<貧困をテーマにし、2018年に「住所不定、62歳」でデビューした小説家の赤松利市さんが、初の随筆を発表。「以前だったら関係者にバレたらと怖くてムリ」と語る彼は、なぜ今回、自分のことを書いたのか> 2018年に『藻屑蟹』(徳間書店)で第1回大藪春彦新人賞を受賞後、『ボダ子』(新潮社)、『らんちう』(双葉社)、『犬』(徳間書店)などハイペースで作品を書き続けてきた赤松利市さんが、初めての随筆『下級国民A』(CCCメディアハウス)を発表した。 「住所不定、非正規労働者の62歳」で小説家としてデビューした赤松さんは、これまでも自身の経験や家族をテーマにしてきた。『藻屑蟹』では原発事故後の除染作業員としての経験、『ボダ子』や『女童』(光文社)では境界性パーソナリティー障害と診断された自身の娘......。 いずれも小説という形を取っていたが、『下級国民A』はエッセイになっている。帯には「すべて真実」の惹句。創作ではなく、自分のことを直截に書いたのはなぜだったのか。 私の本って、読後感最悪でしょう。 開口一番そう言った赤松さんに、『下級国民A』を書いた理由を聞いた。 インタビューに答える赤松利市氏 Newsweek Japan 小説で伝わらないなら、エッセイで書くしかない 確かに『純子』(双葉社)や『らんちう』など、赤松さんのこれまでの作品はどれも読み進めていくうちに、言葉を失ってしまうものばかりだった。 読んでいただけば分かると思うんですけど、私は起承転結の結を書かないんです。転まで書いて、あとは読者に放り投げるようにしていて。というか、物語を丸めるのが嫌なんですよ。プロット(筋書)を作らず、冒頭から一気に書くから、自分でもラストがどうなるか分からないんです。 赤松さんは35歳でゴルフ場のコース管理の会社を立ち上げ、一時は2000万円以上の年収があった。しかし心を病んだ娘と暮らす生活を続けるうちに、徐々に生活が破綻していく。2011年に東日本大震災が起き、復興バブルに乗じて起死回生を図ろうと被災地に乗り込むが、バブルどころか欺瞞と憎悪、そして絶望に溢れていた。 そんな日々を描いた『下級国民A』の冒頭は、宮城県石巻市の渡波(わたのは)駅前での午前4時から始まる。暖房のないトイレの便座に座ってホカホカのカレーパンを食べながら、1時間半後に駅舎が開くことを時計で確認する。季節は真冬、冷え切った空気が全身の皮膚を容赦なく切りつけるような、痛みに満ちた描写が続いていく。 だって本当に寒かったもん(笑)。東北では窓ガラスが凍って、ピキピキいうんです。毎日夜明け前から、渡波駅前の多目的トイレでずっと文庫本を読んでました。 なぜ多目的トイレで時間を潰さなければならなかったかは同書に譲るが、原発や除染作業員の話はこれまでも小説で書いてきた。今回はなぜ、自身を中心に据えたのだろうか。 ===== それは長編2作目の『らんちう』の読まれ方について、思うことがあったからだと語った。『らんちう』はある傲岸不遜で豚のような男が殺され、その死に関わった関係者の独白形式で物語が進んでいく。金と権力にまみれた男の傲慢さに耐えきれなかった「善人」の凶行のはずが、意外な方向に転がっていく小説だ。 『らんちう』では、相対的貧困や格差社会を書きたかったんです。なのに読んだ人のレビューを見たら「ミステリーとしてはイマイチ」と書いている人がいて。ミステリーのつもりはなかったのに、小説では伝わらないのかなと思ってしまった。だから小説で伝わらないのであれば、エッセイで書こうかと思ったんです。ただ残念なのは、この本を書いていたのは2019年の年末なので、まだ新型コロナウイルスも「桜を見る会」も話題になっていなかったこと。こんなひどい状況になるとは思っていませんでした。でもこの本を書くのはすごく楽でした。だってキャラを作らなくていいんですから。 貧乏と貧困は違う、昔の日本は貧困ではなかった このインタビューは2020年3月下旬に行われた。当時はまだ街に人出があったが、緊急事態宣言が出されて以降の東京の繁華街は、格段に人が減った。日本でも感染者は増え続け、既に1万5000人以上。死者は650人を超えている(5月12日現在)。未知のウイルスを前に、誰もが自分事として怯えているのが分かる。 しかしほんの9年前に起きた東日本大震災では、1万8000人以上の人たちが亡くなったり今も行方が分かっていない。なのに被災地以外の人たちの多くが、直後から他人事のように日夜消費に励んでいた。そして被災地の苦しみを稼ぐチャンスと目論む、有象無象も現れた。その有象無象に赤松さんが徹底的に搾取されるさまが、同書では描かれている。 書いてあることは全部ほんまに起きたことで、性格までそのままだから、読む人が読んだら全部分かっちゃうと思います。だから以前だったら関係者にバレたらと怖くてムリだったけれど、もう被災地から離れて4年以上経つので腹をくくってます。それに今なら出版社が守ってくれるだろうし。でもまだ、ちょっと怖い(笑)。 