<働き方改革が進むなかコロナ禍で在宅勤務が拡大──「働く」と「休む」の境界線が問われている。本誌4月21日号「日本人が知らない 休み方・休ませ方」特集より> イタリア出身で在日15年になる女性(39)は、日本の大学院を卒業後、日本の翻訳会社に就職した。主な業務は、日本の企業が発注する技術翻訳の下請け。この業界はクライアントの力が強く、厳しい条件を突き付けられても引き受けざるを得ないことが多い。結果、残業も土日出勤も日常茶飯事。夜は9時に退社できればいいほうで、家に仕事を持ち帰ることも当たり前だった。 10年間勤めたが、その間イタリアに帰れたのはたった2回。とてもじゃないが、長期休暇を取れる雰囲気ではなかった。 「仕事が好きだったし、同僚にも恵まれてやりがいもあった」と、彼女は言う。「でも、部下を持つようになったら仕事量が一気に増えて、体力の限界を感じた」 1年ほど前に外資系の翻訳会社に転職。仕事内容は似ていても、労務管理がしっかりしており、1年目にして年次有給休暇は15日間消化することができた。有休は100%消化して当然という雰囲気があるという。 日本企業は非生産的、日本人は働き過ぎ──私たちは耳にたこができるほどそう聞かされてきた。働き方改革関連法の施行から今年4月で1年。1年の猶予期間を設けられていた中小企業にも本格施行されるようになったが、日本の労働環境は「改革」が進んでいるだろうか。 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今は働くどころではなく、休業に追い込まれている人もたくさんいるだろう。ほんの数カ月前まで名前さえ聞いたこともなかったウイルスが、働き方にも別の形で「変革」を迫ってきていると言える。その一つが、リモートワークの拡大だ。 しかし、それも現状では心もとない。インド生まれで、東京の外資系企業に勤める女性(36)は最近、社内で「メールハラスメント」が問題になったと語る。夜中に上司からメールが来て、スマホのアラートが鳴る。寝ていても早く返事しなければならないプレッシャーにさらされた社員が会社に訴え、平日の夜10時以降と週末はメールが禁止になったという。同社は外資系だが社員の90%以上が日本人。その部署の上司次第だが、働き方は日本企業色が強い。 「テクノロジーのおかげで家で仕事ができるようになったが、日本の場合はそれが逆効果になっている」と彼女は言う。「実際の労働時間は何時までなのだろうと思ってしまう」 コロナ禍によるリモートワークの拡大で、いま改めて「働く」と「休む」の境界線が問われている。 知らないうちに有休を消化 まず、日本人の休暇の実態を把握したい。国別の年間休日数は2016年の厚生労働省のデータによると、日本は138.2日。イギリス、フランスは137日、イタリアは139日、ドイツは141日だった。年間休日数を見る限り、意外と日本も欧米並みに休んでいる。 しかし、大きく違うのはその内訳だ。年間休日数のうち、日本は有給休暇が18.2日なのに対し、イギリス、フランス、イタリアは25日、ドイツは30日。その代わり、日本の土日以外の休日は16日、イギリスとフランスは8日、ドイツは7日、イタリアは10日だ。つまり、日本は一斉に休む祝日が「休日」の大半であり、自由に休める休暇は少ない。 本誌2020年4月21日号22ページより ===== 本誌2020年4月21日号20ページより 有休の取得率となると悲惨だ。総合旅行サイトのエクスペディア・ジャパンが毎年19カ国、18歳以上の有職者に行っている最新調査(2018年)によると、日本の有休取得率は50%。3年連続で最下位だ。しかも、取得日数も最短の10日間。昨年、「最低5日の有給休暇取得」が義務付けられる前の数字とはいえ、休んでいる日数は圧倒的に少ない。 同調査によると、日本人が有休を取らない理由の1位は「人手不足」。そして2位が「緊急時のために取っておく」。3位が「仕事する気がないと思われたくない」。この緊急時というのは、自分や家族が病気になったときという意味だ。