほど高くないように見えるが、ニューヨーク州の値は821であり、飛び抜けて高い。 4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集20ページより なぜ死亡率にこれほどの違いがあるのだろうか。さまざまな要因が挙げられるが、その1つとして注目されているのが「医療崩壊」だ。 まず、「医療崩壊」とは一体何だろうか。実は明確な定義がなく、言葉が独り歩きしているようにも思えるが、新型コロナに関して言えば「患者が急増して病院が機能不全を起こした状態」を指すことが多いようだ。英語で「医療崩壊」に当たる定型語はないが、米ニューヨーク州のアンドルー・クオモ知事は「overwhelm the capacity of the current health care system(現存するヘルスケアシステムの能力を凌駕する)」と表現している。 対策を考える場合には、その定義も明確にする必要があるので、私としては「医療崩壊」を「保健医療システムの機能不全」と言い換えて、感染拡大により「保健医療サービスの需要が急増し、供給できる能力を超えたために、本来提供できるサービスや成果を生むことができなくなること」と定義したい。 簡単に言うと、水をコップに注ぐ、その水が新型コロナの感染者で、コップが病院を含む保健医療サービスが供給できる能力・容量である。そのコップは病院だけではない。救急車もあれば、保健所もあり、開業医もいる。大量の水が注がれればコップから多くの水があふれ出す。この中には本来なら助かったかもしれない新型コロナ感染による死者、さらに、本来なら救急治療を受けられた脳梗塞の患者もいる。 ===== 例えば、イタリアのある地域では、平時なら緊急電話にかけると20秒以内に応答し、90秒以内に救急車が出動し、30分以内に患者は病院の処置室に到着していた。だが新型コロナ感染拡大により、緊急電話回線がパンクし、救急隊員が感染し、救急車が汚染されて、心臓発作の患者が救急車を呼ぶのに1時間も電話がつながらない事態に陥っているという。 さらに、滝のような勢いで水を注ぐと、コップ自体が破壊され、提供できるサービスの量も質も下がることがある。本来なら新型コロナの重症患者を救える病院でも、十分なサービスが提供できず、死なせてしまうこともある。 医療崩壊リスクを測る「ハコ」「ヒト」「モノ」 どの時点で医療崩壊を起こすのか。それにはコップの容量、保健医療サービスの供給能力を測る必要がある。その重要な要素が「ハコ」「ヒト」「モノ」だ。「ハコ」とは病院や病床、さらに救急車や検査施設など。「ヒト」とは医療従事者や救急隊員、保健所職員など。「モノ」とは防護具や人工呼吸器、さらに「最後の砦とりで」と呼ばれる体外式膜型人工肺(ECMO)、検査機器・用品などである。 ここで、いわゆる医療崩壊が起きている国(イタリアとスペイン)と今のところ持ちこたえている国(ドイツと日本)を比較してみたい。 まずは「ハコ」だ。人口1000人当たりのベッド数は、イタリア3.2、スペイン3.0に対して、ドイツ8.0、日本13.1で、大きな開きがある。特に、日本の病院数と病床数は世界一だ。しかし、チャート2のとおり、人口10万人当たりの集中治療室(ICU)の病床数は、ドイツが圧倒的に多いが、日本はイタリアに比べても半数ほどだ。 4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集21ページより 次に「ヒト」。人口1000人当たりの医師数は、イタリア、スペイン、ドイツはほぼ同じだが、日本は少ない。一方、人口1000人当たりの看護師数は、イタリア、スペインに対して、ドイツ、日本は2倍ほど多い(チャート3)。 4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集21ページより そして「モノ」はどうか。人口10万人当たりの人工呼吸器は、イタリアの12台に対し、ドイツは34台、日本は20台である。医療用マスクやゴーグル、フェイスシールドなどの防護具に関する正確な統計はないが、世界の多くの国で不足し、同じマスクを繰り返し使い、ビニール袋などをシールドとして使っているという。 