<非常事態を利用して、権力強化を図ろうとする独裁者がここにも> フン・セン首相率いるカンボジア政府が新型コロナウイルス対策を名目に首相権限強化などを含めた非常事態法を成立させたカンボジア。反体制派や野党、マスコミの監視強化がますます強まるこの国で、当局によって解散を命じられた野党「カンボジア救国党(CNRP)」を支持する女性活動家が、正体不明の男性らに襲撃され負傷、脅迫される事件が起きた。 カンボジアでは2019年以来、CNRP関係者やその支持者、人権活動家などに対する治安当局関係者によるとみられる脅迫や迫害、襲撃事件が相次いでおり、人権団体などによると今回の女性活動家襲撃事件が16件目の事件となるという。今回の事件も国際社会に対してフン・セン政権の人権侵害の実態を改めて印象付ける事態となっている。 政権批判の動画に警察や軍が逮捕示唆する書き込み 5月11日、首都プノンペン市内で買い物をしていたエアン・マリナさんがヘルメットと覆面をした正体不明の男性に突然襲われた。 エアンさんは米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」に対し「覆面で顔を隠した男は石で頭を殴ってきた。昏倒しそうになったところを再び殴られた。そして意識が薄れそうになる中で男は"気をつけろ"と脅迫の言葉を残して去った」と襲撃当時の様子を語った。 エアンさんは襲撃前に自身のFacebookにアップした動画に関して、警察や軍関係者から脅迫や逮捕を示唆する書きこみがあり、炎上状態になっていたことを明らかにした。 その問題となった動画の中でエアンさんは新型コロナウイルス対策に乗じて首相の権限を拡大強化した非常事態法が議会で可決成立したことに関連して、フン・セン首相を厳しく批判していた。 国王だけがもつ権限を手にしたフン・セン 4月10日にカンボジア国会の下院、17日に上院で可決された「非常事態法」はコロナウイウス対策に関連して政府のメディア規制強化や通信傍受、人権制限などが盛り込まれ、国王にだけこれまで認められていた非常事態宣言の権限を首相にも与える内容となっている。 同法の有効期限は3カ月とされているが、さらなる延長も可能となっており、フン・セン首相による「独裁体制」のさらなる強化につながると野党関係者や国内外の人権団体からは批判が出ていた。 病院での治療後にエアンさんは「政権批判は止めない。国家指導者には民主的な政治を求めていく」と、今後も批判活動を続ける覚悟を示しているが、これによりエアンさんに対するさらなる襲撃や逮捕の危険も強まっているという。 エアンさんの襲撃事件についてプノンペン警察は「捜査中であるが今のところ逮捕者はいない」としている。 野党関係者は「プノンペンの権力者たちが反政府活動家などに暴力を行使するのは常套手段である」として今回のエアンさん襲撃事件も背後に治安当局の存在があるとの見方を示している。 ===== 独裁強化を続けるフン・セン カンボジアは野党CNRTが2017年に実質的な解党に追い込まれ、現在はフン・セン首相の与党「カンボジア人民党(CPP)」による実質的な一党支配が続いている。 CNRTの指導者だったサム・レンシー氏は、事実上の亡命生活を送るフランス・パリから2019年11月にカンボジアに帰国しようとしたが、マレーシアなど周辺国まではたどり着いたもののカンボジアへ向かう航空機への搭乗を拒否され、最終的に帰国を阻まれた経緯がある。 カンボジアの野党関係者や人権団体によると、2019年半ば以来、政府批判を強める野党関係者やマスコミ関係者、人権、民主化運動の活動家などに対する暴力行為が増えているとされ、エアンさんで16人目となる被害者の大半は恒常的に治安当局関係者などによる監視と脅迫の対象となっているという。 自国民の安全より習近平との蜜月選ぶ カンボジアは新型コロナウイルスの東南アジアへの拡散の際も「拡散の震源地」とされた中国・武漢に留学していた大学生や社会人に対し、フン・セン首相が「カンボジアに帰国せずに現地で中国人とともにコロナと戦え」と指示。直後に首相自ら北京を訪問して習近平国家主席と会談するなど親中ぶりを発揮している。 一方では感染拡大を恐れて受け入れ国がなくなり行き場を失った豪華客船をカンボジア南部のシアヌークビル港への寄港を認めてフン・セン首相自ら乗客を出迎えたり、プノンペンでの記者会見に参加した記者のマスク着用を禁じたりするなど独自のパフォーマンスでニュースを振りまいている。 カンボジアの新型コロナウイルス感染者は5月12日現在で感染者122人、死者は0人となっている。この数字は5月初旬以来全く変化していない。 このためカンボジアの医療水準や検査態勢などからこの感染者、死者の数値に対して疑問の声も国際社会で高まっていることも事実である。 そうしたなかでフン・セン首相は「非常事態を宣言する可能性など0.1%である」と述べ、その理由として国内の感染拡大をコントロールできているからだとしている。 こうしたことからカンボジアと国境を接するタイでは3月23日から全ての国境を閉鎖して陸路での出入りを禁止する措置を取っている。しかし最近では一部国境が再開されて物資の輸送が始まっているとの情報もあり、国境でのコロナウイルスの厳格な検査態勢が問われる事態となっている。