<「脱成長」は間違いだった――人口増加と経済的繁栄を達成しつつ環境問題を解決する道筋は見えている> 50年前の人たちには、地球の未来を憂えるそれなりの理由があった。成長は右肩上がりであってほしいけれど、どう考えても地球の資源には限りがあり、しかも人為的な汚染によって毒されていたからだ。 しかし今は違う。この半世紀で人類は、その数と富を増やしつつも地球をいたわり、守ることに成功してきた。もちろんまだたくさんの問題が残っている。その最たるものは地球温暖化だが、幸いにして私たちはもう難関を乗り越える道筋を見つけている。ただし残念なことに、その道筋を正しくたどっているとは言い難い。もっと前を向いて進まなくてはいけない。もっと賢くなって問題を解決していく必要がある。 50年前、人々は4月22日をアースデイ(地球の日)と定め、この星を守るにはどうすればいいかを考え始めた。20世紀、とりわけ第2次大戦後の20年間、地球上の人口は未曽有のスピードで増え続け、世界経済はそれをも上回る速度で成長を遂げ、多くの人の暮らしがよくなった。しかし急成長には3つの不幸な副作用があった。避け難く、しかも恐ろしい副作用だ。 1つは、資源の使い過ぎ。例えば50年前のアメリカでは、アルミや化学肥料などの消費量が経済成長を上回るペースで増えていた。資源には限りがあるから、いずれは使い果たしてしまう。1972年にはマサチューセッツ工科大学(MIT)のドネラ・メドウズらが有名な報告書『成長の限界』で、「現在のシステムに大きな変化がないと仮定すれば」という条件付きながら、資源の枯渇によって21世紀中には「人口の増加も経済成長も止まってしまうだろう」と警鐘を鳴らした。 2つ目は、環境汚染。空気も水も大地も、どんどん汚されていた。アメリカでは1940年以降の30年間で、大気中の二酸化硫黄濃度が60%以上も増加していた。当時のライフ誌には「あと10年もすれば都会で暮らすにはガスマスクが必要になり......1985年頃には大気汚染のせいで地球に届く太陽の光が半分に減っているだろう」という科学者たちの予想が掲載されていた。 3つ目は、種の絶滅。産業革命以来、アメリカバイソンからシロナガスクジラまでのさまざまな動物が絶滅の危機に瀕してきた。このままいけばもっと多くの動物が姿を消すと懸念された。だからアースデイの提唱者ゲイロード・ネルソン上院議員(当時)は70年に、こう警告した。「いま生きている動物の種の75%ないし80%が、25年以内に絶滅する恐れがある」と。 こうした深刻な副作用を止めるにはどうすればいいか。ともかく成長を止めるしかないだろうと、当時は思えた。つまり「脱成長」である。地球を壊すわけにはいかないから、ともかく人口の増加も経済成長も止めよう。それが50年前のアースデイから生まれた思想だった。 必要に思えた「脱成長」 脱成長は容易でないし、みんなが望むことでもなかったが、それでも必要に思えた。哲学者のアンドレ・ゴルツは75年に書いている。「大切なのは消費を増やさないことではなく、消費量をもっともっと減らすことだ。ほかに方法はない」 しかし誰も、どの国も社会も脱成長を受け入れなかった。この事実は何度でも強調しておきたい。第1回アースデイのあった70年以降、世界経済と人口の成長ペースが少し落ちた時期があったのは事実だ。しかしそれは戦後の25年間が復興期で、各国の経済がものすごいスピードで拡大していたから。この特別な時期を除けば、70年以降の世界経済と人口の成長率は人類史上最速のペースだった。脱成長どころではない。 成長に伴う3つの悪しき副作用はどうなったか。資源の枯渇と環境汚染、そして種の喪失の3つだ。人口と富の増加につれて、これら副作用も増大しただろうか。 とんでもない。意外や意外、われら人類はこの50年間で、その数と富を増やしながらも地球への負荷を減らすすべを見いだした。この変化は最初、豊かな先進諸国で起きたが、やがて世界中に広まった。 ほとんど誰も想定していなかった展開だ。今でもたいていの人は気付いていないが、人類の繁栄は自然の犠牲の上に成り立つという非情な法則は揺らぎ始めている。本当だ。嘘だと思うなら、3つの副作用の現在を検証してみよう。 ===== まず、資源の枯渇について。何であれ、物が足りなくなればその価格は上がる。これは常識だ。しかし燃料や鉱石、食物といった主要資源は例外なく、世界中の平均的労働者にとって以前よりも手に入りやすくなっている。 グローバル化の影響を研究しているマリアン・タピーとゲイル・プーレイは、そんな仮想の平均的労働者が買える50種類の生活必需資源(原油やコーヒー豆、綿花など)の量を試算してみた。すると、1980年には1時間分の労働が必要だった量を、2018年にはわずか20分余りの労働で買えることが分かった。「同じ労働時間で買える量」という尺度で見る限り、高くなった資源は1つもなかったという。 なぜか。