<米政府は経済活動の再開に舵を切り始めたが、国民が「普通の日常生活」に戻れるわけではない。ロックダウン解除後、ウイルスとの戦いは新たな局面に入る> 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大防止のため、ロックダウン(都市封鎖)など厳格な措置が続くアメリカでは、早期の経済活動再開を求める声が高まり、怒りの矛先が州政府に向けられている。 ミシガン州の州都ランシングでは4月30日、銃を持ったデモ隊が州議事堂に押し入った。通りでは労働者や中小企業の経営者が、州知事に経済活動の再開を求めるプラカードを掲げ、抗議を込めた車のクラクションが鳴り響いた。 バージニア、ケンタッキー、オハイオ、ノースカロライナ、ユタなど全米の多くの州で抗議行動が続いている。 アメリカでは4月中旬から、コンピューターモデルの計算上は感染拡大の「ピーク」を迎えつつあると言われるようになった。ニューヨークのアンドルー・クオモ州知事は4月13日に、州内の死者数は「恐ろしい水準」ではあるが実質、横ばいになっているとし、外出制限などの「賢明な行動を続ける」という条件付きながら「最悪の時期は脱した」と語った。 経済活動の早期再開を主張するドナルド・トランプ米大統領は、「私たちの戦いは新しい局面を迎えている。次は『アメリカを再開する』戦いだ」と述べた。 誰もがロックダウンの解除を待ちわびているが、今の段階で明確に分かっていることが1つある。解除が来週になろうと来年になろうと、新型コロナウイルスは息を潜めて待ち構えているということだ。 経済活動再開は少しずつ ロックダウンの目的は感染拡大を遅らせることであり、救急医療の負担を減らして時間を稼ぐ対策だ。いつ、どのように解除するかを考える際に重要なのは、いかに死者数を減らすかではなく、短期間に死者数が急増することをどのように防ぐかだ。 既に州政府や民間の研究機関が経済活動の再開に向けて枠組みを考えているが、そこには共通認識がある。ウイルスを無力化する方法が科学的に解明されるまで、私たちの生活は正常な状態には戻らないということだ。 ワクチンの開発には最短でも1年はかかるとみられている。重症患者を救えるような新しい治療法の確立も、数カ月はかかりそうだ。 既に示されている「ロックダウン後」の行動計画の大半は、厳密には「普通の日常生活」に戻れるわけではない。外出時にはマスクを着用する。一部の店舗は「社会的距離」の対策を施して再開するが、大人数の集会は禁止。バーの営業は難しそうだ。メジャーリーグは、再開直後は空っぽの球場で試合をする。 「徐々に活動を再開する」ことになるだろうと、米食品医薬品局(FDA)前長官のスコット・ゴットリーブは言う。 ===== トランプはマスク工場を視察、経済活動再開に意欲を示したが(5月5日) TOM BRENNER-REUTERS 社会的な交流が増えれば、ウイルスは再活性化するだろう。ハーバード大学のマーク・リプシッチ教授(疫学)の研究グループは、ロックダウン解除後のCOVID-19の流行予測をコンピューターで解析した。 サイエンス誌に掲載された論文によると、現在の規制が緩和されれば、流行は年内にほぼ確実に再燃する。夏の暑さでウイルスの活動が一時的に弱まるかもしれないが、ニューヨークやミシガンなど米北部の州で間違った安心感が広まれば、夏以降に再び感染者数が急増し、回復傾向にある現在より深刻な状況に陥りかねない。 再び大惨事にならないよう、医師たちは濃厚接触者を追跡する方法で、早期に感染拡大の芽を摘もうとするだろう。接触者の追跡には、患者の血液中のウイルスの有無を調べるPCR検査と、ウイルスに対する抗体の有無(免疫があるかどうかの基準となる)を調べる抗体検査が必要だ。 濃厚接触者の追跡は地域レベルで実施する必要があるため、これらの検査を安い費用で数多く実施し、迅速に結果を出すことが求められる。ニューヨーク大学のポール・ローマー教授(経済学)によれば、アメリカでは全国民を対象に2週間に1回、1日当たり2000万件以上の検査が必要だという。 そうした大規模な検査はすぐには無理だ。検査は始まったばかりで「各地の結果が出るまで数週間はかかる」と、リプシッチはみている。 検査と追跡が駄目なら、感染拡大を阻止するには他人と一定の社会的距離を保つしかない。リプシッチの研究チームは社会的距離戦略だけで感染拡大の再燃を抑えるシナリオを模索。永続的ロックダウンは誰も望まないので、断続的ロックダウンについてもシミュレーションを実施した。 「社会的距離」が日常に 保健当局が人口全体の感染率をモニターし、感染者数が再び一定水準に達すれば改めて社会的距離の規制を課す。3~4月のロックダウンは緩和されても、数カ月後には第2弾が実施され、さらに第3弾、第4弾......と続くだろう。 ワクチンや有効な治療法がない以上、2022年までロックダウンと解除を繰り返し、十分な数の人間がウイルスに対する抗体を獲得し、最も弱い人々をウイルスから守れる状態にする──つまり「集団免疫」を獲得する必要がある。 ===== ひどい話で、うまくいかない可能性さえある。適切な検査ができない場合、保健当局は入院患者数などの間接的なデータから新たなロックダウンが必要かどうかを判断せざるを得ないだろう。これでは感染者の急増に気付きにくく、破滅的な感染拡大の再燃を避けられない。政治家は保健当局の要請を聞き入れて迅速に経済活動を停止する措置を取るだろうか。市民は再三の規制を受け入れ、守るだろうか。 シンガポールの最近の情勢を見る限り、楽観はできない。 世界有数の医療システムを誇る同国は当初、包括的検査と徹底した接触追跡によって、厳格な社会的距離戦略に頼ることなくウイルス封じ込めに成功していた。だが感染拡大を制御できなくなり、4月7日から職場などの閉鎖に踏み切った。5月中の経済活動再開は厳しい。検査・監視体制の安定しているシンガポールでさえ難しいことが、アメリカにできるだろうか。 社会的距離を保つ以外に選択肢のない状況で、ロックダウンから正常化への現実的な出口戦略を描くのは至難の業だ。ワクチンや有効な治療法や救急医療の大幅な拡充といった他の介入策が考案されるまで、当面は社会的距離を保つ生活が続きそうだ。 <本誌2020年5月19日号掲載> 【参考記事】「コロナ後の世界」に立ちはだかる2つの難題 【参考記事】あまりにも悲痛な事態を前に言葉を失うアメリカ社会 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月19日号(5月12日発売)は「リモートワークの理想と現実」特集。快適性・安全性・効率性を高める方法は? 新型コロナで実現した「理想の働き方」はこのまま一気に普及するのか? 在宅勤務「先進国」アメリカからの最新報告。