<マスク不足を足掛かりに、長らく関係が冷え込んでいたチェコへの影響力拡大を狙う中国。EUとNATOの加盟国であるチェコを通じて西側の結束を揺るがす狙いだ> 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)の発生以降、中国がイメージアップのための「マスク外交」に力を入れているのは周知の通りだ。中国は新型コロナウイルスの発生源である上、当初、感染拡大の事実を隠蔽して世界中にウイルスをばら撒いたと非難されているためだ。なかで特別の注目を集めているのが、中国とは疎遠になっていた中欧・チェコ共和国の出方だ。 3月、中国から医療用品を運んできた航空機がプラハの空港に到着すると、アンドレイ・バビシュ首相をはじめとするチェコ政府の当局者たちが滑走路に並んだ。チェコでは、医療従事者のためのマスクや手袋などの個人用防護具(PPE)が不足して批判が高まっており、中国からの物資到着はバビシュを苦境から救ってくれるものだった。長年中国との関係強化を模索してきたミロス・ゼマン大統領もこの面目を一新。3月19日の演説では、「我々を助けてくれたのは中国だけだった」とEU(欧州連合)に当てこすりを言ってみせた。中国からはその後も物資が届けられた。 ゼマンの言葉は、チェコとの関係改善を狙う中国指導部を喜ばせたに違いない。だが外交筋は、中国がチェコに対する影響力を取り戻すのは難しいかもしれないと示唆する。チェコ外務省のある高官によれば、チェコが西側の同盟諸国から「信頼に足るパートナー」だと評されているのは、「中国と長期間に渡って関係が冷え込んでいる」せいでもある。中国と関係を改善すれば、西側と疎遠になりかねない。 中国の狙いはチェコ市場などではない 中国が改めてチェコとの関係を重視し始めたことを、チェコは警戒している。4月に漏えいしたチェコ外務省のある報告書は、中国がパンデミックを利用して国際社会での影響力増大を狙っていると指摘。EU加盟国、とりわけ中東欧の加盟国の支持を得ることによって影響力を強め、西側諸国を分裂させようとしていると警告した。 報告書が特に注目したのは、中国の習近平国家主席が主導する「17+1」イニシアチブだ。中国はギリシャなどバルカン諸国を含む中・東欧17カ国との首脳会議「17+1」で、巨大経済圏構想「一帯一路」建設に向けてこれらの国への投資を約束。アナリストたちは、中国の最終目的は中東欧の小規模経済国へのアクセスを得ることなどではなく、その影響力を利用して西側の国際機関を不安定化させることだと指摘する。 「チェコは地政学的な位置づけや技術革新といった観点からは、さほど重要な存在ではない」と、プラハを拠点とするシンクタンク「アソシエーション・フォー・インターナショナル・アフェアーズ」のイバナ・カラスコバは言う。「チェコの価値は、EUとNATOの加盟国であるところにある。中国は私たちを利用して、これらの欧州機関に影響力を行使したいのだ」 <参考記事>欧州で強まる反中感情 <参考記事>「中国製の人工呼吸器は欠陥品」イギリスの医師らが政府に直訴状 ===== 過去数年、チェコと中国の関係は悪化してきた。チェコに大規模な投資を約束していた中国のエネルギー企業CEFC(中国華信能源)が2018年に経営破綻すると、チェコ国内での中国の影響力が低下し始めた。その後、中国の国有投資銀行CITIC(中国国際信託投資公司)がチェコにあるCEFCの資産を引継ぐと、チェコの地元財閥が経営するJ&Tフィナンシャル・グループが中国政府による買収に反発したのだ。 2018年10月には、プラハ市長が中国から「一つの中国」原則を尊重するよう圧力を受けたことを理由に、北京との姉妹都市関係を解消。これを受けて、中国は経済的な報復措置も辞さないと迫った。2019年11月には、中国がチェコでの影響力を確立するために、同国有数の大学に資金提供を行っていることが発覚。