理由の1つは、かつての想定よりも実際の資源量が多かったからだ。72年の『成長の限界』には主要な天然資源について、当時の確認済み埋蔵量と、それが枯渇する時期をさまざまなシナリオの下で計算したデータがある。同書の試算によれば、72年当時のような高度成長が続いた場合は29年以内に金の資源が枯渇するはずだった。銀は42年以内、銅と石油は50年以内、アルミニウムは55年以内とされていた。 この予測は外れた。金も銀もまだ十分にある。現在の確認済み埋蔵量は金が72年当時の5倍、銀も3倍以上となっている。銅やアルミニウム、石油などの確認済み埋蔵量も当時より多い。この半世紀近く、大量に消費してきたのにだ。 アメリカでは電力会社が二酸化炭素排出量を大幅カット(ウェストバージニア州の石炭火力発電所) MICHAEL S. WILLIAMSONーTHE WASHINGTON POST/GETTY IMAGES 競争原理で進む「脱物質化」 もう1つ、先進諸国の多くが天然資源の消費量を年々減らしているという事情もある。世界のGDPの約25%を占めるアメリカでは、銅や紙、農業用水、木材、窒素(重要な肥料の原料だ)、農地といった資源の年間消費量が減少傾向にある。07年から今日までに経済は20%ほど成長したが、アメリカの総エネルギー使用量はほとんど増えていない。 急成長中のインドや中国を含む途上国はまだ、資源離れをしていない。だが筆者の見るところ、これらの諸国もそう遠くない将来に、先進諸国と同様、少なくとも一部の資源の消費量を減らし始める。 詳しくは筆者の著書『モア・フロム・レス』を見てほしいが、経済の「脱物質化」は2つの力が組み合わされると加速される。1つは技術の進歩、とりわけアナログからデジタルへの流れだ(今日の液晶ディスプレイは以前のブラウン管式モニターよりもずっと軽くて高性能だ)。 もう1つは資本主義、つまり競争原理だ。競争があるから企業には資源節約(=利益増大)の強烈なインセンティブが生まれ、技術の進歩がそれを実現する機会を提供する。だから内燃機関(エンジン)はどんどん軽くなり、燃費効率がよくなり、強力になってきた。昔は何台もの機械が必要だった作業も、今はスマートフォン1台で済む。これが経済の「脱物質化」の現実だ。 地球の資源に限りがあるのは事実だ。しかし私たちの使う量、使える量に比べたらずっと多い。70年のアースデイ以降に私たちが経験したことは、地球が十分に大きく、人間が必要とする資源を提供できることを示している。つまり、成長が地球を食いつぶす心配はない。しかし地球を汚してしまうリスクはある。 ===== 2つ目の環境汚染は、経済学で言うところの典型的な「負の外部性」だ。この用語は、誰かの経済活動が無関係な他者に悪影響を及ぼすことを指す。例えば工場排水が川を汚せば、下流に住む人々は(その工場の製品と無関係でも)被害をこうむる。 市場の競争原理は善だが、こうした負の外部性には知らぬ顔で、むしろその原因となりやすい。そこで、政府がかつてフロンガスを規制したように汚染物質の排出量に上限を設けたり、課金するような介入が必要となる。後者の理屈は簡単だ。汚染物質の排出が高くつけば、企業は経費削減のために排出削減の知恵を絞る。アメリカを含む先進諸国が採用する排出量取引制度(キャップ・アンド・トレード方式)は、環境汚染の権利に課金することでそれを減らそうとする仕組みだ。 この仕組みは成功した。米スミソニアン誌によれば、排出量取引は「汚染者側に、なるべく費用をかけずに排出を削減する方法を工夫させる。その結果、排出量を減らすために電力会社が負担する年間コストは(当初の想定の)250億ドルより格段に低い30億ドルに抑えられ、さらに死者や病人が減り、湖や森林の汚染が改善されたことなどから、年間1220億ドルの利益が生まれている」 先進諸国ではこうした取り組みが絶大な効果を上げた。人口が増え、経済が成長しても汚染は減った。現在アメリカの経済規模は70年の2.5倍以上だが、大気中の二酸化硫黄濃度は90%以上も減り、その他の汚染も劇的に改善された。 中国は汚染対策として太陽光発電にも力を入れる KEVIN FRAYER/GETTY IMAGES 中国は環境汚染に宣戦布告 半世紀前、公害は必要悪とされていた。70年にはアメリカのある市長が「町を豊かにしたいなら悪臭ぐらい我慢しろ」と言い放ったほどだ。だが、それは真実でなかった。環境汚染を減らすために成長を諦める必要はない。賢い対策を講じ、実施すればいい。 しかし途上国はどうか。見通しはよくない。オックスフォード大学の研究員ハナ・リッチーと同大学マーティン・プログラム所長のマックス・ローザーの調査によれば、「大気汚染による死亡率が最も高いのはサハラ砂漠以南のアフリカと南アジア」だ。「工業化が進み、低所得国が中所得国へ浮上するにつれて大気汚染が進む傾向にある」という。 さもありなん。しかし経済学者サイモン・クズネッツによれば、途上国の公害は成長につれて悪化するが、ある時点を境に改善に転じる。