<例えば、1つの作業を終えたら、次にやることに少しだけ手を付けておく。「○○しなきゃいけない」ではなく「○○する」とつぶやく。脳がどのように時間を管理しているかを知れば、誰でもタイムマネジメントがうまくなる> 「時間を守れない」 ビジネスパーソンにとっては、致命的な欠点と言えるだろう。ビジネスマナーの基本中の基本である「時間を守ること」ができなければ、信頼を得ることは難しい。 しかし、悪気があるわけではない。やる気がないわけでもない。相手を軽んじているわけでもない。ただ、時間が守れない――。そんな悩みを抱える人もいる。分かっているのに直せない、というわけだ。 こうした時間管理の問題は、性格のせいにされがちだし、本人もそう思いがちだが、それでは問題は解決しないと、作業療法士の菅原洋平氏は言う。では、どうすればいいか。 時間管理を、脳の問題として捉えればいい。 ベストセラーとなった『あなたの人生を変える睡眠の法則』(自由国民社)や『すぐやる!――「行動力」を高める"科学的な"方法』(文響社)などで知られる菅原氏は、新刊『脳をスイッチ!――時間を思い通りにコントロールする技術』(CCCメディアハウス)で、時間管理を脳の問題として捉え、行動を改善する方法を紹介している。 脳が「どのように時間を管理しているのか、どうすれば時間を守り、思い通り、かつ有効に使うことができるのか」に着目するというわけだ。 菅原氏はリハビリテーションの専門家。クリニックで外来を担当する傍ら、脳の仕組みを利用して、より快適に仕事ができるように企業で社員に向けた研修を行っている。そんな中で、「締切ギリギリにならないと作業を始められない」「打ち合わせに遅れそうになって、いつもダッシュする」といった、時間管理に関する悩みと向き合ってきた。 脳の中に流れる「脳内時間」と時計が刻む「時計時間」には、ズレがあり、このズレが社会生活の中で「時間」の問題として現れてくると菅原氏は言う。 本書では、「時間を守る」「生活リズムを整える」「時間効率を上げる」「時間のイライラをなくす」という4つのカテゴリから、時間をコントロールする技術を提案している。ここではその中から、時間を有効に使える脳になるポイントをピックアップしてみよう。 「いつも時間を守れない」を「遅刻したことがあった」と言い換える 「私はいつも時間が守れません」 菅原氏によると、これは時間を守れない人が使う共通の言葉であり、この何気なく使っている言葉が脳に大きな影響を与えている。 ===== 自分が使った言葉は「検索ワード」となり、脳内で過去の動作の記憶を検索する。その記憶をもとに未来の行動を予測して、行動を組み立てていくのである。実際に行動したときは、予測と現実とのギャップを認知し、そのギャップを埋めて行動し、それをまた記憶していくのだ。このプロセスを繰り返すことにより、脳は最適な行動につくり変えていくのである。 しかし、「いつも」という言葉を使うと、これらのプロセスがなかったことになり、時間を守れなかった記憶だけが残ってしまう。それを検索して行動すれば、また遅刻をすることになるのだ。 そこで菅原氏は、「いつも時間が守れない」という言葉を「遅刻したことがあった」と言い換えることを提案している。言い換えることにより、脳は遅刻したときの行動を検索し、同時に遅刻しなかったときの存在も認識する。そこに行動を変えるチャンスが生まれるというわけだ。 脳内時間のゆがみが「スイーツ店の行列に並ぶ」時間の長さを変える もしあなたが時間を守ることが苦手だと自覚しているなら、出掛け際などに「気がついたら、あっという間に時間が経っていた」と感じた経験があるのではないだろうか。 このように、時間の感じ方には人によって差がある。さらに、同じ人でも時と場合によって、感じる時間に差が生まれる。それは、なぜなのだろうか。 菅原氏は、その理由を脳が行動選択の基準に時間の長さを使い、同時によりよい選択のために時間の長さをゆがめることで起こると説明する。 本書で例として挙げられているのは、お土産のスイーツを買う場面だ。行列ができる評判のスイーツ店か、並ばずに買えるスイーツ店のどちらを選ぶかという選択である。 この行動選択には、スイーツを買うことで得られる報酬に、並ぶ時間や並ぶことをやめて得られた時間などの「時間コスト」が発生する。スイーツ店に並ぶ時間が長くなるほど、スイーツを買うことで得られる報酬が引き算されていくのだ。ここで脳内時間がゆがめられ、人によって待ち時間の感じ方が変わっていく。 報酬の計算は、振り返って比較する過去の時間の長さに影響を受ける。待つ間に思い出す記憶が多いほど、報酬に対して長時間待つ行動を選択するという。報酬を得るまでの時間を長く感じる時間のゆがみが最小限に抑えられ、脳内時間と時計時間を同じように感じるのだ。 逆に振り返る記憶が少ない人は、脳内時間の流れが速くなる。