<元女性トラックドライバーのフリーライターが、知られざるトラックドライバーの現実を書いた。「底辺職」という見方に憤りを覚えながら> 『トラックドライバーにも言わせて』(橋本愛喜・著、新潮新書)は、2つの意味で興味深く、説得力に満ちた作品である。 ひとつは、我々の生活に欠かせない存在であるにもかかわらず、実態が語られることの少ないトラックドライバーの現実が明らかにされている点。そしてもうひとつは、現在はフリーライターとして活動している著者が、「元女性トラックドライバー」という点である。 筆者は訳あって、大型自動車免許を持っている。そして20代前半から断続的に約10年間、北は甲信越から南は関西方面まで、主に自動車製造で扱う金型を得意先からトラックで引取り、納品していた。平均で1日500キロ。繁忙期では800〜1000キロを走行する、中・長距離ドライバーだった。(中略) 当時は女性のトラックドライバーが今以上に少なく、さらに平ボディ(板状で屋根のないトラック)での長距離ともなると、激レアキャラだった。ゆえに、モテた。まあ、50代以上の田舎、工場、トラックのおっちゃん限定だが......。(「まえがき」より) 町工場を経営する父親から、いずれは跡を継がなければいけない、もしくは体力のある旦那を連れて来なくてはいけないと言われ続けながら育った。しかし本人は、「シンガーソングライターになりたい」という思いを胸に抱いていたという。ここまでは、よくある話かもしれない。 ところが大学卒業を1カ月後に控えていたころ、父親がくも膜下出血で倒れた。そのためニューヨークへの音楽留学を諦め、工場を引き継ぐことに。だが、最も重要な仕事が「トラックでの金型引取り・納品業務」だったため、必要に迫られてトラックに乗ることになったのである。 つまり本書の軸になっているのは、そこからスタートすることになった著者の実体験だ。例えば印象的だったのが、第3章「トラックドライバーの人権問題」の冒頭を飾る「トラックドライバーは底辺職なのか」という節である。 様々なトラック事情を書いていると、よく見受けられるのが、「トラックドライバーのような底辺職だけには就きたくない」なるコメントなのだが、どうか安心していただきたい。こうした気持ちの方々には、トラックドライバーは絶対に勤まらない。 皮肉でもなんでもない。筆者を含め多くのドライバーが、3日ともたずに辞めていく人たちを、今まで数えきれぬほど見てきているのだ。「"底辺職"は、我慢すれば自分でもできる」という前提で考えていたら大間違いなのである。(96ページより) 確かに、いつの間にか日常的に使われるようになっている"底辺職"という表現は、非常に一方的で、そして差別的だ。 ===== それを定義づけるとすれば、給与が安く、3K(きつい・汚い・危険)で、労働環境が悪く、人気のない仕事ということになるのかもしれない。少なくとも、当のトラックドライバー以外の人たちが、そういう偏見を持っている可能性は低くないだろう。 しかし、その定義は曖昧なものであり、"底辺"だと決めつける根拠としても曖昧な部分が多い。 だからこそ著者は、他人の仕事を「底辺職だ」とするのは職業差別以外のなにものでもないと主張している。 トラックドライバーの職は過酷だ。傍から"底辺職"と思われるのも、原因の多くはこの過酷さにある。 その図体の大きさゆえに、走っていても停まっていても邪魔扱いされ、荷主に指示されるがまま手荷役作業(手で一つひとつ荷物を積み降ろすこと)し、眠い目をこすって長距離運転。これらの運行状況はデジタコ(デジタルタコグラフ)で会社に逐一管理され、荷物事故を起こせばその荷の「買取り」までさせられるケースもある。(97ページより) 当然ながら、運転中は命の危険と隣り合わせの状態にある。下手をすると加害者にもなりかねず、常に緊張を強いられることにもなる。そういう意味でも、体力はもちろん精神的にも過酷な仕事であるわけだ。 だが"トラックドライバー=底辺職"というイメージは、そうした労働環境だけによって形成されるものではない。世間が無意識のうちにトラックドライバーに対して行っている「軽視」や「職業差別」が、彼らを"底辺"に追いやっているケースもあるのだ。 その例として著者が挙げるのが、ECサイトなどでよく目にする「送料無料」という表記だ。それは過酷な労働環境で働くドライバーの努力あってこそ成り立っているわけだが、そんな事実を意識している消費者は多くないだろうと指摘している。 少ないながらも実際発生している輸送料・送料に対して、「送料弊社負担」や「送料込み」など、他にいくらでも言い方がある中、わざわざこの「無料」という言葉が使われることに、「存在を消されたような感覚になる」と漏らすドライバーもいる。(98ページより) 我々消費者は通販やネットで商品を購入しようとする際、そこに「送料無料」の文字があるかどうかを多少なりとも意識するはずだ。しかし、その裏にトラックドライバーの努力があることまでには、なかなか考えが及ばないものでもあるのだろう。 また、交通事故を起こした際の処遇の違いにも、著者は同じように"大きな引っかかり"を抱くという。 ===== 交通ルールを守っていた歩行者を轢いて死亡させても逮捕されない暴走ドライバーがいるのに対し、トラックドライバーは安全運転していても、突如現れたサイクリストや自殺志願者など、回避できない対象を轢くと、「交通強者」であるという理由から、現行犯逮捕された挙句、高確率で実名報道される。 昨今巷を賑わす「上級国民」という言葉を耳にするたび、トラックドライバーは、世間以上にその"違い"を深く考えさせられるのだ。(98〜99ページより) このように理不尽な扱いが少なくないことも、トラックドライバーが「底辺職」だとされる一因なのかもしれない。しかし、そんな中にも自らの仕事を「天職」であると誇り、愚痴をこぼしながらも生き生きと走り続けるドライバーが数多く存在することも、ぜひ分かってほしいと著者は訴える。 彼らがトラックを降りないのは、「仕方がないから」でも「他に職がないから」でもなく、「トラックドライバーという職が心底好きだから」にほかならないのだ。 にもかかわらず、そんな仕事を外側の人間が否定したり、侮辱したりすることはやはりフェアではないだろう。 ◇ ◇ ◇ 日本の貨物輸送の9割以上を担うトラックは、「国の血液」によく例えられる。そうならば「道路」は、「国」という「体」の隅々に張り巡らされた「血管」で、「荷物」はその血液が血管を通して運ぶ「栄養」といったところだろう。(「まえがき」より) 著者のこの言葉を引き合いに出すまでもなく、現代生活におけるトラックの役割は大きい。ましてや新型コロナウイルスの流行によって多くの人が移動を制限されている状況下においては、貨物輸送なくして生活は成り立たないと言っても過言ではない。 そんな時期だからこそなおさら、本書を通じてトラックドライバーの存在の大きさを知るべきではないだろうか。そうすれば自然に、彼らに感謝できるに違いない。 『トラックドライバーにも言わせて』 橋本愛喜 著 新潮新書 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) [筆者] 印南敦史 1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。