<原油価格がマイナス圏に入った危機の後も、「体力抜群」の強みを生かして世界を仕切る勢いを見せる> 世界中で40億もの人が新型コロナウイルスのせいで厳しく行動を制限されている今、ガソリンやジェット機の燃料(軽油)をはじめとする石油製品の需要は激減し、原油価格も落ちるところまで落ちた。アメリカでは一時、先物価格がマイナスに転じ、売り手が買い手にお金を払って在庫を処分する展開になった。 当然、石油に依存する国々の経済は悲鳴を上げている。アメリカは世界最大の産油国だが、石油掘削装置の稼働数はこの2カ月で半減した。原油・天然ガス採掘業者の40%近くが年内に破綻しかねず、石油業界だけで22万人が失職するとの予測もある。 世界に目を移すとナイジェリアやイラク、カザフスタンといった産油国も苦境に立たされ、通貨の相場が急落している。もともと破綻しているベネズエラなどの状況は目も当てられない。 2020年に産油国が地獄を見るのは間違いないが、少なくとも1つだけ、このパンデミックの終息後に、経済的にも地政学的にも強くなっていそうな国がある。サウジアラビアだ。 そもそも、サウジアラビアには今回のような嵐にも耐えられるだけの財政力がある。もちろん国家予算の均衡を保つには1バレル当たり80ドル前後の水準が必要なので、現状の原油安は痛い。格付け会社ムーディーズが同国の財政見通しを引き下げたのは当然だ。 今年第1四半期の財政は90億ドルの赤字だった。新型コロナによる経済の停滞で税収も減った。ムハンマド・ビン・アブドラ・ジャドアーン財務相は5月2日に歳出の「大幅削減」に言及し、2030年までの経済改革計画「ビジョン2030」の一部先送りもやむなしと発言した。 それでも国家財政には十分な余裕があり、市場で資金を調達する能力もある。同財務相によれば、今年も最大で580億ドルは調達できる。政府債務残高の対GDP比は昨年末段階で24%。増加傾向にあるとはいえ、まだ低めだ。 準備金を取り崩せば最大で320億ドルは拠出できるというし、中央銀行の外貨準備高は4740億ドルもある。自国通貨リヤルの防衛には3000億ドルが必要とされるが、それでもお釣りがくる。 それに、いずれ市場が安定すれば売り上げが回復するだけでなく、世界の原油市場におけるシェアも上がる。ここまで下がれば、今後の原油価格はどんどん上がる。将来的な石油需要の見通しは読みにくいが、コロナ危機の終息後は需要の回復速度が供給の回復を上回るだろう。 既に需要回復の傾向も 米エネルギー情報局(EIA)の予測によると、世界の石油需要は年内にコロナ危機以前の水準に戻る。国際エネルギー機関(IEA)の予測でも、需要の落ち込みは昨年実績(1日平均1億バレル程度)の2〜3%減にとどまる。 新型コロナウイルスの封じ込めに手間取り、あるいは感染の第2波が生じたりすれば、経済の回復は遅れるかもしれない。それでも、よほどのことがない限り、いずれ石油需要は回復するはずだ。 ===== 人々のライフスタイルが変わって需要が減る可能性は否定できないが、データを見る限り、それが定着するとは思えない。現に中国では、もう乗用車の利用とトラック輸送が昨年の水準に戻っている。混み合う公共交通機関を避けて自家用車による移動を選ぶ人が増えれば、石油需要には一段と弾みがつく。 地球温暖化への懸念で石油需要が抑制される気配もない。世界的な感染拡大が各国の経済に及ぼした苦難は、むしろ環境政策の足かせとなりかねない。今や世界の国々は孤立主義に傾き、温暖化対策に不可欠な国際協力の機運はしぼんでいる。 一方で原油供給の回復には時間がかかる。生産を再開できない油井もあるし、新規投資のキャンセルもある。アメリカのシェールガス・石油掘削にもブレーキがかかる。今は供給過剰で、原油の貯蔵施設が限界に近づいている。陸上の施設は5月中に満杯になるだろう。いまだかつてないほど多くの油井で、生産停止を余儀なくされそうだ。 だが生産を止めると、油井そのものにダメージが出る。一部の施設は生産再開が不可能になるかもしれない。そうでなくても復旧には多くの時間と費用がかかる。コンサルティング会社エナジー・アスペクツによれば、日量400万バレルほどの供給が半永久的に失われかねない。 シェブロンやエクソンモービルなどの石油大手も、価格の暴落を受けて投資の削減に踏み切っている。たとえ需要が一定でも、施設の老朽化に伴う自然減を補うには日量600万バレル程度の新規供給が必要だが、そこに資金が回らない。投資家の「脱石油」心理も逆風となる。 アメリカの場合、シェールガス・石油の生産レベルが以前の水準に戻るには何年もかかる。需要の落ち込みがどこまで続くかによるが、アメリカの産出量はピーク時の日量約1300万バレルから3割ほど減ると予測される。 