ゆえに30分も待っているような気がするのに、実際は5分しか経っていないということが起こる。 脳が時間をゆがめるのは、自分にとって本当に価値のあるもの(こと)を、正しく判断するための戦略である。脳内時間の調整は無意識に行われるため、望ましい結果になることもあれば、そうでないこともある。そこで菅原氏は、メタ認知により自分の脳に与える情報量を調整することで、脳内時間を操ることを勧めている。 ===== 時間把握能力を高め、時間を守れる脳になる2つの方法 菅原氏は本書で、時間を守れない脳から守れる脳になるように、脳の働きを変える方法を2つ挙げている。 まずは、時間を把握する力を鍛える方法だ。脳の中では、自分が活用している能力に優先的にエネルギーが回されるようになっている。頻繁に使う回路には、頻繁に電気信号が通っていて反応が速く、神経自体も太い。 時間管理が苦手な人は、時間を感知する神経の反応が鈍いのだ。これが時間管理の能力の差として出てくる。そこで、時間を把握する神経活動を積極的に使い、太い回路を作っていくことが大切になるという。 例えば、マルチタスクを避け、一度に行う仕事や作業を1つだけに絞る方法がある。 脳は1つの課題だけを与えられ、エネルギーに余裕ができると過去の作業と現在の作業を比較して、現在の作業時間を把握する。この無意識かつ自動的に時間を把握する脳の働きを邪魔しないことが、時間把握能力を向上するコツになる。 2つ目は、別の能力を使って時間把握能力を代行する方法だ。 脳の中では「時間把握」と「空間把握」の2つの能力がエネルギーを取り合っていると考えられている。脳の中で担う部分が共通しているので、資源の奪い合いが起こるのだ。 しかし、脳には可塑性があり、苦手な能力は得意な能力で代行することができる。その代行ルートが開拓できて、頻繁に使われるようになるとその神経はどんどん敏感に太くなっていく。その原理により、空間把握能力で時間把握能力を高めることができるのだ。 先延ばし行動が、脳を疲れさせてしまう理由 本書によれば、普段何気なくやっている些細な先延ばし行動は、脳を疲れさせる。 やるべきことを覚えて、一旦別の作業をしたのちに、適切なタイミングで思い出すのが展望記憶だ。そのやるべきことを再開するまでの間隔が長ければ長いほど、思考の切り替えが難しくなるという。情報にアクセスする神経活動を維持するには、たくさんのエネルギーが必要になるのだ。 ついつい、受け取ったメールを後で返信しようと手を付けなかったり、公共料金の請求書の振り込み期限を確認してそのままにしておくなどの行動をしていないだろうか。それが展望記憶課題を増やし、脳を疲れさせる原因になっていると、菅原氏は言う。 タイミングよく予定を思い出して時間通りに行動するには、先延ばし行動を避け、無駄に展望記憶課題をつくらないことが大切だ。 とはいえ、分かっていても、やる気が起きないという人もいるだろう。そんな先延ばしを防ぐために、本書ではすぐに体が動く3つの方法が紹介されている。 ===== (1)作業場所を限定する 脳は、常に予測をして行動の準備をしている。予測の要素となるのが「場所」だ。その場所に行こうとした時点で、過去の記憶に基づいてその場所で同じ行動を取りやすいように準備をしている。 このフィードフォワードをうまく使って、例えばここは経費の精算作業をやる場所、ここは書類の押印・署名をする場所などと決めれば、体はあっさりと動き、その作業を終えることができるのだ。 ある特定の作業をする場所を決めたら、そこにはほかの作業に使う書類や道具は置かないことがポイントだ。 (2)次の動作を少し重ねて保存する 脳は1つの作業に取り組んでいるとき、その作業の見通しや次にやらなければいけないことなどの不確定な未来を確かなものにするために準備をしている。 そこで、1つの作業を終えたら、次にやることに少しだけ手を付けておくとよいだろう。例えば食後の皿洗いで、食器を流し台に運んだら、1枚だけ皿を洗って拭いて食器棚にしまう。すると脳は、次の作業を見せられることで、次の行動を考えるエネルギーが省けるため、すぐに動けるのだ。 (3)「〇〇する」とつぶやく 普段使っている言葉は、脳が行動するための指令になっている。 なんとなく口にしている、「〇〇しなきゃいけないんだった」というつぶやきは、脳にとって、やるのかやらないのか分かりにくい。「〇〇する」のような明快な言葉に変えることで、あっさりと行動することができるという。 自分のものであって、自分が予想しない動きをする脳は、本当に不思議な存在である。時間管理に悩む人だけでなく、時間をもっと有効に使いたい人にとっても、自分の脳と上手に付き合い、コントロールしていくことは大切だろう。 『脳をスイッチ! ――時間を思い通りにコントロールする技術』 菅原洋平 著 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。