<日本同様、比較的穏やかな移動自粛要請を打ち出していたが、民族大移動の季節を前に方針撤回せざるを得ず......> インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は21日、テレビを通じた閣僚会議で5月末に予定されるイスラム教の断食明けの「レバラン大祭の休暇」で恒例となっている国民の帰省や旅行などの移動を全面的に禁止する方針を明らかにした。禁止は4月24日から早速適用される。 新型コロナウイルスによる感染者、死者が依然として増加し続けているインドネシアの公衆衛生上の危機を最小限に抑えるため、最も感染者が多いジャカルタ首都圏などの都市部から全国の地方に人が移動することによる感染のさらなる拡大を予防することが帰省禁止の最大の目的としている。 政府はこれまでに国家公務員や警察官、軍人に関してはレバランの帰省を原則禁止してきたが、国民に対しては「帰省を見合わせるように」とのお願いベースの規制だけで、強硬策をとることには経済的影響や国民の不満拡大が深刻とみられることなどから慎重な姿勢だった。 2000万人が帰省する民族大移動 世界4位の人口約2億6000万人のうち実に約88%を占める世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアでは4月24日から約1カ月の断食を迎える。 イスラム教徒の最も重要な5つの義務の一つとされる断食では日の出から日没まで一切の飲食、喫煙、性交を絶ち、厳格には唾を飲みこむことも淫らな妄想を抱くことも禁忌とされる。 日の出前の食事、日没後の飲食は家族や友人らと食卓を囲んだり、イスラム教の礼拝施設であるモスクで会食したりすることが恒例で、1日5回の祈祷も通常通りに集団で実施する。 しかし現在は、モスクや宗教行事での集団活動が新型コロナウイルスのクラスター(感染集団)となることから、イスラム教団体などはモスクでの祈り自粛を呼びかけているが、禁止する措置はとっていない。このため開放されているモスクではイスラム教徒同士が約2メートルの「安全距離」を保って祈るように求められている。 ジョコ・ウィドド大統領も以前から「仕事、学習、祈りは全て家で行うように」と呼びかけて自宅待機と外出自粛を要請していた。 なお24%が帰省計画で大統領決断 ジョコ・ウィドド大統領が帰省全面禁止に踏み切ることを決断した背景に運輸省などが行った国民に対する調査の結果がある。 この調査で68%の人々が今年のレバランには帰省しないと回答したものの、依然として24%の人が帰省する予定である、7%がすでに帰省したと回答した。 調査結果を重く見たジョコ・ウィドド大統領は「依然として多くの人(24%)が帰省するという調査結果なので全国民に帰省禁止を発令するという重い決断をすることになった」と閣議で述べた。 帰省禁止に伴う各種必要な措置はこれから政府が早急に準備する、としている。帰省禁止で最も求められるのは実効性を持たせるためにどのように監視態勢を取るかということと、首都圏をはじめとする都市部での食料などの生活必需品の確保となる。 ジョコ・ウィドド大統領は閣議の席で関係閣僚に現在進めている現金や生活必需品の支給や配布などの低所得者、貧困生活者対策の強化とともに、新型コロナウイルス感染予防でジャカルタなどに発令された人やモノの移動の制限、一般ビジネスの営業停止、短縮などを内容とする「大規模社会制限(PSBB)」の影響で失業した労働者への手厚く迅速な対応の実行を指示した。 ===== コロナ失業による強盗・窃盗など治安悪化への対策急務に 主要メディアの「テンポ」電子版は21日、ジャカルタ南郊のボゴールで30歳の男性が起こした窃盗事件を報じた。男性は新型コロナウイルスの対策で操業短縮に追い込まれた靴下工場を最近解雇され、生活に行き詰った結果近所の店からガスボンベを盗もうとして店員や客から暴行を受け、逮捕されたという。 警察の取り調べにこの男性は「食べるものがなく、2日間何も食べていない。子供に食べるものをとつい盗みをしてしまった」と供述していると伝えている。 ジャカルタでは西部の貴金属店に拳銃を持った強盗が押し入るなどの事件が相次いでいる。さらに刑務所での新型コロナウイルス蔓延を回避するために法務人権省が4月2日に服役囚3万8822人の早期釈放に踏み切った。釈放されたのは軽犯罪や経済犯などが中心で凶悪犯、テロ犯、麻薬犯、汚職犯などは含まれていない。 しかし「ただでさえ新型コロナウイルスの影響で失業者が増えている社会情勢で、釈放された人達が簡単に仕事を見つけられるとも思えない」(国家警察幹部)ことから釈放者による再犯、再逮捕の事案も増え、これまでに10人以上が刑務所に戻され、射殺された容疑者もでている。 こうした事態に国家警察は各州警察に釈放された服役囚の再犯にも目を光らせるように指示。刑務所側から釈放された服役囚の居住地、出身地などに関する情報提供を受けて、該当地域の町内会や地方自治体と連絡を取りながら監視体制を強めているという。 さらに犯罪増加の懸念が高まっているジャカルタでは首都圏警察が特別チームを編成して街頭パトロールの強化を始めている。 イスラム教徒団体の指導者などはこれまでも帰省の自粛を呼びかけてきたが、PSBBの影響で失業したり、通勤が不要になったりした労働者が早めの帰省をするためにジャカルタの主要バスターミナルや長距離列車のターミナル駅では混雑が続いている。 こうした混雑は感染拡大の危険を大きくはらんでいるものの、今後政府による帰省全面禁止が正式に効力を持つ前に駆け込み帰省をしようとする人々によるさらなる混雑が予想されている。 このためジョコ・ウィドド大統領が決断した「新型コロナウイルス感染の地方への拡大阻止」がどこまで実効性を伴うことになるのかはなかなか見通せない状況となりそうだ。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など 【関連記事】 ・「ストックホルムは5月には集団免疫を獲得できる」スウェーデンの専門家の見解 ・日本がコロナ死亡者を過小申告している可能性はあるのか? ・アメリカの無関心が招いた中国のWHO支配 ・シンガポール、新型コロナ感染1日で1426人と急増 寮住まいの外国人労働者間で拡大   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年4月28日号(4月21日発売)は「日本に迫る医療崩壊」特集。コロナ禍の欧州で起きた医療システムの崩壊を、感染者数の急増する日本が避ける方法は? ほか「ポスト・コロナの世界経済はこうなる」など新型コロナ関連記事も多数掲載。 ===== ジョコ大統領「今年は帰省は諦めよ」 断食月明けの帰省や旅行を禁止すると発表するインドネシアのジョコ・ウィドド大統領 KOMPASTV / YouTube