これは世界の常識ではあり得ないと、早稲田大学商学部で労働問題について研究する小倉一哉教授は話す。 「フランスでは、病気になったら欠勤するのが当たり前。バカンス中に病気になったら、その日から休暇を病気欠勤に切り替え、元気になってからまた休暇に戻る」 一方で、よく指摘されるように日本の労働生産性は長年低迷を続けている。日本労働生産性本部がOECD(経済協力開発機構)のデータを基に計算したところでは、2018年の日本の時間当たり労働生産性(就業1時間当たり付加価値)は46.8ドルで、アメリカ(74.7ドル)の6割強の水準でしかない。OECD加盟36カ国中21位、主要先進7カ国では、1970年以降ずっと最下位だ。 2019年の働き方改革関連法による労働基準法の改正は、約70年ぶりだった。「休み」に関するポイントは、①時間外労働上限の制定(原則月45時間かつ年360時間)と、②年次有給休暇取得義務化(年10日以上の有給休暇が付与される労働者については、年5日は使用者が指定する時季に休暇を取得させることを義務付け)の2点だ。 だが、施行されても改正に実感が湧かない人も多い。昨年9月に日本マーケティングリサーチ機構が行った調査では、約86 %が「働き方改革」という言葉は聞いたことがあるものの、約半数がその内容を理解していなかった。しかも「脱法行為」が横行していると小倉は指摘する。 「日本の法律では、実は休日は週1日だけ。だから週休2日の場合、企業が土曜を就業規則上の休みにしていることが多い」と、小倉は言う。「そこで、今回の改革で最低5日の有給休暇取得が義務化されると、就業規則を変え、年5日の土曜を出勤日に変えた上で会社の指定休にした企業もある」 つまり、従業員は何も知らないまま、いつの間にか5日休んだことになっているというのだ。 休みが切実に必要な日本社会 日本では「休みたくない」労働者が意外と多いのも事実だ。「働きたい人が働いて何が問題なのか」「休んでもやることがない」「お金がないから働いているほうがいい」といった声は根強い。 これに真っ向から異を唱えるのは、中央大学大学院戦略経営研究科の佐藤博樹教授だ。「休んでもやることがない、というのは本当の意味で危機感がない証拠」と、佐藤は言う。「社会も仕事もどんどん変わっていく。変化に対応するには仕事以外の経験を広げ、学び、柔軟な人材にならないといけない。自分を多様化させるために必要なのが休暇だ」 ===== ILLUSTRATION BY STUDIOSTOKS/SHUTTERSTOCK しかも、今後は人工知能(AI)の活用によりアイデアが勝負の世界になっていく。立命館アジア太平洋大学の出口治明学長も、休みがもたらす経験と学びの重要性を説く。 「脳科学者たちは1回の集中は2時間が限度だと言っている。そういう事実を無視するから、日本は長時間労働の割に1%も経済成長していない」と出口は言う。「世界でユニコーン(非上場で10億ドル以上の企業価値があるベンチャー企業)が400社近くもあるのに、日本には3社だけ。日本人はもっと早く仕事を切り上げ、人に会い、本を読み、旅をするべき。一人一人が職場以外で経験を広げ、学ばないと日本は滅びる」 もっとも、働き方改革が進んだ背景にはより切実な問題もある。 日本は人口減少、少子高齢化により15~64歳の生産年齢人口が減少の一途をたどる。2019年に総務省が発表した人口推計によると、2018年10月の生産年齢人口の割合は59.7%で過去最低となり、働き手不足が着実に進んでいる。これまでの「男性正社員の夫+専業主婦または非正規雇用の妻」というパターンは既に崩れており、高齢者の就労促進や女性の社会進出、外国人人材の受け入れを進めるしか日本に残された道はない。 そして多様な人材を確保するためには、それぞれの状況に応じた柔軟な働き方・休み方を許容することが求められる。それは何も出産、介護を担う人だけに限らない。2人に1人が癌になると言われる時代、闘病しながら働く人もそこに含まれる。 売り手市場と言われている昨今の就職戦線で、学生たちの視線も厳しい。