<電子媒体で「多声化」する打ち合わせ――。コロナ禍を機に日本社会は変わるかもしれない。日本文学研究者で国文学研究資料館長のキャンベル氏による、本誌「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集への寄稿より> それなりに人数の多い研究所の館長を務めている。わたくしは館長というよりも艦長みたいに、今年の3月は静かな海が戻るまで甲板の上にずっと立っていたかった。 職員が在宅勤務をするために館内ネットワークへのアクセスを確保することや、全員の通信環境が在宅に耐えられるかを確認すること、どうしても出て来なければ業務が回らないという人に対しては出勤ローテーション表を確定すること等々、われらが船体を襲ってくる日々の波を受けながら「確」という漢字と睨に らめっこしていた。 4月に緊急事態宣言が出され、出勤者の数をほぼ7割削減せよ、出退勤はラッシュを避けよ、等々に対応した上で、全ての業務をメールまたは電話あるいはテレビ会議に切り替えることを率先して行った。艦長がいつまでも甲板の上にいては具合が悪いので中旬以降は自宅にいて会議やメールなどの海を泳いでいる。 ご多分に漏れずズーム(Zoom)を使ってもろもろの打ち合わせを重ねている。平常時であれば7、8人ほどを館長室に呼び、大きな木の机を囲みながら報告し合ったり、ディスカッションを繰り広げる。館長は一番奥まった席に座るのが通例で、わたくしの両隣を副館長や部長が陣取り、続いて職位の順に課長、係長と下り、一番入り口に近い席には係員が居並んでいる。メンバーが代わっても、上から下へと、きれいな組織図を描いて埋まっていく。 そもそも、日本語の「きれいに」という言葉は、そのように個体が一個一個あるべき姿に整えられ、表面をびっしり覆う状態を言う。一家全員のソックスが1つの抽出(ひきだし)にビシッと「きれいに」仕舞われているようなイメージである。 Zoomだと逆である。手前と奥、上と下という遠近法や秩序は存在しない。ミーティングは二次元のモニターの中では完全にフラットである。入ってくる順に各自の画像が並び、操作次第ではまた順番がスクランブルされてしまう。7人なら7人、各画像の下に表示される名称で本人が登録し、「部長」だとか「係長」だとかいう呼び方は現れない。 昇進も独立も望まない人たち 不思議なことに、電子媒体で均等な距離に「座っている」と声が出しやすいらしい。若手も最初はいつものごとく黙って聴いているだけである。だが1人、また1人が手を上げ「発言してもよろしいですか?」と聞くので、はい、と返事をする。自分の発声で画像の周りに黄色い枠がともると、質問も感想も、違うと思っていることも話すようになる。発言するのに許可を求めなくてもいいよ、とこちらが言うと打ち合わせの場がどんどん多声的になり、加速化し、質も上がることが実感できる。館長のお誕生日席からはよく見えなかった表情は、ディスプレイをさっと見渡しただけで合意ができているかどうかまで、分かる瞬間もある。 ===== 日本人は、という文字で始まる文章をあまり好きではないし、ほとんど書かないけれど、長い間教壇に立った経験から言わせてもらうと、多くの日本人は若い時分から周りの環境にすこぶる敏感である。自分の置かれた環境を推し量りながら言動を繰り出すのに順応しやすい。 具体的には、年齢とランクを発言の権利にひも付けがちで、下位にいるほどその権利はないという傾向を強く表し、自らものを言うことをチャンスではなくリスクだと見なしているから意思決定のプロセスからはじき出されてしまう。というよりも、ふだん奥まった席に座っている上位の先輩や上司などは彼ら彼女らの声をめったに聞こうとしないのである。ましてや表情や仕草など、物事が生み出される過程で表れる閃(ひらめ)きのシグナルなど目に留まるはずがない。 昨年、興味深いアンケート調査が国内の人材サービス会社から発表された。行ったのはパーソル総合研究所で、その内容は、日本を含むアジア太平洋地域の14の国と地域の中で、就業実態・成長意識を問うもので、インターネットを通して各国・地域の現役世代1000人からサンプルを得ることができたという。 外国との比較で課題はいくつか浮かび上がってきた。日本で働く人の中で管理職を志向する者は21.4%と最下位であること。一方では、勤務先以外の所で学習や自己啓発の機会を持つことについて、「特に何も行っていない」が46.3%で、各国・地域の中で最も高い割合になっていること。だからと言って、というか案の定、定年前に起業・独立したいという志向を見ると、東南アジア(シンガポール以外)、インド、中国では、起業・独立したいという志向を持つ人が4割を超えるのに対し、日本人は15.5%しかおらず、最下位に甘んじている。さらに、日本はダイバーシティ(多様性)受容度も低く、女性上司や外国人と働く抵抗感が最も高いことも際だった特徴としてあぶり出されている。 人文系研究所の館長席からは右に描いたような景色はあまり見当たらない。管理職における男女比も国籍の多様性も課題は全くないわけではないけれど、まずまずバランスを取っているつもりである。平均的な一般企業と比べると、ダイバースな陣営にはなっている。日本の企業は、自国民の男性を中心に回り、同調圧力が強く、自社でしか通用しない業務プロセスを通して仕事を遂行することが多い。その代わり、一種の安定は得られている。 しかしどうであろう。新型コロナウイルス感染症の影響でその「安定」すら、大きく揺らぎかねない。テレビ会議やフレックスタイムなどといった、物事をフラットに見せ、再配置する取り組みの浸透によって何が変わり、何が変わらないかを今後注目していきたい。将来のイノベーションは間違いなく手前のほうの、周りの顔色を見ないまま声を上げてくる人たち一人一人が運ぶに違いないからである。 <2020年5月5日/12日号「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集より> 【参考記事】日本のコロナ対策は独特だけど、僕は希望を持ちたい(パックン) 【参考記事】世界一「チャレンジしない」日本の20代 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。