<前回の米大統領選では世論調査を覆してトランプが圧勝、「番狂わせ」の理由は世論調査への誤解にあった> 11月3日の米大統領選投票日まであと半年。新型コロナウイルスの影響がどう出るかは読みにくいが、だからこそ気になるのが毎週のように発表される世論調査の数字だ。でも、ご用心。こいつに振り回されると痛い目に遭う。現に、前回(2016年)の大統領選では大方の世論調査が外れた。無惨な二の舞いは避けたいところだが、あいにく世論調査会社にも打つ手がない。 4年前、ドナルド・トランプは自分に不利な調査結果を全てフェイクニュースと切り捨てた。結果として、彼は正しかった。あの年の世論調査には大きな欠陥があった。だから世論調査の業界団体は問題点を見つけ、必要な修正を施したという。そして2年後(18年)の中間選挙ではほとんどの選挙区で予想を的中させ、「科学的」調査の勝利を宣言した。 本当だろうか。一般論として、小選挙区制の下で2大政党が争う議会選の当落は予想しやすい。それでも州単位で議席を争う上院選では、例えばフロリダなどの激戦州で読み違いがあった。全体としてみれば約8割が世論調査の結果どおりの決着だったが、初めから「当確」を打てるようなケースを除くと、世論調査の勝率は5割程度。コインの裏表で占うのと同じレベルだ。 4年前の大統領選で、最初の異変が起きたのはミシガン州の民主党予備選だった。世論調査では本命ヒラリー・クリントンがバーニー・サンダースを21ポイントもリードしていたが、結果は1.5ポイントの僅差でサンダースの逆転勝利。世論調査史上、最大の番狂わせの1つとされる。 今にして思えば、ここで警報が鳴るべきだった。しかし、鳴らなかった。代わりに、予備選段階では候補者が多くて民意も定まっていないから、結果は予想し難いものだという言い訳が用意されていた。 だが実際には、ミシガンの結果は11月の大波乱の前触れだった。あのとき既に、民主党の主要な支持基盤である若者や黒人、白人労働者がクリントンを積極的には支持していないことが明らかになっていた。 そして運命の11月8日。トランプの勝利を事前に予測する人は皆無に等しかった。各種世論調査の分析サイト、ファイブサーティーエイト(538は各州に割り当てられた大統領選の選挙人の総数)は選挙戦を通じて1106件の世論調査結果を検討したが、その中で一度でもトランプ優勢を伝えたのは71件だけ。南カリフォルニア大学(USC)ドーンサイフ校/ロサンゼルスタイムズ共同調査はその1つで、ここはトランプ勝利を見事に言い当てた。 いずれにせよ想定外の事態だったので、多くの人が動揺した。そして世論調査にも非難の矛先が向けられた。物理学で言う「観察者効果」のように、観察者(世論調査)が観察対象(有権者)の動向に影響を与えたのではないかという議論だ。 「正しかった」と業界は主張 世論調査で有利と出たので、民主党は自信過剰になったのか。勝利は確実だから自分は投票しないでいいと思う人が多かったのか。「私は観察者効果など否定していたが」と言うのは、ピュー・リサーチセンターのコートニー・ケネディ。「16年の選挙で考えを改めた」 ペンシルベニア大学のエプタック・レルケス准教授(コミュニケーション論)に言わせれば、こうだ。「一般の世論調査では、たとえ支持率が52%対48%といった僅差でも、確率論的な解釈で勝利の確率70%とされてしまう。そうすると、世間の人は確率と勝敗の票差を一緒くたにして、その候補者が70対30で勝つと考えがちだ。そして、わざわざ自分が投票しなくても勝てると信じ、棄権してしまう」 ===== そうだとすれば、世論調査の存在意義そのものが問われる。そこで業界団体の全米世論調査協会(AAPOR)は調査に乗り出し、16年の選挙で何が問題だったかを総括し、答えを出した。不幸にして予想は当たらなかったが、自分たちは間違っていなかったという答えだ。 要約すれば、その主張はこうだ。実のところ、自分たちは間違っていなかった。