優秀な人材は条件のよりよい職場に流れる。近年、日本の企業が「働き方・休み方改革」に力を入れるのにはこうした事情もある。 早稲田大学の小倉が注目する企業の1つは、福岡県に本社がある建設機材レンタル・リース業の拓新産業だ。従業員60人程度の中小企業だが、有休消化率100%、残業時間は年間合計で1人2時間、休日出勤ゼロという驚異的な数字を出している。約30年前、会社説明会に学生がほとんど来なかったことで当時の会長が危機感を抱き、いち早く働き方改革に踏み切った。 今では優良企業としてあちこちで表彰され、九州の優秀な学生が殺到する。「優秀な人材が集まるから業績も右肩上がり。中小企業だからできない、下請けだからできないというのは言い訳だ」と、小倉は言う。 しかしいくら休みの大切さが分かっていても、「休めない」「休ませられない」のが現実だ。目の前にはやるべき業務がある。休みたくても休めないという人が大半だろう。 なぜ日本はなかなか変われないのか。その疑問を解くために、日本型雇用システムの歴史をひもとく。 安定した雇用と引き換えに 日本型雇用システムの特徴は「長期雇用」と「賃金の年功序列制」と言われる。しかし労働政策研究・研修機構研究所長の濱口桂一郎は、最も重要なポイントは「雇用契約の性質」だと指摘する。 「日本の雇用契約書には職務がはっきり書かれていない。いわば契約書は『空白の石板』。雇用者が命じたことが仕事になる」と濱口。「さらに、時間も場所も無限定。つまり言われた場所で言われたことをやるという前提で雇用する。これがいわゆる『メンバーシップ型』だ」 ===== ILLUSTRATION BY STUDIOSTOKS/SHUTTERSTOCK 対して、欧米型の雇用は「ジョブ型」と呼ばれる。まず仕事ありきで、それに対して人を雇う。最初に契約書があり、そこに職務内容、労働時間、賃金などが記載されており、契約外の業務や命令は拒否できる。 濱口によれば、実はメンバーシップ型の雇用システムは世界広しといえども日本だけ。しかし、もとはどちらも「労働者を守る」ために生まれたものだった。 どういうことか。時は18世紀後半の産業革命以降にさかのぼる。当時は製造業の時代で、働けば働くほど儲かった。そのため経営者は労働者に長時間労働を強い、賃金も一方的に決めていた。それに対し、労働者が人権や労働環境の改善を求めて立ち上がった過程で、欧米では職務を明確化し、勝手に職務内容や賃金を変えさせないジョブ型へ動いた。 一方日本は、1947年に労働基準法が成立したときに、労働組合が雇用保障と引き換えに「労働者はなんでもやる」というメンバーシップ型を志向したという。 メンバーシップ型のメリットは、なんでもやるからこそ、仕事がなくなっても従業員を他のポジションに動かせること。それにより長期雇用が可能になる。デメリットは「無限定」という条件に対応できない人は非正規労働者になること。また職務がはっきりしていないため、職務で賃金を決めることはできず、そのために年功賃金制が生まれた。唯一客観的な根拠は年齢だからだ。 賃金が年功制である代償として登場したのが「査定」だ。濱口によると、役付きでない労働者が査定されるのは日本くらいだという。大抵の国では給料は契約時に決められ、その後上下するものではないのだ。 「この査定というのが曲者。能力評価と言われるが、能力とはつまり上司が『できると思うかどうか』。情意評価でありブラックボックスだ。これが日本の悪しき長時間労働と有休取得の低さを生み出してきた」 定時で帰る人と夜中まで働く人、日本でどちらが評価されやすいかといえば、もちろん残業する人だろう。有休を取って休む人と熱があっても出社する人では、当然後者。つまり、評価と賃金を上げたい労働者が取る合理的な行動は、可能な限り残業し休まないこと、という結果になる。 年功制の代償として査定制度が組み込まれ、その結果、今の日本の労働状況がある。全てつながっているが故に、どれか1つだけを取り出して変えるのは容易ではない。 