<人工呼吸器の数が全く足りないなか医師は何を基準に救う患者を選ぶのか、選別基準の指針作りが進められている> 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で死者数が増加の一途をたどるなか、世界は容易に答えの出ない難問に直面している。「医療資源の配分」だ。 医療を施さなければ死ぬと分かっている患者に医療を施さない──そう聞けば冷酷極まりない行為のようだが、現実にはそうした結果につながる決定は日常的に行われてきた。 民間の保険会社が保険申請を却下することや、トランプ米政権がオバマケア(医療保険制度改革)を事実上廃止に追いやったこともその一例なら、米政府が過去10年余り新興感染症の対策関連予算を削減してきたこともそうだ。アメリカで中国やイタリアをしのぐ世界最大の感染爆発が起き、医療崩壊の危機が目前まで迫っているのも、部分的にはこの予算削減のせいだ。 これから5月初めにかけてアメリカで第1波の感染拡大がピークを迎え、重症者がどっと病院に運び込まれれば、治療を受けられずに亡くなる患者が相次ぐ恐れがある。 問題は、自身の免疫力でウイルスを撃退できるまで、どうやって患者を生き永らえさせるかだ。そのためには多くの場合、人工呼吸器を気管挿管し、患者の肺に人工的に酸素などを送り込む処置が必要になる。 医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン掲載の分析によれば、アメリカには約16万台の人工呼吸器がある。加えて、テロや公衆衛生上の緊急事態に備えた「戦略的国家備蓄」としてのストックが8900台。米疾病対策センター(CDC)の推定によると、アメリカでは新型コロナウイルス感染症で240万〜2100万人の入院患者が出て、そのうち10〜25%に人工呼吸器を装着する必要がある。 単純計算すると、最悪の場合、1台の人工呼吸器に対して31人の患者が使用を待つことになり、最善の場合でも14人の患者に対して使用可能な人工呼吸器は10台しかないことになる。感染者が多い地域はもっと悲惨なことになるだろう。 危機のさなかに、医師は誰を救い、誰を見放すかをどう決めるのか。 生命倫理の専門家は目下、医師が公平な判断を下せるよう指針作りを進めている。人種、宗教、資産、障害の有無で決めてはならないことは誰しも認める。では何を基準にすべきなのか。 「非常に不公平な医療資源の配分は既に行われている」と、ハーバード大学の生物倫理学者ロバート・トゥルオグは言う。「貧しい無保険者は必要な医療を受けられていない。ただ表沙汰になっていないだけだ」 とはいえトゥルオグも指摘するように、人工呼吸器を装着するか否かは生死に直結する。医療資源の配分がそのまま「命の選別」になる。 ===== 医師が何らかの基準に従って公平な判断をしようとしても、現状では難しい。指針は州ごとに大幅なばらつきがあり、必ずしも守られていない。病院は横の連携を欠き、競争が激しいため人員・設備ともぎりぎりの状態で運営されていて、危機に対応できる余力はほとんどない。 無保険者は見放され、病院に多額の寄付をした人や優秀な弁護士を抱える人が優先されるのだろうか。 患者を救うために日々奮闘している医師と医療従事者の肩に、命の選別の責任が重くのしかかる。 Lockman Vural Eubol-Anadolu Agency/GETTY IMAGES 「公平な基準」作りの難しさ アメリカはこれまでも、命の選別に直面してきた。移植用臓器の配分だ。各州は、公平に臓器を配分する目的で設立されたNPO「臓器分配ネットワーク(UNOS)」に従ってレシピエント(移植患者)を決定している。UNOSの基準では、医学的に移植が適切であることに加え、臓器が提供された直後に移植を受けられることがレシピエントの条件とされる。 この条件では、臓器提供の連絡を受けたときに全米のどこであれすぐにプライベートジェットで移動できるような大富豪が優先されかねない。だがこの手の不平等をメディアが問題にすることはほとんどない。 臓器提供と違い、新型コロナの感染拡大に伴う医療資源の配分は全ての人々に劇的な影響を与えかねない。医師や病院にとっては、第2次大戦と1918年のスペイン風邪のパンデミック以来の事態だ。18年のパンデミックでは病院に呼吸困難の患者があふれ、大規模な選別が行われた。 アメリカの医療制度において、緊急時対応のルールは一貫性を欠くか、そもそも存在しない。急患があふれ医療資源が不足する状況を想定して各州が作成した「危機的状況下の医療基準」は、州ごとに異なる。特定の属性の患者を治療対象から除外している州もあり、差別的だと一部の生命倫理学者から批判されている。 特定のタイプを「集団ごと」排除する州もあると、ピッツバーグ大学医療センターの「重症者医療における倫理・意思決定に関するプログラム」の責任者であるダグラス・ホワイト教授は言う。アラバマ州は2010年、人工呼吸器を使用する対象から重度の知的障害者を除外するガイドラインを発表して批判を浴びた。