「ハコ」「ヒト」「モノ」以外の重要な指標として「カネ」がある。チャート4のとおり、GDPに対する保健医療支出の割合は、イタリア、スペインに対し、ドイツ、日本は高く、アメリカは断然トップだ。以上の統計を見ただけでも、医療崩壊が起きたイタリア、スペインでは感染拡大前から保健医療サービスの供給能力は高くなかったことがうかがえる。 4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集21ページより しかし、現状はこの数字以上に厳しかったようだ。感染は国全体で均等に広がったわけでなく、一部の地域に集中したからである。イタリアでは北部のロンバルディア州で感染が爆発した。その結果、この地域の死亡率は国平均の3倍近くで、報告された感染者の5人に1人が死亡している。信じられない値である。 さらに、コップも破壊された。 イタリアでは4月9日までに約1万3000人の医療従事者が新型コロナに感染し、100人以上の医師と約30人の看護師が死亡し、スペインでも4月6日までに、全感染者数の14%に当たる1万9400人の医療従事者が感染した。 ===== イタリアのICUの中で働く医療従事者 FLAVIO LO SCALZO-REUTERS 医療従事者の感染は医療サービスの供給能力を下げるだけでなく、自らが患者になることで病床や人工呼吸器を占有してしまう。なぜこれほど医療従事者が感染したのだろうか。 まず、感染者が集まる医療機関はホットスポット(感染流行地)になりやすい。感染者の咳やくしゃみで飛散したウイルスを含む微粒子は、密室内であれば空気中を浮遊し、3時間ほど感染力を保つという。ドアノブや手すりなどでも2~3日、サージカルマスクの表面では7日ほども感染力があるともいわれる。 感染者の中には別の訴えで医療機関の外来を訪れ、また転倒するなどして救急車で運ばれる人もいる。医療従事者は感染を疑わずに診療し、後で感染が判明することもある。 さらに、PCR検査は危険だ。綿棒を鼻から挿入して鼻咽頭にある粘液を回転させて検体を採取するが、それによって咳やくしゃみが止まらない人も多い。防護具もなく、手順が不適切ならば、採取者の感染リスクは高まる。 防護具があっても感染する恐れがある。アフリカでエボラ出血熱が流行したときにも見られたが、防護具を着用して汗をかき、それを拭ったり、目や鼻をかいたり、眼鏡やマスク、ゴーグルの位置を変えようとしたりするときにウイルスが目・鼻・口から侵入することもある。防護具の着脱の際に顔や体にウイルスを付けてしまうこともある。防護具が足りず、何度も汚染されたものを使っていれば、その可能性はさらに高まる。イタリア、スペインの例を見ると、医療従事者に対する感染防御のトレーニングも不十分だったようだ。 さらに、医療従事者の長時間労働や精神的ストレスは感染への免疫力を下げ、医療の質も下げる。中国・武漢の調査では、治療に当たった医療従事者の72%が過度のストレスを感じ、うち50%は抑鬱状態、45%は不安、34%は不眠を訴えたという。 日本が他国の対策から学べること では日本はどうなのだろうか。医療崩壊は起こるのだろうか。 日本はこれまでよく持ちこたえてきたといわれる。プライバシーを無視した感染者追跡や自己隔離を守らなかった場合の懲役や罰金を科す韓国やシンガポール、移動や外出の禁止を「強制」する欧州の強硬策に比べて、日本は長らく国民の「自粛」に頼ってきた。 それでも欧米に比べると感染者も死亡者も少なかった。これを奇跡、またパラドックスと呼ぶ人もいたが、それも過去の話になりつつある。 3月24日の東京都の新規感染者数17人は、4月11日には197人と10倍以上に急増した。私の友人医師たちからも、「開業医が新型コロナに感染して休業に追い込まれた」「多くの感染者が救急外来に殺到するようになってパンク状態。心筋梗塞の急患も診られない」「院内感染が広がったのでやむを得ず病院の救急診療を停止した」などの悲鳴や嘆きが届くようになった。 