<糞便需要が急増している。だが「質のいい便」とは何か。動物保護団体は菜食を増やすチャンスとアピールするが──。本誌特別編集ムック「世界の最新医療2020」より> なぜ菜食は肉食より好ましいのか。野菜しか口にしないビーガン(完全菜食主義者)に聞けば、きっと意外な答えが返ってくる。肉を食べなければ家畜の飼育に伴う二酸化炭素の排出を減らせるし、食生活由来の癌や慢性疾患のリスクも動物虐待行為も減らせる......。 だけではない。動物の権利擁護団体PETAによれば、私たちの排出する糞便の「質」を高める効果もあるらしい。 PETAはビーガンに、糞便のスーパードナー(定期的提供者)になるよう呼び掛けている。クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)など致死的な腸疾患の治療には健康体の便を腸に植え付ける「糞便微生物移植」が有効だという説があり、糞便需要が急増しているのだ。 ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン誌に掲載された報告によれば、糞便移植を受けたCDI患者の84%が完全に回復した。別の研究でも、複数回の移植を受ければ治癒率が90%近くまで上がる可能性があるとされている。 しかし良質な便の入手は難しい。PETAによれば、果物と野菜を主食にすることで腸内の微生物叢(そう)の多様性が高まる。こうした微生物の多くには健康増進効果があり、なかには免疫システムなどの身体機能の維持に不可欠な微生物もいる。 一般に微生物叢が多様な人ほど健康状態がいいことは、多くの研究で示唆されている。また腸内バクテリアの分布と潰瘍性大腸炎や自閉症、アレルギー、鬱、一部の癌など慢性疾患との関係も指摘されている。さらなる研究のためにも、健康な微生物叢の持ち主の糞便への需要は高い。 PETAが糞便の提供者募集を始めたのは、胃腸専門医から「繊維質の多い菜食中心の食事は健康な腸内微生物の増殖を助け、健康な糞便の微生物叢は腸疾患の治癒に役立つ」と裏付けを得たからだという。 「野菜を食べてスーパードナーに」キャンペーンで肉食派の人が菜食に転向することも期待している。「便秘に悩む肉好きの人々が菜食を試してくれたら」と、PETAの広報担当は言う。「1人が食生活を変えれば、それだけで年に100頭の動物と、その人自身の命も救われる」 糞便移植はまだ米食品医薬品局(FDA)の承認を得ていない。しかしCDIに優れて有効との報告があるため、FDAは通常の治療法で効果がない患者に限り、かつ患者の同意を得た上であれば、担当医が糞便移植の実施を選択することを認めている(ただしFDAは2016年に規制を強化し、この実験的治療の実施を大病院に限定している)。 ===== 一方、移植用の便を保存する糞便バンク「オープンバイオーム」のザイン・カッサムは、PETAのキャンペーンに首をかしげる。確かに食事内容は便の質に影響を与えるが、それはある人が便のスーパードナーになり得るかどうかを判定する決定打にはならないからだ。「完全菜食の34歳だろうと、ハンバーガーに目がない22歳だろうと、CDIとの闘いに役立つ健康なドナーなら誰でも歓迎する」 食生活と便の関係は微妙 オープンバイオームは便のドナーを募集・選抜し、臨床での使用に備えて便を冷凍保存している。しかし、糞便移植という治療法についてはまだ未知な点が多い。 「CDIの患者には、健康体であればどんな人の便でも有効らしい。しかし潰瘍性大腸炎などでは、ドナーによって効果に差が生じるという報告もある」と、カッサムは言う。 適切なドナーを見つけるのは難しい。カッサムの調査では、ドナー候補者459人中、臨床検査に合格して便を提供する段階まで来たのは27人にすぎなかった。 さらにカッサムは登録ドナーの食生活を分析し、結果を平均的アメリカ人のそれと比べてみた。すると「食物繊維がやや多いという点を除けば、登録ドナーと平均的アメリカ人の食生活に大差はない」ことが分かったという。肉食に罪はないのだ。 <本誌特別編集ムック「世界の最新医療2020」より> 【関連記事】年代別:認知症のリスクを減らすために注意すべき危険因子 【関連記事】薬の飲み忘れを防ぐ、驚きの新送薬システムとは? ※画像をクリックするとアマゾンに飛びますSPECIAL EDITION「世界の最新医療2020」が好評発売中。がんから新型肺炎まで、医療の現場はここまで進化した――。免疫、放射線療法、不妊治療、ロボット医療、糖尿病、うつ、認知症、言語障害、薬、緩和ケア......医療の最前線をレポート。