「テネシー、カンザス、サウスカロライナ、インディアナの各州も除外基準を設けている」と、ホワイトは言う。 除外基準はないが、多くの生命倫理学者が公平でないと見なす基準を採用している州もある。例えばニューヨーク州のガイドラインは、できる限り多くの命を救うことを目指している。生き延びる可能性が同じなら、患者が90歳でも20歳でも優先順位は同じと規定されているが、「多くの人は理屈抜きで道徳的違和感を覚える」とホワイトは言う。 ホワイトらは危機的状況下で医療資源を公平かつ平等に配分するための指針を作成した。この指針では除外基準は使わず、4つの原則を組み合わせてスコアを算出する。 まず、できるだけ多くの命を救うこと、そしてできるだけ多くの「生存年数」を確保することが2大原則で、若い患者ほど優先順位が高い。2大原則でスコアが同じなら、医療従事者(広い意味で緊急時対応に不可欠で、リスクに直面する人々)を優先。もう1つの原則は「ライフサイクル」で、やはり若い患者の優先順位が高い。ペンシルベニア州は州内300の病院にこの指針を採用。カイザー・パーマネンテなど大手医療団体も採用を検討中だという。 ===== この指針は、ほとんどの生命倫理学者の一致した考えを体現している。貴重な人工呼吸器を誰に使うべきかという生死を分ける判断を、現場の医師に押し付けるべきではない。過酷な状況下で患者の命を救うだけでも大変なのだから、どの患者が治療に値するかを判断する重責を背負うことなく、治療に専念できるようにすべきだ──。 命の選別は現場の医師とは別の医師団に任せ、患者の人種や宗教、障害者かホームレスか病院の献金者かといった情報には「アクセスすらできないようにするべきだ」とコロラド大学生命倫理・人文科学研究所のマシュー・ウィニア所長は言う。 難しい判断は独立したチームに任せるほうが治療効果も上がると、ウィニアは指摘する。近隣の病院で利用可能な医療資源についてチームの「状況認識」が向上することで、個々の患者への対応を変えられる可能性があるためだ。「医療資源をある患者に配分した結果、別の患者が死に、その3日後に実は10キロと離れていない別の病院に転院可能だったことが判明する、といった悲劇があってはならない」 「未知なる戦い」の最前線で だがこれらの指針はあくまでも、生命倫理学者たちが長年の研究と議論を通じて考えてきたものだ。その間にも09年の新型インフルエンザや02年のSARS(重症急性呼吸器症候群)などの爆発的感染拡大が起き、公衆衛生当局を震撼させた。世界全体で何千万人もの死者が出たスペイン風邪級の大惨事が近いのではないかという不安が的中した今、救急治療室で実際に何が起きるかが明らかになるはずだ。 現段階では、まだ答えはよく分からない。今回のような危機は「私も生まれて初めての経験だ」と、ウィニアは言う。「今の決断の参考になる事例は、第2次大戦までさかのぼらなければ見つからない」 準備不足は明らかだ。多くの病院では、救急治療室の医師が従うべき明確な指針がなく、決定は現場の裁量に委ねられているように見える。 ニューヨークではほとんどの病院が新型コロナの患者に医療資源を集中させているが、ワシントン大学保健指標評価研究所によると、それでも人工呼吸器が9000台以上不足すると予想されている。一部の病院は新型コロナの患者を救わない選択をする医師を容認していると、ワシントン・ポスト紙は報じている。 ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、ニューヨーク大学ランゴン医療センターは電子メールで、人工呼吸器の割り当てを「もっと厳しい目で検討する」よう医師に促し、「無駄な気管挿管を保留する」医師の決定を支持した(同センターはこの指針について、新型コロナの流行以前に導入されたものであり、ニューヨーク州のガイドラインに沿っていると主張)。 各病院は現在、必死になって軍隊的な命の選別に直面する事態を避けようとしている。足りないのは人工呼吸器だけではない。献血する人がいないため、血液の供給量も不足している。スタッフの人数も大規模な危機に対応できるレベルに達しておらず、特にICU(集中治療室)で人工呼吸器やその他の医療機器を操作できる人員が不足している。 「これらの医療機器は患者の体につないだら、後は放っておけるものではない」と、ウィニアは言う。「ICUレベルのスタッフが一日中管理する必要がある。5万台の人工呼吸器を全米に届けることができたとしても、操作する人間がいない」 ===== ニューヨーク市内で8つの病院を運営する医療機関グループ、マウント・サイナイ病院ヘルスシステムは4月初めの時点で、患者の大量流入に備えた体制づくりを大急ぎで進めていた。保健指標評価研究所の予測では、ニューヨーク州は4月の最初の2週間で病床の需要がピークに達すると予想されていた。 マウント・サイナイの緊急医療責任者であるブレンダン・カー医師は、非常時の人工呼吸器の代替手段として、睡眠時無呼吸症候群の治療に使うBiPAP(二相性陽圧呼吸)マシンの採用を進めていると言う。