全体の得票数ではクリントンが約3%差で勝つと予測していたし、実際に一般投票の得票数では彼女が約2%差で勝った。これは(科学的手法〔後のギャラップ調査〕によって最少の誤差でフランクリン・ルーズベルトの勝利を予測した)1936年の大統領選以降、最も正確な結果の1つだ。それに、当落予想が外れたのは自分たちの責任ではない。そもそも私たちは「予想屋」ではない。いずれにせよ、こうしたミスは二度と起きない。調査方法を修正したから心配ない──。 ばかげた言い分だ。一般投票の得票数は大統領の選出と関係ない。現行の選挙人制度で大事なのは州ごとの得票数だ。予想屋ではないという言葉にも誠実さが感じられない。世論調査と当落予想は切り離せない。調査会社が予想を出さなくても、人はそれを材料にして予想をする。それに、4年前の失態が繰り返されないという保証はどこにもない。 AAPORの報告で明らかになった問題の1つは、得られた数値に重要度を加える「重み付け」だ。世論調査は科学的とされるが、実はここで「主観」が加わる。AAPORの調査にも参加したピュー・リサーチセンターのケネディによると、重み付けは微妙な作業だ。 「人の行動を左右する要因を見つけなければいけない。年齢や性別、人種、地域などだ。16年のときは、大半の調査が学歴も考慮して重み付けをした。だが学歴を考慮しない調査もあった。もともと共和党が強い州では不要だったかもしれないが、中西部では違った」 学歴を重視しなかった理由は、分からないでもない。報告では、12年選挙の世論調査では投票行動に学歴差が見られなかった。だから16年の選挙で、学歴を考慮に入れない調査があったのも無理はない。 誰もが予想しなかったトランプ大統領の誕生(写真は17年の就任式) Andrew Gombert-POOL-REUTERS 「隠れトランプ支持者」は無視 AAPORの報告によると、12年には高卒または高校中退者では民主党支持が20%ほど多かった。ところが16年には、このグループがごっそりトランプに流れた。一方で高学歴者ほど世論調査に進んで回答する傾向があるから、結果としてクリントン支持の回答が実際の割合よりも多く出た可能性がある。 しかもAAPORの報告は、最も興味深い現象を無視している。多くの調査機関は、トランプ支持を隠したがる有権者がいることを知っていた。なのにAAPORは「隠れトランプ支持者」の存在について、証拠がないと切り捨てている。 いわゆる「コミー効果」を否定している点も議論を呼びそうだ。当時のFBI長官ジェームズ・コミーは10月28日付の議会宛て書簡で、クリントンの私用メール問題に関する捜査を再開すると伝えていた。AAPORによると、これでフロリダとペンシルベニア、そしてウィスコンシン各州の有権者の13%が翻意してトランプ支持に回った。しかしAAPORは、この効果は投票日までに薄まったとし、有権者のクリントン離れはコミーの書簡以前から始まっていたと結論付けている。 だがUSCドーンサイフ/ロサンゼルスタイムズ共同調査を率いたジル・ダーリングは、「コミー効果は確かにあった」と反論する(ダーリングの調査は同一集団を対象にしているので、考え方の変化を追跡できる)。コミー書簡を境に報道がクリントンに対して批判的に、トランプに対して好意的に変わったとの分析もある。メール疑惑がトランプのセクハラ告発をかき消した格好だ。 ===== AAPORは調査方法にも無関心で、オンライン調査や自動音声ガイドによる調査と、伝統的なRDD方式(固定電話や携帯電話の番号を無作為抽出し、人が質問する方法)の精度は変わらないとしている。しかし、オンラインや自動音声の調査に比べてRDDのコストは10倍以上。だから今は、どうしても前者の安上がりな調査方法が選択されやすい。 こうした調査方法の違いについて、独自のデータで分析したのはスタンフォード大学のジョン・クロスニック教授(政治学)だ。