<コロナ対策は万全でなくても死者数は最少──制限緩和も始まった中欧の小国の成功の秘密とは> 人口当たりの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)死者数がヨーロッパで最も少ない国は? 5月6日に制限措置の大幅緩和を発表したドイツでも、反ロックダウン(都市封鎖)戦略を取るスウェーデンでもない。人口545万人のスロバキアだ。 同国で確認された感染者数は1455人で、死者数は26人(5月8日時点)。既に2万人以上が死亡しているニューヨーク州に、スロバキアの死亡率を当てはめた場合、死者数は約90人にとどまる計算になる。 その秘訣はどこにあるのか。スロバキアが新型コロナウイルス封じ込めに成功しているのは、封鎖のおかげではない。現実は正反対で、人の往来の度合いは極めて高い。 欧州内の他国に通勤したり、季節労働者や移民として働くスロバキア国民は数十万人に上る。アウトブレイク(感染症の爆発的拡大)が発生した隣国オーストリアには、2万人超が高齢者介護従事者として通勤し、若年層の留学傾向はEU各国中、最も高い。 携帯電話利用データによれば、2月後半~3月前半に、コロナ禍のさなかにあったイタリア北部を訪れたスロバキア人は約5万人に上ったが、彼らの帰国後も大規模な感染拡大は起こらなかった。 死亡率が低いのは公的機関の質が高いから、でもない。スロバキアはEU加盟国だが、昨年発表された「世界健康安全保障指数」での成績は振るわなかった。 同指数は195カ国を対象にパンデミック(世界的大流行)などへの対応能力をランク付けした。スロバキアの「エピデミック(局所的流行)の早期発見・報告」能力は70位で、「エピデミック拡大への迅速な対応・抑制」能力は105位。対照的に、ドイツは前者が10位、後者は28位と評価されている。 こうした数字が現実において何を意味するのか、スロバキア国民はこの1カ月半ほどの間に思い知らされてきた。 政府への信頼は低いが パンデミック宣言当初、スロバキアのPPE(個人用防護具)・検査キット備蓄数は限定的だった。検査や接触者追跡に当たるチームも、経験豊富な専門家がそろっていたとはいえ、数はわずかだった。 現在でも、同国は接触者追跡アプリも、「スマート隔離」制度も導入していない。一方、同じく封じ込めに成功している国の1つである台湾は、パンデミック宣言の前からそうした制度を実施していた。 それにもかかわらず、スロバキア国内での集団感染事例は主に、3つのグループに限られているとみられる。少数民族ロマの貧困層(イギリスからの帰国者から感染が拡大した可能性が高い)、介護施設で暮らす高齢者、Uターンしてきた移民とその家族だ。確かに当局は迅速に動いたが、対応に乗り出したのは集団感染の発生後にすぎない。 ===== ならば、なぜ新型コロナウイルスの猛威に見舞われていないのか。筆者が話を聞いた複数の専門家によれば、大きな要因は3つある。 最も重要な要因は政府の迅速な決断だ。緊急事態宣言が発令されたのは、国内初の感染者が確認されてから9日後の3月15日。翌日から学校は一斉休校し、食料品店や薬局、銀行を除く全ての商業施設が閉鎖され、イベントや集会の開催が禁止された。 国内の全空港を閉鎖し、帰国者の隔離も義務付けた。ただし、一部の国と異なり、個人単位での移動はおおむね制限されなかった。 こうした措置が奏功しているのは、第2の要因のおかげにほかならない。すなわち、国民が足並みをそろえて即座に要請に従ったことだ。スロバキアでは一般的に政治家や政府への信頼感が低い。それでも今回、市民は自発的に指示どおりに行動した。 これには、政治家の姿勢が一役買ったことは間違いない。準備不足の責任の所在をめぐる政党間の争いはあったものの、連邦当局と州当局が対立するアメリカと違って、脅威の深刻さや制限措置の必要性について異論は出なかった。 そこで重要になるのが第3の要因だ。公的機関よりもさらにウイルス封じ込めに貢献しているのはメディアだと、専門家らは指摘する。 WHOの否定的な見解にもかかわらず、スロバキアでは早くからマスク着用が普及した。分岐点になったのは3月13日、国内で人気のテレビ番組に出演した新内閣発足前のイゴール・マトビッチ次期首相とマレク・クライチー次期保健相に、司会者がマスクを手渡して模範を示すよう求めたときだ。2人はその場でマスクを着け、翌日から国中にマスク着用が広がった。 メディアと市民の力で コロナ危機は、より硬派のメディアの読者数増加にもつながっている。スロバキアでは普段、健康問題に関する陰謀論を展開する非主流派のオンラインメディアの人気が非常に高い。だが当初の数週間、これらのウェブサイトは新型コロナウイルスについて全く取り上げなかった。 その結果、主流派メディアが世論形成のリード役になった。イースター(復活祭)休暇中の旅行に関する判断ミスなど、特定の施策は批判しつつも、こうしたメディアは規制遵守の必要性を過小評価することは慎重に避けた。 ===== スロバキアでは4月22日から一連の制限措置の緩和が始まった。1日当たりの新規感染者数が1桁台で推移しているため、5月6日からは大半の商店、飲食店やホテルの営業再開が許可された。 休校は継続され、飲食店ではテラス席しか利用できないなど、今も「普通」とは程遠いが、市民は新しい髪形の自分の画像を投稿して、ようやくヘアサロンに行けるようになったことを祝っている。 新型コロナウイルスとの戦いには、政府の迅速かつ断固とした行動が不可欠だ。それでも、求められる規範に従うというコンセンサスをメディアと市民社会が築き上げれば、公衆衛生当局の不備を補うことができる。スロバキアの成功例はそう教えてくれる。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年5月19日号掲載> 【参考記事】コロナ独自路線のスウェーデン、死者3000人突破に当局の科学者「恐ろしい」 【参考記事】緩むとこうなる?制限緩和を試みた韓国にコロナのしっぺ返し ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月19日号(5月12日発売)は「リモートワークの理想と現実」特集。快適性・安全性・効率性を高める方法は? 新型コロナで実現した「理想の働き方」はこのまま一気に普及するのか? 在宅勤務「先進国」アメリカからの最新報告。