貧困を脱し衣食住が足りてくれば、人はクリーンな環境を求める。そこで政府が適切な手を打てば、成長を維持しつつ汚染を減らせる。 この理論は環境クズネッツ曲線(EKC)と呼ばれ、いい例が最近の中国だ。2014年3月、李克強(リー・コーチアン)首相は全国人民代表大会で「われらは断固、環境汚染に宣戦を布告する」と演説した。政府は石炭火力発電所に二酸化炭素の排出削減を命じ、発電所の新設を中止して、家庭の石炭コンロを回収した。 努力は実った。経済学者のマイケル・グリーンストーンによれば、18年までに中国で微小粒子状物質(PM2.5)による大気汚染は30%以上減った。今後もこのペースでいけば国民の平均寿命は2.4年延びるという。「アメリカは70年から12年ほどかけて大気汚染を32%削減したが、中国は4年で同等の削減に成功した」とグリーンストーンは言う。 EKCの意味するところは、経済成長は公害を生むが、次の段階でそれを解決するということ。だから成長を諦めるのではなく、成長を世界中で促進すればいい。中国の例を見れば、途上国の汚染もピークを過ぎれば収まることが分かる。 環境汚染は局地的ではなく、グローバルな問題だ。世界の海にたまる大量のプラスチックごみは、主にアジアの貧しい国々を流れる河川から運ばれてくる。ごみの流入を止める確実な方法は、これらの国の人々を豊かにして環境意識を高めることだ。 ===== 一方、先進諸国は有効な環境対策を後戻りさせてはいけない。米トランプ政権は湿地保護やメタンガス排出規制を後退させつつあるが、この方向性は間違っている。 地球温暖化を引き起こす二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスは、長期にわたり人間や地球に打撃を与える最大の問題だ。それらの排出削減に欠かせないのは政治的決断とテクノロジーの革新だが、既成のやり方を大転換する必要はない。 役立つのは大気汚染を減らすのに成功した方法、つまり温室効果ガスの排出に厳しく課金する方法だ。企業に「炭素税」を課し、税収をその「配当」として国民に還元して価格上昇に対処させるという提言が米政府になされているが、実に素晴らしい発想だ。18年にノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・ノードハウスは炭素税の提唱者。今こそ実践すべきアイデアだろう。 野生種保護で個体数回復へ 最後に種の喪失について。それは地球温暖化で予想される悲しい結果の1つだ。温暖化で生態系が乱れれば生息地が失われ、絶滅する動物が増えるかもしれない。しかしこれにも「脱成長」では対処できない。むしろ必要なのは一層の成長だ。 国も国民も、豊かになってこそ地球や野生生物について敏感になる。その意識の変化は過去50年でよく分かる。82年の国際捕鯨委員会(IWC)では多くの国が商業捕鯨の禁止に賛同した。結果、今ではクジラの個体数が回復しつつある。 陸地や海洋を守る動きも目立つ。50年前に地球の陸地で自然公園や保護区に充てられていたのは2.4%以下で、海洋に至っては0.04%だった。しかし18年にはそれぞれ13.4%、7.3%に増えた。 中国は絶滅の危機にある動物を使った製品の世界最大市場だが、ここにもEKCのパターンが見て取れる。中国は豊かになるにつれて希少動物の搾取を減らしている。サイやトラに由来する製品の売買は禁じられ、象牙市場も17年末に閉鎖された。 絶滅のペースも鈍化しているようだ。この50年で絶滅が報告された海洋生物はいない。絶滅の阻止に成功したと宣言するのは時期尚早だが、道筋は見えたと言えそうだ。地球上の生命を守るために必要なのは、環境汚染を減らし、野生種を保護して個体数を回復させることだ。 「脱成長」は解ではない。それは人間の本性に反しているし、無益でしかない。環境保護が無駄だと言うつもりはない。私たちはアースデイ前後に生まれた環境保護の動きに心から感謝すべきだ。人々はその日から街に繰り出し、企業や政治家、政府当局者に抗議し、地球を守れと主張してきた。効果はあった。 しかし、彼らの当初の考え方は支持できない。母なる地球と未来の世代を守るためには「脱成長」を選ぶしかないという主張は誤りだった。ほんの少し知恵を絞れば、成長を続けつつ汚染を減らし、種を保護することができるのだ。さあ、真っすぐ前を向いて進もう。人類が繁栄し、いつまでも生命が豊かに息づく地球を目指して。 <本誌2020年4月7日号掲載> ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年4月28日号(4月21日発売)は「日本に迫る医療崩壊」特集。コロナ禍の欧州で起きた医療システムの崩壊を、感染者数の急増する日本が避ける方法は? ほか「ポスト・コロナの世界経済はこうなる」など新型コロナ関連記事も多数掲載。