16年大統領選の直前週に実施された325件(うちRDD方式は21件)の世論調査を検証したところ、自動音声などを使った調査では結果に5%程度の誤差が見られたが、RDD方式の誤差は1%未満だったという。 つまり、明らかに精度の差があった。しかし必要な修正を施したから今年は大丈夫だと、業界関係者は言う。確かに今年のミシガン州予備選では、4年前のようなひどいミスは犯さなかった。 一方で、4年前の「コミー効果」のようなサプライズに備えた対策は取っていない。その必要はないと考えるからだ。前出のケネディも「20年前なら意図的な操作で投票行動を左右できただろうが、今は世論が二極化し、それぞれの帰属意識が強くなっているから、たいした影響は出ない」だろうとみている。 だがクロスニックは慎重で、「調査の精度向上にさらなる投資をしない限り、今年の選挙で前回以上の正確な予測は期待できない」と考える。つまり、費用がかかってもRDD方式の調査を増やさないとダメということだ。 やはり投票は自分の判断で あいにく、そんな追加投資は期待しにくい。世論調査に対する回答率は年々下がっており、クロスニックの望むような精度の高い調査にかかるコストはずっと上がっているからだ。ピュー・リサーチセンターによれば、97年には3人に1人が電話調査に回答したが、今では15人に電話をかけてようやく1人の回答を得られる程度。そもそも、携帯電話に未登録の番号からかかってきた電話には出ない人も多い。 それに、考えられる限りの修正を施し、全ての調査をRDD方式にしても、それで正確な数字がつかめる保証はない。そうであれば、問題は調査をする側ではなく、世論調査に過大な期待をする私たちの側にあるのかもしれない。 前回の大統領選で投じられた票数は全部で約1億3600万。しかし勝敗を分けたのは3つの州(ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア)でトランプがクリントンを上回った票数の約7万8000票。この3州で投じられた票のわずか0.6%だ。そしてどんなに厳密な世論調査でも1%は誤差の範囲内。そんな僅差で勝敗を判じるのは無理だ。 調査する側も自分たちの限界は承知している。だからこそ彼らは勝敗を「確率」で予想する。しかし有権者は確率論で考えない。 AAPORの報告を主導したダートマス大学のショーン・ウェストウッド准教授は、「この調査で分かったのは、有権者を混乱させない形で世論調査の結果を伝えるのは不可能に近いということだ」と指摘している。「勝利の確率70%」というのは、選挙を3度やれば2度は勝つということ。しかし現実の投票は1回だけで、そこで負ければおしまいだ。 ===== 18年中間選挙の結果を見て、世論調査の関係者が胸をなで下ろしたのは事実。ピュー・リサーチセンターのケネディは言ったものだ。「4年前には、世論調査は役立たずだと言われた。その気持ちは分かるが、間違いだ。あの選挙は例外だったのであり、世論調査は今も有効だ」 そうかもしれないが、油断は禁物だ。今年は当たっても、2年後や4年後の選挙で正しい結果を出せる保証はない。世論調査研究専門家のナタリー・ジャクソンは言う。「コロナウイルスもあるから今度の選挙は不確実性のレベルが途方もなく高い。予測はひどく難しく、落とし穴もいっぱいある。結果が出るまで答えは分からないかもしれない」 そうであれば、私たち有権者も考え方を改めるべきだ。際どいレースで、むやみと世論調査を信じるのはよそう。ひいきの候補が優勢と出ても、気を緩めてはいけない。勝敗を決めるのは世論調査ではない。あなた自身の一票だ。 <本誌2020年5月19日号掲載> ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月26日号(5月19日発売)は「コロナ特効薬を探せ」特集。世界で30万人の命を奪った新型コロナウイルス。この闘いを制する治療薬とワクチン開発の最前線をルポ。 PLUS レムデジビル、アビガン、カレトラ......コロナに効く既存薬は?