日本集中治療医学会などが行った「COVID-19による重症呼吸不全ECMO治療状況」(4月12日集計)でもECMO治療患者は2週間で1.9倍に増えたと報告され、切迫した状況が分かる。 ではどうすればいいのか。他国の対策から学べることはあるだろうか。 まずは「ハコ」について。スペインでは、欧州で最大規模となる5500床の野戦病院(500床の集中治療室を含む)を、首都マドリード郊外の展示会場内にわずか18時間で設置したという 。さらに、軽症者の隔離や健康管理のためホテルを借り上げ、6万室を確保している。 ===== 医療崩壊が起きたスペインではバルセロナの駐車場が遺体安置所に PABLO MIRANZO-SOPA IMAGES-LIGHTROCKET/GETTY IMAGES 専門医に聞くと、統計上、日本のICU病床数は少ないが、酸素や人工呼吸器を使って集中治療できる病床数はかなり多いという。できるだけ多くの医療機関で不要不急の手術や処置を控え、退院・転院できる患者は自宅や別の施設に移し、感染爆発に備えた病床を確保することは急務である。また、病院の敷地内や公園などの大規模施設に仮設の検査・診察・入院施設を設置することも検討すべきだろう。 日本では、軽症者・無症状者は「自宅療養」、家族に高齢者や医療従事者がいる場合は優先的に「宿泊施設での療養」とすることになった。医療機関への負担や院内感染を減らすためにも、賢明な方向転換である。新型コロナの集団感染の8割は家族間で起きたという中国の報告もあり、自宅以外の宿泊施設を十分に確保し、効率的・効果的な隔離と健康管理、疎外感や不安などに対するこころのケアを提供する必要がある。 また、新型コロナに関する相談窓口、検査の拡大・効率化も急務だ。窓口に電話をしてもつながらない、相談や検査ができずに不安になり医療機関を訪れる、受診を拒否されるため救急車を呼ぶという連鎖を断ち切るためにも、スマートフォンやネットなどでの相談・診療など、IT技術、遠隔医療の導入は必要だ。 感染動向を知り治療方針を考える上で、現在のPCR検査の実施体制を強化すること、また、精度のより高い検査方法の開発・導入は重要である。ただし無症状や軽症者にPCR検査を行うときは、その適応や事後対応を検討し慎重に行うべきと私は考える。検査結果がどうであれ、現時点でやるべきことは自己隔離であり、検査が陰性だからといって外出や仕事を続けることのほうが危険だからだ。現在のPCR検査は感染者10人を検査すると少なくとも3人を誤って陰性としてしまう。検査をして7人を安心させるより、3人をスーパースプレッダーにするほうが怖いのだ。 「ヒト」を招集し「モノ」を増産せよ 「ヒト」については、イタリアは今年、医師試験を免除して医学生を招集し、約1万人を現場に投入した。スペインでも、1万4000人の引退した医師や看護師を含む5万2000人の医療従事者を集めている。 日本でも、感染爆発を想定した人材確保を真剣に考えなくてはならない。不要不急の診療や処置などが減ったことで、時間の余裕ができた医療従事者もいると聞く。そのような人々が支援に参画できるメカニズムも検討する必要があるだろう。 新型コロナの集中治療、人工呼吸器やECMOの操作などができる医療従事者は限られている。しかも通常、日本では重症者2人を看護師1人で見ているが、新型コロナの重症者の管理には個人防護具が必要で、さまざまな制約が伴うため、重症者1人に看護師2人が必要になるという。感染爆発を想定して、できる限りの人材確保と適正配置を考えるべきだ。 「モノ」では、世界全体では現在88万台の人工呼吸器が不足しているという分析がある。各国ともその獲得に必死で、メーカーはフル稼働しているが、特に自動車製造が持つさまざまな工業技術は、新型コロナ対策のモノ作りに役立つという。ゼネラル・モーターズ(GM)、フォード、日産自動車などが人工呼吸器の増産に参入し、さらにマスクやフェイスシールドなどの製造を始めている。 日本を含め各国政府は国内企業にマスクなど防護具の増産を要請しているが、それでも足りず多くの国が今も輸入に頼っている。中国は3月1日からの約1カ月間で、マスク38億6000万枚、防護服3752万セットなどを輸出し、無償供与もして「マスク外交」とも呼ばれている。 ===== 一方で、最近は人工呼吸器やマスクなどの医療物資、さらに食料品に至るまでの国際的なサプライチェーンが危機に瀕している。感染拡大に伴い、自国優先で輸出制限をする国が増えたからである。英仏など54の国・地域が年初から一部の医療物資の輸出を制限し、3月だけで世界で新たに70品目の輸出規制がなされた。 これは私の仕事にも大きく影響している。一部の治療薬、診断キット、検査機器などが途上国に届けられなくなったのだ。輸出規制は自国の命を守るが、他国の命は危うくする。 そんななかで解決策も模索されている。例えば、3Dプリンターによるモノ作りである。PCR検査用のスワブ(綿棒状の検体採取キット)、フェイスシールド、マスク、人工呼吸器用の部品など、3Dプリンターで製造可能なものは多く、しかも速い。ある会社は700以上の医療用部品などをわずか1週間でイタリアの医療施設に提供し、なかには要請を受けてから病院への納入まで8時間で完了したケースもあるという。 医療崩壊を防ぐために「データ」の重要性も指摘しておきたい。特に、自治体ごとの新型コロナの重症者数、使用可能なICU病床数、人工呼吸器・ECMO数などの重要な情報は可視化して公開し、リアルタイムにモニタリングする必要がある。 IT技術の進歩と市民社会を含むさまざまなセクターの協力により、世界では新型コロナの情報の分析・可視化・共有が進んでいるが、日本でもその動きが始まった。患者数、感染者用の病床数などを都道府県ごとに表示した「新型コロナウイルス対策ダッシュボード」である。今後も、さらに産官学民の連携が広がっていくことを期待している。 「努力」ではなく「結果」が全て しかし何といっても、医療崩壊を防ぐための最も重要なことは、一人一人の行動、感染拡大の阻止である。 社会的・経済的影響を最小限に抑えたいと思うのはどの国も同じだ。しかし、感染爆発を経験した欧州では、早くこの修羅場から脱却するためにも、生ぬるい政策より徹底した強硬策を評価する声が多い。現在、過去を振り返って、なぜもっと早く強硬策をやらなかったのか、との後悔や非難の声も多い。判断が遅ければかえって感染は長引き、人的・経済損失は共に大きくなることを多くの国が証明しているからである。 日本には海外の経験やデータから学ぶ余裕も、考えて準備する時間もあった。だが、緊急事態宣言後の「甘い」「緩い」対策には海外からも驚きの声が多い。私も驚いた。 大切なのは「宣言」ではなく「内容」だ。さらに「努力」ではなく「効果」そして「結果」だ。グーグル社が公開した「COVID-19コミュニティ・モビリティ・レポート」など人々の移動をモニタリングできるツールによると、今のところ日本の政策の「効果」は十分に見えていない。逆に、データからは将来の恐ろしい「結果」が見えてくる。 医療崩壊が進んで死者が増えるかどうかは、われわれ一人一人の行動に懸かっている。しかし、それが「自粛」や「要請」でできない場合、より強い政治的決断が求められる。まさに今がその時だ。 (筆者はジュネーブ在住。元長崎大学熱帯医学研究所教授。これまで国立国際医療センターや国連児童基金〔ユニセフ〕などを通じて感染症対策の実践・研究・人材育成に従事してきた) <本誌2020年4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集より> 【関連記事】新型コロナ:ECMOの数より、扱える専門医が足りないという日本の現実 【関連記事】新型コロナ:「医療崩壊」ヨーロッパの教訓からいま日本が学ぶべきこと 【関連記事】緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文) ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年4月28日号(4月21日発売)は「日本に迫る医療崩壊」特集。コロナ禍の欧州で起きた医療システムの崩壊を、感染者数の急増する日本が避ける方法は? ほか「ポスト・コロナの世界経済はこうなる」など新型コロナ関連記事も多数掲載。