<裁かれるべきは兄弟や関係をもった男か、あるいは男尊女卑を許す社会か──> インドネシア・スラウェシ島南スラウェシ州南部のバンタエン県で16歳の少女が20歳と30歳の兄弟に惨殺される事件が起きた。 地元バンタエン警察によると、兄弟はこの妹が親戚にあたる男性(45)と婚姻関係がないにも関わらず性的関係をもったことから「将来結婚できない」「家族の恥である」として殺害したいわゆる「名誉殺人」の可能性がある、とみている。 刑法上の規定がないため警察では通常の殺人事件として捜査を続けており、今後起訴されて裁判の結果有罪となれば最高で死刑の可能性があるとしている。 イスラム教徒が人口の88%と圧倒的多数を占めるインドネシアではあるが、イスラム教を国教とはしていないことから一部地域を除いて「イスラム法」は適用されていない。 インドやパキスタン、バングラデシュさらに中東などで時々伝えられる「名誉殺人」だが、イスラム教国ではなく、法的にも道義的にも認められていないインドネシアではこれまで「名誉殺人」の例はほとんど聞いたことがないことから今回の兄弟による妹殺害は衝撃的なニュースとして伝えられ、注目を集めている。 破談の妹を殺害、相手のいとこを監禁 地元メディアなどの報道によると5月12日にバンタエン警察が16歳の少女ロスミニさんが10日に自宅で兄弟2人によって斧、鋭利な棒などによって惨殺されたことを明らかにした。 犯行に及んだ兄弟ラーマン・ビン・ダルウィス容疑者(30)とスプリアント・ビン・ダルウィス容疑者(20)の2人は警察に身柄を拘束されており、現在取り調べを受けているという。 2容疑者は取り調べに対し、ロスミニさんにはいとこにあたる親戚の45歳男性との間で縁談が進んでいた。しかしこの男性がロスミニさんとの結婚に反対したものの、どういう経緯かはこれまでのところ不明だが性的関係をもってしまったという。 ロスミニさんからそれを聞いた兄弟は当初「魔術で騙された結果」と疑ったものの最後には「縁談は破談になったにも関わらず、性的関係をもてば今後妹と結婚したいという男性は現れないだろう。一家の恥である」と激怒して殺害を決意、実行したことを自供しているという。 さらに兄弟は妹を殺害した後に、縁談を断ったにも関わらず性的関係をロスミニさんともったといういとこの男性宅に押しかけて監禁して問い詰めた。この監禁にはたまたま通りかかった近所の男性らも巻き込まれ、一時はいとこを含めた男性3人が人質状態となっていたという。 結局は通報を受けて駆けつけた警察官の説得を受け入れて約2時間後にいとこの男性ら3人は負傷していたものの命に別状はなく解放され、警察は兄弟を「計画殺人」の容疑で逮捕した。 ロスミニさんの母親は兄弟による妹の殺害という未曾有の惨事に精神を乱しており、警察の事情聴取にも応じられない状況が続いていると地元メディアに警察は話している。 ===== 少女婚の闇に潜む「男尊女卑」 国民の多数を占めるイスラム教では婚姻外の性行為は原則として認めていない。このため婚前交渉も不倫行為も宗教裁判所で処罰される可能性があるが、そうした「イスラム法」の適用が認められているスマトラ島最北部のアチェ州以外ではあくまで建て前だけとなっているのが実態であり、貧困や生活苦から売春で身を立てざるを得ないイスラム教徒の少女や主婦も多く存在する。 事実、このところの新型コロナウイルスの感染拡大防止措置で社会活動が大幅に制限され、生活苦からネットを通じて客を探して売春をしていたアチェ州の女性7人が警察に摘発される事件も報じられている。 インドネシアの婚姻法では婚姻適齢を21歳としているが、両親の承諾や宗教裁判所の認可があれば男子は19歳から、女子は16歳から結婚が可能である。さらに地方では依然として少女婚の習慣が残っており、ユニセフの統計ではインドネシアでは14%の少女が18歳未満で、1%の少女は15歳未満で結婚しているという。 こうした実態から今回のロスミニさんも16歳で縁談話しがもち込まれたものの、最終的に婚姻が成立せず、性行為だけが行われたことが「名誉殺人」の原因となったとみられている。 しかし女性の人権保護団体などでは「責められるべきは16歳の少女ではなく、性行為を行った45歳の男性である」として兄弟2人の計画殺人での逮捕は当然としたうえで、45歳のいとこも「未成年との性行為」で取り調べる必要があると主張している。 とはいえイスラム教、そして地方の風習では依然として「男尊女卑」が暗黙の規範として社会を律しているという避けがたい現実があり、インドネシアの女性特に少女にとっては厳しい現実社会となっている。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月19日号(5月12日発売)は「リモートワークの理想と現実」特集。快適性・安全性・効率性を高める方法は? 新型コロナで実現した「理想の働き方」はこのまま一気に普及するのか? 在宅勤務「先進国」アメリカからの最新報告。 ===== 16歳の妹を「名誉殺人」した兄弟 16歳の妹を「名誉殺人」した兄弟が警察に拘束されたときのようす KOMPASTV / YouTube