人工呼吸器と同様、患者の喉から強制的に酸素を送り込む装置だが、気管内に挿管したチューブではなく患者の口に当てたマスクを使って酸素を供給する。 「異なるメカニズムで作動する医療機器を転用する可能性を考えるのは、おかしなことではない」と、カーは言う。さらに、予定されていた手術が延期されたために手術室に放置されている麻酔装置も代替手段になり得ると言う。 1台の人工呼吸器を2人の患者に同時使用するという方法もある。これは17年のラスベガス銃乱射事件の際、多数の患者が一気に病院に運び込まれたため、現場の医師たちが採用した方法だ。 しかし、この方法は両方の患者を麻痺状態にした上で、人工呼吸器によって強制的に酸素を呼吸管に送り込む必要がある。そのため患者の免疫がウイルスを撃退するまで通常1~2週間の気管挿管が必要になる新型コロナには、医師は使いたがらない。その間に肺の周囲の筋肉が衰え、自力呼吸ができなくなるからだ。 最終的には人工呼吸器の供給と需要のギャップを埋めるために、医療機器メーカーや発明家が乗り出してくるはずだ。「(現在のギャップは)本当に恐ろしい。しかし、そのギャップを埋めようとする取り組みの進歩は驚くべきものだ」と、カーは言う。「ニューヨークのピークには間に合わなくても、ピークの終わり頃には光が見えるかもしれない」 マウント・サイナイ傘下の病院ではスタッフ不足に対処するために、救急部門の人員配置を再編した。普段は救急を担当しない医師を救急部門に振り向け、救急専門医たちに監督させるようにしたのだ。 同グループの病院で働く医師たちは、救える可能性が高いと思える患者に人工呼吸器を回すために、別の患者の人工呼吸器を外すという難しい選択を迫られたとき、どのように対処するのか。 カーによれば、病院全体の統一的指針は決められていない。指針を定める代わりに、患者と家族が担当医との話し合いを通じて自発的に同意することを期待すると言う。 「人工呼吸器が足りなくなったとき、事前に決めておいた指針に従って、私たちが一方的に決めるのが妥当なのだろうか」と、カーは言う。「それとも、人工呼吸器を10日間使用しても状態が改善しない患者の家族に、『いま危機的な状況にあります。現在300人が人工呼吸器を着けていて、患者は今後もっと増える見込みです。あなたの家族の今後について、慎重に話し合いたいと思います』と言うほうが妥当なのか」 ===== 医師に訴訟リスクはないか 大きな不確定要素の1つは、訴訟リスクだ。明確な指針が決められていない場合、患者の治療を拒んだ医師や病院は法的なリスクを背負い込みかねない。「医師の訴訟リスクは小さいという見方が一般的だが、ゼロとは言えない。さまつな問題と片付けるわけにはいかない」と、ハーバード大学法科大学院のグレン・コーエン教授は言う。 人工呼吸器を外すという行為は、法律上の危険をはらんでいる。一般的には、医療資源がない場合に治療を行わなかったとしても、医師は刑事責任を問われない。しかし、患者の同意を得ずに人工呼吸器を外す場合は事情が違う。 「その行為は、形の上では殺人と似ている」と、コーエンは言う。人工呼吸器を外さなくても「患者は死んでいたかもしれないが、それは関係ない。判例によれば、数時間でも患者の寿命を縮めれば、過失致死か殺人に問われる可能性がある」。今のような状況では、こうした行為を理由に検察が医師の罪を問うことはないだろうとコーエンはみるが、検察官次第という面もある。 では、民事裁判はどうか。医師が医療過誤を理由に訴えられる可能性はあるが、陪審員が損害賠償請求を認める可能性は小さいと、コーエンは言う(医師が人工呼吸器を外そうとしたとき、家族が納得できなければ、裁判所に差し止め命令を求めるという選択肢もある)。 アメリカの連邦法は、医療従事者にある程度の免責を認めているが、十分とは言えない。州レベルでも、適切な制度を設けているのはメリーランド州だけだ。各州の州議会は目下の危機の間、医師を一時的に免責する立法を行うべきだと、コーエンは主張する。 そうした州法が成立するまでは、ピッツバーグ大学のホワイトらが作成したような指針に沿って判断した医師を訴追することはしないと、州の検察当局が文書で確約すべきだと、コーエンは言う。「医師が指針を誠実に遵守しつつ行動した場合は、免責されるべきだ」 ハーバード大学のトゥルオグは今のアメリカの状況を見て、10年の大地震後のハイチで目の当たりにした光景を思い出す。病院には重い肺炎の子供たちがいたが、人工呼吸器が足りず、医師たちは難しい選択を突き付けられた。「ハイチの人たちにとってはそれが日常の一部だった」と、トゥルオグは言う。「やむを得ないことに思えた。それ以上はどうすることもできないと、私たちは感じていた」 世界有数の貧しい国であるハイチでは、命の選別が日常的に行われていたのだ。アメリカ人にとっては受け入れ難い現実だろう。だが、そうした選択を迫られる日は刻一刻と迫っている。 <本誌2020年4月28日号「特集:日本に迫る医療崩壊」より転載>