<今、必要なのはクライシス・コミュニケーションだ。だが日本の専門家や政治家は「密」を続け、自らが手本になれていない。彼らのコミュニケーション能力こそが危機的だ> 「新型コロナウイルスが流行する今、平時のリスク・コミュニケーションは必要ない。危機時のクライシス・コミュニケーションが必要なのに、日本政府や専門家の情報発信はあまりに悠長だ」。 こう話すのは、リスク管理コンサルタントの西澤真理子だ。西澤はイギリス、ドイツでリスク・コミュニケーションを学び、帰国後は大手食品企業やIAEA(国際原子力機関)などでアドバイザーを務めた経歴を持つ、「リスクの伝え方」の専門家である。 彼女とコンタクトを取ったのには理由があった。もう10年以上の付き合いになるが、彼女が「平時ではない」と言った危機は過去に1つしかない。2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発事故の直後だ。 当時よく議論したのが、科学者や政治家の立ち振る舞いだった。彼女がアドバイザーを務めていた福島県飯舘村で、私が取材した人たちがこぞって揶揄していたのが「視察」だった。 「一緒に考えてほしいのに、専門家の意見だけ聞かされて終わる」──。信頼される専門家とそうではない専門家の違いはどこにあるのか。 当時、私がたどり着いた解は「科学的に正しいことを言っている否か」ではない。それは大前提で、自ら行動し、住民と悩みを共有し、共に考えるプロセスを大切にできること。危機であればあるほど、専門家の行動が信頼の判断基準になる。 クライシスを意識したコミュニケーションができていない──。西澤の指摘を実感する光景が目の前に広がっていた。初の緊急事態宣言が出された、4月前半のことだ。 日本の対策の要としてメディアで発信を続ける専門家、現場の最前線で新型コロナウイルスの患者を診る医師、安倍政権に科学的な側面からアドバイスする感染症専門家が都内に一堂に集まる機会があった。非公式な場だが、私のような記者もオンラインで会場の様子を見ることができた。 そこで繰り広げられていたのは、およそ広いとは言えない会議室で、2メートルは絶対にない距離で密接して座り、マスクを外した要職者が声を張り上げて自説を述べたり、大きな声で笑ったりする姿だった。 ===== アメリカで感染症対策チームの「ワンボイス」を担うファウチ(手前) JOSHUA ROBERTSーREUTERS 著名な科学ジャーナリストも多く参加していたが、「なぜ専門家が率先して、社会的距離を取って『密』を避けないのか」と聞いた記者は私1人だった。 その場では回答を濁されたので、後日関係者に質問を送ったところ「あの場で、一つか二つの密は発生していたが、10割避けてほしいと要請している『三密』は発生していない」「参加者は医療と社会機能を維持する者であることを理解せよ」といった趣旨のメールが返ってきた。 後段には、専門家同士のデジタルデバイド(情報格差)もあり、返信時点で全員がオンラインで会議をこなすことはできていないとも記されていた。 彼らは間近に医療崩壊が迫っていると危機感を語っていた。人々には接触を減らすことや、リモートワークを呼び掛けていた。それなのに専門家のデジタルデバイドすらろくに埋められないまま、社会に要請しているという回答に、私は唖然とした。 この場に感染者がいて、感染が広がったらどうするのか。その点だけは明らかにしてほしいと思い「専門家は人々に感染している前提で行動してほしいと言っていた。感染している前提でもこのような行動になるのか?」と重ねて質問を送ったが、ついにまともな返事はもらえなかった。 言外ににじんでいたのは、自分たちだけは特別であるという意識だった。 西澤によれば、クライシス・コミュニケーションの基本は2つに集約できる。第1に「ワンボイス・ワンメッセージ」。政治に助言する科学者側の情報が複数の人から出て、それらの内容が対立したらどうなるか。受け手が混乱する。 対応の見本として彼女が挙げたのが、アメリカで感染症対策の陣頭指揮を執るアンソニー・ファウチだ。 1984年から米国立アレルギー・感染症研究所長を務めるファウチは、新型コロナウイルス問題でもアメリカで危機に立ち向かっている。連日のようにメッセージを発信し、会見にも臨む。ドナルド・トランプ大統領との確執も報じられるが、トランプ政権の新型コロナ対策チームの責任者はファウチであり、情報発信も担う。 「誰が科学者として政治にアドバイスする責任を負っているのか。責任の主体がはっきりしているのがアメリカの特徴であり、危機の情報発信においてはこれが大事になる」 ===== 第2に「分かりやすい言葉で、繰り返し語ること」だ。政治家ならば、アンゲラ・メルケル独首相のメッセージが手本なる。「今はおじいさん、おばあさんに会わないようにしよう」と訴え、医療従事者だけでなく、スーパーの店員など物流を維持する無名の人々への感謝を忘れない。 「危険だと訴えるだけがクライシス・コミュニケーションではない。危機だからこそ、リーダーは具体的にできることを語り、時に人々を励まし、感謝を表明することが大事になる。要請ばかりでは動かない」と、西澤は指摘する。 翻って、日本の専門家や政治家の行動、発信はどうだろうか。政府の「専門家会議」やクラスター対策班のメンバーも個々人、あるいは有志がバラバラとツイッターで発信を始めたり、記者会見をセットしたりと「ワンボイス」にはなっていない。 「『三密』を避けろ」「人と人との接触を7〜8割減らせ」というメッセージでは、密が「二」ならばどうなのか、あるいは満足な補償も無いまま働かざるを得ない人はどうしたらいいのかという疑問がどうしても残る。 先のメールによれば、密が「一か二」なら10割避けなくてもOKということになるが、あれだけ近距離で飛沫を散らせて感染しないという保証はどこにもない。 西澤は「社会に要請するならば、自分から率先して行動するのが、危機における政治家や専門家の役割だ」と語る。 変化が必要なのは「社会」だけではない。情報の発信者でもある政治家や専門家も、だ。そこに気付けるか否かで日本の今後が決まる。そう言っても過言ではないクライシスは、確実に足元から起きている。 <本誌2020年5月5日/12日号掲載> 【参考記事】日本のコロナ対策は独特だけど、僕は希望を持ちたい(パックン) 【参考記事】ロバート キャンベル「きれいな組織図と『安定』の揺らぎ」 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。