もちろん、原油の市況が回復すればアメリカの生産量も増える。小規模な掘削業者が淘汰され、大規模で最新の技術を駆使する生産性の高い企業への統合が進めば、シェールガス・石油の生産も採算の取れる事業になるはずだ。 ただし近年におけるシェールガス・石油の急成長は、投資家の不合理な熱気に支えられていた。そのため効率が悪くて採算性の低い小規模な掘削業者も低利で資金を調達でき、どうにか生き延びてきた。シティグループのエドワード・モースの分析によると、アメリカのシェールガス・石油掘削業者の4分の1は、今回のパンデミックで価格が暴落する以前から採算割れしていたとみられる。そうであれば、投資家の熱が冷めた今、操業再開は難しい。 ===== 元ゴールドマン・サックスのアナリスト、アージュン・ムルティも、アメリカの原油価格が1バレル当たり約50ドルに回復したとしても、年間生産量の増加は日量換算で最大50万バレル程度にしかならないと予測している。 新型コロナウイルスのせいで落ちるところまで落ちた原油価格が再び上昇に転じるとして、そのときサウジアラビアは(湾岸諸国の一部やロシアと同様)価格上昇の恩恵を受けるだけでなく、世界市場でのシェアを拡大するチャンスにも恵まれるだろう。 OPEC加盟国でも経済力の劣る諸国は、増産どころか生産の再開と施設維持の投資にも苦労することだろう。その結果、生産量は思うように伸びない。1998年から翌年にかけての原油価格暴落後にも、イランやイラク、ナイジェリア、ベネズエラなどは生産の回復に手間取った。 付け加えれば、この間にサウジアラビアは地政学的な地位も強化している。ほころびの目立っていたアメリカとの同盟関係を再構築できたし、生産量の調整によって世界の原油市場をコントロールできる唯一の国という立場も取り戻すことができた。 サウジに頼るしかない パンデミックで世界経済が停滞し、需要のなくなった大量の原油で各国の貯蔵施設が満杯になりそうな状況で、産油国も消費国も最終的にはサウジアラビアに頼り、どうにか歴史的な生産削減の合意にこぎ着けた。 主要20カ国を新OPECに仕立てるなど、さまざまな対案が模索されたが、結局はサウジアラビアに頼るしかなかった。サウジアラビアは長い間、莫大な費用をかけて予備の生産能力を築き上げ、いざというときの生産調整に柔軟に応じられる準備をしている。そんな国はほかにない。 今回の危機で、世界はサウジアラビアの特別な地位を再確認させられた。この国は石油市場の支配を通じて、世界に地政学的な影響力も行使できる。気候変動対策で各国が石油消費量を大幅に減らすまで、その地位は揺るがない。 サウジアラビアはまた、OPEC非加盟のロシアなどの産油国も加えた「OPECプラス」の枠組みで生産削減を主導することによって、3月のOPECプラス交渉から抜けて価格戦争を仕掛けたロシアに対し、単独では勝てないことを思い知らせた。石油価格の調整において、ロシア政府がサウジアラビアに依存する割合はその逆よりも大きく、両国の関係においてはサウジアラビアの立場が圧倒的に強い。 ===== アメリカとの関係でも、サウジアラビアは優位に立ったと言える。3月の価格戦争中に同国を出たタンカーの一群は、もうすぐアメリカの港に着く。そして、既に飽和状態の米国市場に普段の3倍もの量の原油を送り込む。当然、アメリカの政治家は腹を立てるだろうが、それでも6月に予定される次のOPECプラスでは、再びサウジアラビア政府に頼み込んで生産削減の延長か削減幅の拡大に応じてもらうしかない。 ほんの数週間前まで、サウジアラビアの未来は真っ暗に見えた。しかし数年先を見通せば、この国の立場は確実に強くなる。サウジアラビアの指導者たちは2014年後半に、アメリカのシェールガス・石油生産を牽制するために原油価格の下落を仕掛けたが失敗した。しかし今回のパンデミック対応ではうまく立ち回っている。 これでサウジアラビアは国際社会での地政学的地位と石油市場における支配力を強化できる。一時の生産削減も将来の増産の布石と思えば、痛くもかゆくもない。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年5月26日号掲載> 【参考記事】原油価格「マイナス40ドル」、消費者に恩恵は? 【参考記事】新型コロナ流行の中、勝者は結局アメリカ? サウジ対ロシア原油戦争の行方 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月26日号(5月19日発売)は「コロナ特効薬を探せ」特集。世界で30万人の命を奪った新型コロナウイルス。この闘いを制する治療薬とワクチン開発の最前線をルポ。 PLUS レムデジビル、アビガン、カレトラ......コロナに効く既存薬は?