一方、少し視点を変えてみると、日本の長時間労働には雇用制度の成り立ち以外にも理由がありそうだ。ドイツ日本研究所所長のフランツ・ヴァルデンベルガーは、日本人が休めない原因には、日本独特の習慣と時間に対する価値観もあるのではないかと推測する。 「例えば、日本人は中学校に入ると部活動が始まり、(夏休みなどで)授業がなくても学校へ行くようになる。そうなると自由時間が失われる。朝から晩までスケジュールが決まっていて、空いた時間に『何をしよう?』と考えなくなる」と、ヴァルデンベルガーは言う。「日本人は自分の時間の使い方を学校や両親、組織など周りに委ねる傾向がある」 ===== ドイツでは対照的に、学校は午前中だけ。午後は時間が空くので、幼い頃から自由時間の使い方を考える習慣ができる。自ずと時間に対する意識が高まり、それが社会人になってからの働き方にもつながっていく。 「タスク型」雇用の時代へ それでは一体、私たちはどうしたらいいのだろうか。専門家らが口をそろえるのは「まずは経営者が変わるしかない」ということだ。思い切った経営判断をするしかない。 もっとも、就業規則や法律で定めれば全てが解決するわけでもない。私たちが新たに直面しているのは、ジョブ型でもメンバーシップ型でもない、新たな形の雇用社会だと濱口は警鐘を鳴らす。 「いま世界で起きているのは『タスク型』雇用社会の出現」と、濱口は言う。「配車サービスのウーバーをはじめ、ジョブの中にある一つ一つのタスクを単発仕事(ギグ)として請け負う『ギグワーカー』が出てきたことで、これまでの安定したジョブ型の雇用も急速に壊れつつある」 タスク型になれば、もはや休みも失業も、労災という概念もないというわけだ。世界は産業革命以前の時代に戻りつつある、という危機感を持っている専門家が多い。 しかも目下、世界は新型コロナウイルスの影響で未曾有の雇用危機に陥っている。現在、外出制限下にある人は世界合計で39億人に上るとも言われており、アメリカでは3月下旬の2週間で約1000万人が失業保険を申請した。そんななか、世界中でリモートワーカーも増えているが、それに伴い今後「働く」と「休む」のバランスはどう変化していくのだろうか。 働き方や休み方を考える上で忘れてはいけないのは、ユートピアに見える北欧もほんの30〜40年前は日本と同じような状況にあったということだ。社会的変容を迫られて法律や制度を変え、それによって人々の価値観が変わってきた。 実は私たちの考える文化や習慣というものはそれほど強固なわけではない。2~3年もたてば新しい習慣が「常識」になり、10年もたてばすっかり「文化」として定着する。文化が違うから、習慣が違うから、歴史が違うから、人口構成が違うから......というのは「変われない」理由にはならない。 「変われなかったら、滅びるだけ」。立命館アジア太平洋大学の出口は何度もそう繰り返した。「歴史を見れば分かる。変化に対応できなかった文明が滅んだのではない。どこも改革はしている。滅んだのは、スピードが遅かったせいだ」 <2020年4月21日号「日本人が知らない 休み方・休ませ方」特集より> 【関連記事】リモートワークで「在宅社畜」中国の働き方は日本よりマシ? 【関連記事】休暇「2週間×年4回」+夏休み2カ月はなぜ可能なのか? ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月19日号(5月12日発売)は「リモートワークの理想と現実」特集。快適性・安全性・効率性を高める方法は? 新型コロナで実現した「理想の働き方」はこのまま一気に普及するのか? 在宅勤務「先進国」アメリカからの最新報告。 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年4月21日号(4月14日発売)は「日本人が知らない 休み方・休ませ方」特集。働き方改革は失敗だった? コロナ禍の在宅勤務が突き付ける課題。なぜ日本は休めない病なのか――。ほか「欧州封鎖解除は時期尚早」など新型コロナ関連記事も多数掲載。