<研究者の大半が主張するように自然発生のものと考えるには、新型コロナウイルスは人間に適応し、発見当初から感染力も強かった。実験室で生まれた可能性を排除するのは早すぎる、と論文は言う> パンデミック(世界的大流行)を引き起こした新型コロナウイルスについて、実験室で生まれた可能性も排除すべきでないとする論文が発表された。 アメリカのトランプ政権高官や情報機関は新型コロナウイルスの発生源が中国の武漢ウイルス研究所であると主張しているが、中国はそうした見方を陰謀論だと一蹴している。 専門家はおしなべて中国の立場を支持しており、新型コロナウイルスは自然に(たぶん武漢の海鮮市場で)人間への感染力を手にしたと考えている。新型コロナウイルスが遺伝子操作を受けていないことを示す証拠も、そうした見方を補強している。 本誌は複数の専門家に依頼し、問題の論文に目を通してもらった。そして得られた評価は、「この分析に使われた手法は有効性が証明されておらず、主張を裏付けるようなさらなる研究が出てくるまでは結論を急ぐべきではない」というものだった。 問題の論文はブリティッシュコロンビア大学やマサチューセッツ工科大学、ハーバード大学の研究者の共著で、コールドスプリングハーバー研究所が主催するウェブサイト「バイオアーカイブ」で発表された。査読は受けていない。この論文が新型コロナウイルスが何らかの実験室で生まれた可能性(ごく小さな可能性かもしれないが)を主張する根拠は、自然から生まれたものにしては「人間によく適応している」からだという。 (ちなみに同サイトでは掲載論文について「結論として、または臨床や医療に関連した行為を導くものとして」扱われるべきではなく、「確たる情報として報道されるべきでもない」と注意を促している)。 「最初からSARS並みの感染力」 「われわれが観察した限りでは、新型コロナウイルスは昨年後半に初めて発見された時点で、すでにSARSウイルスと同等の人から人に感染する力を備えていたと見られる」と、研究チームは指摘した。他方、「新型コロナウイルスに似ていながら、まだそれほど人間に適応していないウイルスから進化した形跡」を示すものは見つからなかったという。 「感染力の強いウイルスが突如出現したことは大きな衝撃だ。これを期に、ウイルスの起源の確認や近い将来の(類似のウイルスの)再出現の予防に向け、国際協力への機運を高めなければならない」と研究チームは主張した。 この論文によれば、ウイルスの発生源を特定するようなはっきりした証拠は見つかっていない。研究チームはウイルスの遺伝子的構造やサンプルを調べたが、変異した場所が中間宿主の段階だったのか人間の体内なのか、それとも研究施設だったのかは分からなかったという。 だが「実験の過程で遺伝子組み換えによらない前駆体が表れて人に適応した可能性も、念のため検討すべきだ」と研究チームは主張している。 また結論の中で、人から人への感染がどのように始まったかについてさまざまな可能性があるということは、「(ウイルスの)再出現を防ぐためにはそれら全てのシナリオについて警戒する必要がある」と警告した。 <参考記事>CIA:中国はWHOに圧力をかけて世界中のマスクや防護服を買い漁った? <参考記事>日本の「生ぬるい」新型コロナ対応がうまくいっている不思議 ===== カリフォルニア大学デービス校のジョナサン・アイゼン教授はこの結論について「いろんな理由から説得力がない」とツイートしている。例えば分析手法がはっきり示されていないことや、比較対象がSARSウイルスに限られていること、他の仮説が十分に検討されていないことや、新型コロナウイルスが最初から人間によく適応していたとする証拠が十分示されていないことがその理由だという。 「論文にはいくつかの興味深い分析も含まれるが」とアイゼンは述べた。「これらの分析に基づく類論の可能性をきちんと示せたとは言えない」 新型コロナウイルスの発生源に関する調査を進めている米国防総省情報局(DIA)は当初、「自然に発生したのではないか」としていたが、その後、武漢の研究所から誤って出た可能性があると立場を変えている。 専門家も情報当局も、ウイルスが遺伝子操作されたとする陰謀論は基本的に否定している。多くの専門家はまた、はっきりした証拠は見つかっていないにせよ、ウイルスが研究所から漏れた可能性よりも自然に発生した可能性の方が高いと主張する。 ドナルド・トランプ大統領、マイク・ポンペオ国務長官、および共和党議員の一部は武漢研究所の実験室から漏れたウイルスが、世界的大流行の原因になった可能性があるという説に飛びついた。 武漢ウイルス研究所が、現在パンデミックを引き起こしているウイルスと同種のコロナウイルスを研究していることは知られている。だが同研究所の中国人科学者と中国政府当局者は、実験室から漏れたウイルスが世界的な大発生をもたらした可能性を全面的に否定した。 ポンペオは、武漢研究所発生説について、「確信はない」と言いつつ、「ウイルスが研究室から流出したことを示す重要な証拠がある」と主張している。 一方、中国はウイルスが自然発生したと主張しており、当初の分析では、発生源を武漢の生鮮市場としていた。 ただし、bioRxiv(バイオアーカイブ)に投稿された研究によれば、生鮮市場から採取されたウイルスの現存するサンプルから、ウイルスが人間に感染する形質を備える前の中間種が存在したかどうかを判断することは不可能だという。この論文によれば、「中間の動物宿主が市場に存在したとしても、入手可能な遺伝的サンプルには証拠が残っていない」。 結論として、入手可能な市場のウイルスのサンプルは動物ではなく人間からのものである可能性が高いということだ。 ファウチは人工説を否定 パンデミックへの対応で国内からの厳しい批判に直面しているトランプは、新型コロナウイルスの感染拡大の責任があると中国を繰り返し非難。中国に対する制裁さえ匂わせている。 14日朝のFOXビジネス・ネットワークとのインタビューで、トランプは中国に対し「多くの措置をとることが可能だ」と語った。「中国との関係を完全に断ち切ることもできる」 一方、トランプ政権のコロナ対策本部の主要メンバーで国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長は、武漢研究所発生説には賛同していない。 「コウモリのウイルスと現在感染拡大しているウイルスの進化を科学的に見れば、このウイルスは人為的、あるいは意図的な操作を受けたものではなく、自然界で突然変異による変化を遂げた可能性がかなり高い」 と、ファウチは5月初めのナショナルジオグラフィックとのインタビューで述べた。 「時間の経過に伴う段階的進化のプロセスのすべてが、このウイルスが自然に進化し、種をまたいで動物から人に感染したことを強く示していると、多くの非常に有能な進化生物学者が述べている」と、ファウチは語った。 ===== 中国に対しては、新型コロナウイルス大流行への対応をめぐって、世界中から批判が沸き起こっている。中国当局は当初、武漢における集団感染の発生を隠蔽した。また中国はウイルスの起源に関する研究を検閲しているようだ。 ドイツとアメリカの情報機関の報告は、世界保健機関(WHO)が中国から新型コロナウイルスによる脅威を軽視するよう圧力をかけられたことを示唆している。一方、中国政府は議論の焦点をそらし、世界各国に医薬品を送ることでパンデミック対策の世界的リーダーとしての地位を確立しようとしている。 ウイルスの発生源についての研究が続く一方、今回のパンデミックでは世界中で約470万人がすでに感染している。感染者のうち31万3000人以上が死亡し、170万人以上が回復した。 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月26日号(5月19日発売)は「コロナ特効薬を探せ」特集。世界で30万人の命を奪った新型コロナウイルス。この闘いを制する治療薬とワクチン開発の最前線をルポ。 PLUS レムデジビル、アビガン、カレトラ......コロナに効く既存薬は?