<コロナ禍のさなかに降って湧いた検察官の定年延長問題──「最恐の捜査機関」と権力の関係性の本質が白日の下に> 「秋霜烈日」が揺らいでいる。 秋の厳霜と夏の烈日のように厳正を極める法秩序の維持が検察官の矜持であり、胸に着けるバッジはその象徴だ。このバッジはこれまでも、法秩序と政治との間で荒波にもまれてきた。今回、検察の独立を損なう恐れがあるとしてひときわ大きな波紋を広げているのが、検察官の定年を延長する法改正問題だ。 定年延長を含む検察庁法改正案は5月8日、国家公務員法改正案に束ねられて衆議院内閣委員会で審議入りした。これまで検事総長が65歳、その他の検察官が63歳とされていた定年を一律65歳に引き上げるとともに、検察ナンバー2である次長検事と各高検のトップである検事長などについて、63歳の役職定年制を導入する。定年延長自体は一般職国家公務員と同じく、年金支給開始年齢の引き上げに合わせて、かねてより立法が準備されていた。 ところが、その改正案の中に特例措置が設けられていた。次長検事と検事長は63歳になった翌日から一般の検事に戻るのが原則だが、内閣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案」して、「公務の運営に著しい支障が生じる」と判断した場合、最長3年、66歳まで官職を継続させることができるのだ。検事総長も同様に3年(68歳)まで、一般の検事は判断権者が法務大臣となるが同じく3年の定年延長が認められる。 問題は、定年延長の判断権者が一般職国家公務員では人事院なのに対して、検察官の場合、内閣または法務大臣であることだ。1月末、黒川弘務東京高検検事長(63)の定年延長が国家公務員法の一般規定に基づいて閣議決定され、次期検事総長人事への介入ではないかと騒がれたばかり。検察人事に対する政治介入を狙った法改正ではないかと野党は猛反発し、「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグ付きツイート数は1000万件近くに達した。 摩訶不思議で理解不能。なんのために?誰のために?この大変な時期に姑息な事をやってんだい?何故に本人は辞退しないの?教えてよ⁉️ #検察庁法改正案に抗議します— 髙田延彦 (@takada_nobuhiko) May 10, 2020 #検察庁法改正案に抗議します— 秋元才加 SAYAKA AKIMOTO (@akimotooo726) May 9, 2020 #検察庁法改正案に抗議します— 浅野忠信 ASANO TADANOBU (@asano_tadanobu) May 9, 2020 政府とすれば、検察官の定年延長についての法的根拠が国会で論争になったことから事後的ではあるが立法措置でフォローしようとしただけかもしれない。自衛隊法と検察庁法を国家公務員法改正案とパッケージにして今国会に提出することは既定路線だった。また、今回の改正法が可決・成立したとしても施行は2022年4月1日であり、その前に黒川検事長は65歳に達しているから、改正法は適用されない。 上意下達を旨とする法務・検察組織で、定年延長を餌に一部の幹部が内閣におもねり政権の意向を忖度することが実際起きるのかも疑問だ。他の省庁と同じく、検察でも入庁年次(修習期)が重視され、同期が昇進したポストに届かなかった者は早期退職し、入庁年次と役職の逆転現象が起きないような秩序もおのずとある。退職した検事は法曹資格を生かして弁護士、公証人等になる道が開かれており、官職に執着する必要もない。こう考えれば、野党の批判はやや強引だとも言える。 ===== しかし、検察が不偏不党というのは一つの理想であり、派閥抗争に明け暮れていた戦後期には政治を利用して勢力拡大を図る動きもあった。今回の法改正で導入された定年延長の特例措置が、政権による牽制の域を超え、検察の中立性をゆがめ、政治権力介入の端緒となる潜在的可能性は否定できない。また、特例措置新設の説明が十分だったとは言い難く、コロナ禍で国民生活が困窮するなかで審議入りが、「火事場泥棒」という疑念を招いたことは確かだ。 検察も民主的統制が必要 今回の問題は、秋霜烈日のバッジが常に2つの課題を抱えてきたことを改めて想起させる。1つは、行政と司法に両属する検察官の職務と責任の特殊性を前提とした上で、「国家機関としての法務・検察をいかに民主的統制に服させるか」という課題だ。 刑事司法を担う検察は独任制官庁であり、検察官は起訴権を独占的に行使する。個々の検察官の裁量は本来的には絶大である。また刑事法規の執行は人権制約を伴う強力な公権力性を有しているから、恣意に堕し私情に流されることがあってはならず、脱属人的な要請が働く。担当者によって判断が異ならないということは、法の支配と法の下の平等を支える重要かつ本質的な要素だ。 それゆえ法務・検察は組織として動く。行政庁の主管大臣としての法務大臣であっても、個別案件への介入は認められず、個々の事件については検察官のトップである検事総長しか指揮できないと規定されている。組織として一丸となって機能するからこそ、戦後日本で実質的にほぼ唯一、政権与党の腐敗をただすことができる実力組織として存続してきた。 