除染作業員を搾取する側の横暴はもちろんだが、働く側も悪意や無力感に満ちていて、隙あれば他人を蹴落とそうとする者ばかり。そんな中で群れずに1人で本を読んでいる赤松さんを、同僚は小バカにしたり仲間外れにしたりする。しかしそれは除染作業員に限った話ではなく、他の非正規労働の現場でも当たり前だったそうだ。 私はマイノリティを描きたいからずっと貧困をテーマにしてきたのですが、今や貧困層こそがメジャーになってしまいました。よく言ってることなんですけど、貧乏と貧困は違うんです。確かに昭和30年代の日本は貧乏でした。でも貧乏だったけれど、貧困ではなかった。私の父親は大学教授でしたが、近所にダンプの運転手さんとか大工さんとか床屋さんとかいろいろな職業の人がいて、皆が普通に付き合ってました。職業の階級意識はなく、普通にご近所として付き合っていた。結局、お金は人を分断させるんですよ。バブルの頃はそれまでのその人の生活ではあり得ないような、考えられないような大金が手に入りました。マネーゲームって価値観ができたのも、バブルの時ですよね。私はその頃、消費者金融会社のサラリーマンでしたけど、周りに株をやってる人間がたくさんいました。同僚の中にはローンでマンションを買ったのに、銀行から「ローン中のマンションを担保にもう一軒買いませんか」とか言われて、家賃収入を当て込んで5軒もマンションを買ったのがいます。バカかと。でもそういう時代があって、それで人々がおかしくなっていったのではないかと思います。 ===== 貧困、疾病、災害、差別――ずっと日本は平和ではなかった 東北をあとにした赤松さんは、東京で風俗店の呼び込みやスーパーの品出し、コンビニ店員やファミレスのキッチン、バスの誘導員などを経験した。その時のことも書きたかったのだが、「とても1冊に収まりきらなかった」と笑う。 いつか東京編で書こうと思っているんですけど、私ね、「自己責任」って言葉がホンマ嫌いなんです。でも日本人はあの言葉、すっごい好きですよね。あれは自由主義とセットで出てきた言葉で、なぜか相対的貧困にいる人ほど自己責任って言葉が好きなんです。私、東北にいた頃に穿孔性虫垂炎になったんですけど、東京に戻ってからある時、異様にお腹が膨れてきたんです。レントゲンを取ったら「腹膜が破けていて、ヘルニアでお腹がポッコリしている」と言われて。その時はおっパブの店員をしていたのですが、「手術のために休まないとならなくなるかも」と言ったら「だったら代わりの人間を連れて来い。自己責任だ」と返された。おっパブの店長ですら、「自己責任」を常套句にしていました。でもそろそろ多くの人が、おかしいことに気づき始めてきたと思います。だってオリンピックなんてとっくに無理なことが分かっていたはずなのに、ずっとやるやると言っていた。その一方で「コロナウイルスのオーバーシュートが間近です」とも言っていて。この2つが同時に成立するわけがないですから。 新型コロナウイルスによって平和な日常が奪われた、世界が変わってしまった。こんな声も聞かれるが、赤松さんは「ずっと以前から日本は、全然平和ではなかった」と感じている。 そもそも平和って何なのか、何兆円もかけて軍備増強することで平和になれるのか。果たして今の日本が平和なのか。よく戦争の対極にあるものが平和だと言われますが、混乱の対極にあるものが平和です。平和を乱すものは戦争だけではなくて、貧困や疾病、災害、差別などたくさんあります。そう考えると、日本はずっと平和ではなかった。だから今、日本を見ながらハッピーエンドが書けるなんて奴は、嘘だと思うんです。 しかし、『下級国民A』と同時期に出版した小説の『アウターライズ』(中央公論新社)は、唯一「カタルシスが得られる」作品になっている。それは「アンチテーゼとして書いた、いわばSF」だからだ。 『アウターライズ』は、今の日本と全く対極の国が生まれるというのがテーマです。医療と住宅費がタダでベーシックインカムを導入し、武装放棄をする仮想国家を書いています。今回タイトルに「国民」という言葉を使ったのは、これを書いた時点では日本にまだ少し期待があったから。でもそれももうなくなった気がします。日本は今のままでは誰1人として幸せにならないけれど、私としては書くことを続けていくしかない。この社会の中で自分にできることは、発信し続けることだと思っています。 『下級国民A』 赤松利市 著 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとhontoに飛びます) (※アマゾンKindle版のページはこちら) ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月19日号(5月12日発売)は「リモートワークの理想と現実」特集。快適性・安全性・効率性を高める方法は? 新型コロナで実現した「理想の働き方」はこのまま一気に普及するのか? 在宅勤務「先進国」アメリカからの最新報告。