同じ頃、チェコで一番の大富豪であるピーター・ケルナーが、メディアに中国寄りの記事を掲載させていたことも分かった。 こうしたスキャンダルの傍ら、チェコの保安当局は、中国スパイとのハイブリッド戦争がチェコにとって最大の脅威だと警告を発した。チェコ国民の対中感情は、EUの中でも最低水準に悪化。ポピュリストのゼマンはこうした雰囲気を察知すると、中国が投資の約束を守っていないと不満を述べた。こうした不和の結果、2005年から2019年にかけて、中国がチェコに投じた資金の総額はわずか9億6000万ドル。同時期にハンガリーに投じた48億4000万ドルと比べれば格差は歴然だ。 狙いは5Gインフラ構築への参加 だが中国は今、とりわけチェコ国内における5G通信網の開発をめぐる交渉を再開したいと考えている。チェコ政府は2019年、華為技術(ファーウェイ)が同国の5Gインフラ構築に参加することを阻止(もしかしたら中国にとって、世界との関係悪化の中でもこれが一番の打撃だったかもしれない)。さらにその後、チェコのサイバーセキュリティ当局(NUKIB)が、ファーウェイは中国政府に命じられれば顧客データを渡す可能性があると警告した。 この警告が、ファーウェイと5GをめぐるEU各地での議論に影響を及ぼし、EUは2019年に発表した安全性評価報告書の中で、NUKIBと同じ警戒を示した。「NUKIBは早い段階で警告を発し、EUはそれをとても深刻に受け止めた」とカラスコバは言う。 中国の影響力拡大戦略は、中東欧の一部の国では功を奏した。強権的なハンガリーの政権は、資金提供の代わりに透明性と法の秩序を求めてくるEUよりも中国の資本を好んで受け入れている。ハンガリー政府は、中国への見返りとして、南シナ海での領有権主張や中国の人権問題に反対するEUの決議に反対してきた。ギリシャとセルビアも中国からの投資を受け入れ、中国支持を表明している。 だがチェコでは、ゼマンと政界の既成勢力の間で長年、中国との関係をめぐる激しい議論が交わされてきた。 ===== チェコのトーマシュ・ペトシーチェク外相は最近、中国製の医療品に依存するのは安全保障上も危険だと警告。中国とさらに距離を置く可能性を示唆した。バビシュ首相も、チェコとEUおよびNATOの関係を重視している。 だがゼマンは、2013年に大統領に選出されて以降、名誉職的な大統領職権限の限界に挑み、中国とロシアとの関係強化を模索してきた。2015年には中国のCEFCからの投資を受け入れた。ゼマンが中国を複数回訪問していることや、ゼマンとつながりのある企業が中国市場へのアクセスを認められたことを受けて、チェコがそれまでの西側寄りの外交政策を変えようとしているのではないかと国内外で疑念の声が上がったほどだ。 2016年に習がプラハを訪問した際には、同市の多くの地域が閉鎖され、デモ隊は厳しく取り締まられるなど、中国の政治的影響力が増大しつつあることが見て取れた。そのすぐ後、チェコの閣僚3人がダライ・ラマと面会した際には、ゼマンとボフスラフ・ソボトカ首相(当時)がすぐに、中国政府の「ひとつの中国」原則を支持する(つまりチベットに対する中国の主権を認める)声明を出した。 そして今、新型コロナウイルスの感染拡大危機を受けて、ゼマンは改めて中国との関係強化を提唱し、中国政府はチェコでの影響力増大を狙っている。4月には、チェコのコンサルティング会社が、パンデミックによって迅速な5G開発がきわめて重要になり、ファーウェイを排除すれば劇的に開発コストが上昇するとする報告書をメディアにばら撒いた。その後すぐに、ファーウェイ側が秘密裏にチェコ企業のアナリストに金銭を支払っていたことが明らかになっている。だが結局5月6日、チェコ政府は5G通信網の構築でアメリカとの協力を宣言した。 中国のロビー活動は、ハンガリーをはじめ中国に理解のある独裁色の強い政府には効果を発揮してきた。だが民主主義が深く根を張っているチェコにはそう簡単には通用しないはずだが。 From Foreign Policy Magazine