ただし、時にその捜査と訴訟遂行が「検察の暴走」として指弾されるのは、組織的で強力なその法執行力が民主的統制に服しているといえるか疑問が拭い切れないからだ。アメリカの地方検事と異なり選挙の洗礼を受けることのない日本の検察官は、国民の信頼と支持を得ているかを民主的基盤がないからこそ気にする側面がある。民主的統制を重視する見地からは、今回の法改正による内閣の関与を評価することもできる。しかし、同時に検察がポピュリズムに屈する危険性を備えているとも言える。 他方で、検察の法執行が政権の意向を受けた「国策捜査」とのそしりを受けることもある。政治家である法務大臣による指揮権発動はこれまでに1954年の造船疑獄一例のみであり、実際には想定し難いとしても、検察が政権の望む捜査を行っているという批判は繰り返されてきた。 ===== しかし実際には、社会秩序を維持する手段として法をどのように執行するかを特に最高検が大局的に考えるからこそ、その判断が時に政治をつかさどる官邸中枢の意思とシンクロしているかのように見えるだけだ。安倍政権が森友学園問題の関係者不起訴を指示したり、さまざまな疑惑つぶしのために定年延長制度の特例措置を導入するという考えは説得力に欠ける。 権力闘争に巻き込まれる 第2の課題は、権力闘争への関与だ。三権分立の下で政治的中立性を維持しなければならないというお題目の問題ではない。生の政治が持つ吸引力ゆえ、法執行機関も権力闘争に巻き込まれる。 今回の検察庁法改正の背景にも、超長期政権となった安倍政権における権力闘争がある、と指摘されている。一躍次期首相の座を狙うに至った「史上最強」の菅義偉官房長官は、昨年9月の内閣改造で自らの側近である河井克行衆議院議員を法相として入閣させた。だが反発はすさまじく、妻である河井案里参議院議員の公選法違反疑惑が浮上し、河井氏は法相辞任に追い込まれた。 法務省官房長・事務次官時代に菅氏から厚い信頼を得ていたとされる黒川検事長の定年延長に、河井法相辞任後の法務・検察に対する牽制の意図があったかは不明だ。しかし、2つの動きは国民の目には1つに映る。大阪地検特捜部のフロッピーディスク改ざん事件以来低迷していた検察が、リニア新幹線談合事件やスパコン助成金詐取事件の精力的捜査で復活ののろしを上げていたタイミングでもある。 新型コロナウイルス対策の給付金政策が二転三転した不自然な経緯からも、次期総裁・首相の座も絡む権力闘争が官邸や自民党内で起きている可能性がある。今回の法改正も、政権中枢における権力闘争の具となっているのかもしれない。いずれにせよ、コロナで国会日程が詰まるなか、法改正は1日でも早く、確実に今国会中に可決成立したほうがいいと考える向きがあるのだろう。廃案になれば次にどうなるかは分からない。 5月13日の「河井前法相の立件検討」という報道が、検察リークによるものかは不明だ。国会開会中の在宅起訴にせよ17年ぶりの逮捕許諾請求のいずれにせよ、開会中の立件は内閣不信任案提出さらには解散という政局の直接的トリガーになり得る。それゆえ閉会を待っての逮捕になるという見方も強いなか、検察庁法改正案の審議と前法相の捜査が交差する重大局面に差し掛かっている。 <編集部注:政府・与党は18日、検察庁法改正法案の今国会での成立を断念。安倍首相が記者団に「国民の理解なくして前に進むことはできない」と述べた。> <2020年5月26日号掲載> 【参考記事】検察庁法改正案を強行採決する前に、3つの疑問に答えて! 【参考記事】安倍政権を歴代最長にした政治的要因と、その限界 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月26日号(5月19日発売)は「コロナ特効薬を探せ」特集。世界で30万人の命を奪った新型コロナウイルス。この闘いを制する治療薬とワクチン開発の最前線をルポ。 PLUS レムデジビル、アビガン、カレトラ......コロナに効く既存薬は? ===== 摩訶不思議で理解不能。なんのために?誰のために?この大変な時期に姑息な事をやってんだい?何故に本人は辞退しないの?教えてよ⁉️ #検察庁法改正案に抗議します— 髙田延彦 (@takada_nobuhiko) May 10, 2020 #検察庁法改正案に抗議します— 秋元才加 SAYAKA AKIMOTO (@akimotooo726) May 9, 2020 #検察庁法改正案に抗議します— 浅野忠信 ASANO TADANOBU (@asano_tadanobu) May 9, 2020 どのような政党を支持するのか、どのような政策に賛同するのかという以前の問題で、根本のルールを揺るがしかねないアクションだと感じています。#検察庁法改正案に抗議します— 水野良樹 (@mizunoyoshiki) May 9, 2020 大事なことは、ちゃんと国民に説明してから、順序に則って時間をかけて決めませんか?そんなに急ぐ必要があるんですかね。 #検察庁法改正案に抗議します— Yu Shirota(城田優) (@U_and_YOU) May 10, 2020 #検察庁法改正案に抗議します— 大久保佳代子 (@OOKUBONBON) May 9, 2020