<観光客の数ばかり重視した対応から、節度と品格を守る健全な産業へ変革する方法とは? 本誌「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集より> 中国では、2000年以上前から「錬丹術」が存在していた。辰砂(しんしゃ)などから水銀やヒ素を錬成し、それらを含む「金丹」を飲むことで不老不死の仙人になると信じられていた。実際は水銀とヒ素は猛毒物質で、飲んだ人は苦しみながら毒死する。 しかし、死後に毒が身体中に回って死体の腐敗を遅らせる。この時間差を不老不死と思い込み、錬丹術の流行はさらに拍車が掛かり、数え切れない人々が毒死したという。死体が腐ってないから仙人だ、という人々の錯覚は、猛毒の薬を「霊薬」と勘違いさせるようになった。 現在、新型コロナウイルスで大きな被害を受けている日本の観光業でも同様の連鎖が生じる恐れがある。初めに、インバウンド観光は日本にとって極めて重要だと強調しておきたい。そこから得られる収益は、もはや自動車産業と競える規模に成長を遂げ、停滞してきた日本経済を救う大きな原動力となっている。 同時に、文化面にも好影響を与えてきた。インバウンドの劇的増加に伴い、国際感覚に対応できるよう努めた結果、ホスピタリティー産業は革新的なまでにクオリティーを高めた。何より、過疎や高齢化に苦しむ地方の市町村にとって、インバウンド観光は天からの救いと言っても過言ではない。私の進めてきた古民家再生事業も、全て観光の力に支えられている。ここまでが観光業が持つ本来の「霊薬」である。 無頓着で無秩序な観光管理 一方、これには毒も含まれていて、有害物質が体内にはびこっている。それがオーバーツーリズムや観光公害などの問題で、コロナウイルスの脅威にさらされる数カ月前まで盛んに取り沙汰されていた課題だ。 文化施設や信仰の場である京都の神社仏閣は、客を喜ばすサーカスになろうとしている。歴史ある食品市場は画一的な土産物店の集まりに、住民の消えた古い町はホテル街に姿を変え、交通渋滞や景観の悪化、マナー問題などを引き起こした。また、客がお金を使わずに帰る「ゼロドルツーリズム」が深刻化している。 しかし、急に観光客がいなくなったことで、オーバーツーリズムまで一気に解決したと思い込んでしまう。経済的に潤った黄金時代の良い側面だけが記憶に残り、多くの観光客が戻ることを願うだけになっている。 ===== これまでも繰り返し伝えてきたことだが、インバウンドの数は問題ではない。政府が目指す観光客4000万人でも、いずれ到達するであろう6000万人でも、日本は受け入れられるはずだ。しかし、観光産業にはマネージとコントロールが不可欠である。残念ながら、これまでの議論は数の大小にとどまっている。 もしオーバーキャパシティーを無視して受け入れを続ければ、歴史遺産の価値は損なわれ、品格も薄れる。これには、入場制限、予約システム、入場料の引き上げなどの管理方法がある。観光客の理解を促すための情報発信はいろいろ考えられるが、近年、神社仏閣の境内は無秩序で無頓着な観光管理により、見事なまでに「汚染」されている。関係者で勉強会を開き、専門家の意見を取り入れながら解決策を探っていけば、こうした汚染も抑えることができる。 押し寄せる観光客の受け入れに追われていた行政や文化施設も、コロナ危機で環境は激変した。経済的に追い詰められてはいるが、今を貴重な暇と捉え、観光業のマイナス面を見つめ直す絶好の時期を迎えている。 今後の復興を見据え、健全な観光のマネージとコントロールの技術を導入するチャンスである。このチャンスを逸し、単純に「以前のように数を増やそう」とすれば、またも錯覚の連鎖につながりかねない。 <2020年5月5日/12日号「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集より> 【参考記事】緊急ルポ:新型コロナで中国人観光客を失った観光地の悲鳴と「悟り」 【参考記事】外国人観光客を図に乗らせている、過剰な「おもてなし」やめませんか ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。