<全人代で明らかになった、香港の統制を強める法制度。今年9月に予定されている立法会選挙も大混乱に陥りかねない。旧宗主国イギリスは歯切れが悪いが、英政府にできることもある> 2015年、未来の香港を舞台にした低予算のディストピア映画が作られた。向こう10年の間に、警察が反体制派に容赦なく暴力を振るい、子供たちが中国共産党のイデオロギーに洗脳され、人々はいい仕事に就くために北京語を学ばなくてはならなくなるというストーリーだ。『十年』という映画である。 それから5年もたたずに、現実はぞっとするくらい、この映画に近づいている。最悪の未来図だったはずのストーリーが香港の現実になりつつあるのだ。 昨年来、香港の警察は反体制派に好き放題暴力を振るうようになった。民主活動家や政治家が事実無根の容疑で逮捕されるケースも相次いでいる。 そしてついに、香港の自由にとどめが刺される日がやって来るのかもしれない。5月21日、中国政府が香港に厳しい治安維持法制を導入する方針を明らかにしたのだ。 翌22日から始まる中国の国会、全国人民代表大会(全人代)の議題の1つとして、香港で「国家の安全を守る」ための法制度が審議されることが発表された。国家分裂や国家転覆を狙う行為を禁じる内容になるというが、法律の解釈は中国指導部の胸一つになりそうだ。 このタイミングは偶然でない。中国政府は、新型コロナウイルス危機を利用して国際社会での影響力を強めようとしているだけでなく、香港への締め付けも強化しようとしている。 いま香港では、感染拡大防止策として公共の場での8人を超す集会が禁止されているため、直ちに反対派が大規模な抗議行動を行うことが難しい。そもそも、多くの市民は感染を恐れて大規模な集会に参加することに及び腰になっている。 それでも、香港の民主派の怒りは冷めず、そのうちに大規模な抗議行動が再び始まるだろう(実際、5月24日には数千人が参加する抗議デモが開かれ、警察は参加者に向けて催涙ガスを噴射した)。今回の事態は、香港の多くの民主活動家が何よりも恐れていたことだ。過去に例のない「反抗の夏」がやって来る。 今年9月に予定されている立法会(議会)選挙も大混乱に陥りかねない。昨年11月の区議会(地方議会)選挙では民主派が地滑り的な勝利を収めたが、立候補を禁じられた著名活動家は黄之鋒(ジョシュア・ウォン)だけだった。 ===== しかし、今回審議される国家安全法制が成立すれば、民主派候補が大量に立候補を禁じられる可能性が出てくる。そうなれば、自由で公正な選挙など望みようもない。 国際社会はどのような反応を示すのか。アメリカのドナルド・トランプ大統領は、この法制度が導入されれば「極めて強力な対処」をすると語っている。 それに対し、イギリス政府は歯切れが悪い。外務省は、「状況を注意深く見守っている」としか述べていない。 しかし、97年に香港を中国に返還するまで香港の宗主国だったイギリスには、法的・道義的責任がある。英政府は、97年以前に申請した香港市民に「イギリス海外市民(BNO)」のパスポートを発行している。彼らに英国永住権を認めたり、その子女で中国返還後に生まれた香港市民を「BNO」として認めたりすることもできる。 これが実現すれば歓迎すべきことかもしれないが、香港の状況が決定的に変わるわけではない。結局、香港の人々は独力で自由を守る戦いに臨まざるを得ない。超大国・中国と対峙する香港の若き活動家たちは、いわばナイフで銃に立ち向かうことになる。 From Foreign Policy Magazine <2020年6月2日号掲載> ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月2日号(5月25日発売)は「コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学」特集。行動経済学、オークション、ゲーム理論、ダイナミック・プライシング......生活と資産を守る経済学。不況、品不足、雇用不安はこう乗り切れ。 ===== 5月24日、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)を含む数千人の市民がデモ行進を行った DW News-YouTube