<新型コロナウイルスによる死者1373人と危機的状況のなか、医療関係者を狙う事件が発生。その理由は──> インドネシアの最東端パプア州の山間部で5月23日、新型コロナウイルスの感染防止支援に当たっていた医療関係者が2人、正体不明の男から銃撃を受け、1人が死亡、1人が重傷を負う事件が起きた。 地元警察や軍は独立運動を続けるパプアの武装組織による犯行として襲撃犯の捜索を開始している。一方で警察に名指しされた武装組織側は声明を発表して「医療関係者を襲撃したのは治安部隊であり、我々に責任を転嫁しようとしている」と治安部隊を批判する事態になっている。 パプア地方は新型コロナ感染拡大防止のため他の地方からの海路、空路での自由な往来が制限されていることに加え、従来から地元マスコミ、外国メディアを含めて自由な取材が厳しく制限されている。さらに治安部隊による携帯電話網やWIFI,ネット環境の遮断もしばしば実施され、今回の襲撃事件の真相を確認する手段は限定されているのが実状だ。 とはいえ、新型コロナの感染者数、感染死亡者数が一向に減少しないインドネシア政府、保健当局にとって、これまでに少なくとも55人の医師や看護師などが新型コロナ感染で命を落としているという厳しい医療現場の実状に加えて、今回の医療従事者襲撃事件は、その背景が現時点では不明確ながらも大きな衝撃となっている。 医療品を遠隔地に輸送中の医療スタッフを襲撃 インドネシアの「アンタラ通信」や主要メディア「ジャカルタ・ポスト」や「テンポ」などの報道や現地からの情報を総合すると、事件は5月23日現地時間の午後4時半ごろ発生した。 パプア州中部山岳地帯にあるインタン・ジャヤ県ワンダイ郡で、遠隔地の住民に医薬品や医療品を運搬中の地元保健所に務めるパプア人アマレク・バガウ氏(30)とエニコ・ソモウ氏(39)の2人が、移動中に正体不明の男性から銃撃を受けた。連絡を受けた警察・軍の合同部隊が現場に駆けつけ、2人を隣接するナビレ県ナビレ市にあるナビレ病院に搬送したが、エニコ氏は銃傷が原因で死亡、アマレク氏は重傷となっている。 現場は急報を受けて空路と陸路で展開した警察と軍の合同チームが到着まで5時間を要したという遠隔地。2人は地元保健所の担当者として新型コロナ感染防止のための医療器具やその他の医薬品を山間部に点在する集落に住むパプア人に輸送する任務の最中だったという。 ===== 治安当局、武装組織が責任押し付け合い 今回の襲撃事件についてパプア州警察の報道官は、パプア州の独立を求める武装集団「自由パプア(OPM)」のメンバーによる犯行の可能性が高い、との見方を示した。陸軍のパプア軍管区司令部の報道官も地元メディアなどに対して「OPMが関与しているのは間違いない」と述べ、襲撃現場周辺地域で軍と警察の合同チームによる容疑者捜索が始まっていることを明らかにしている。 これに対しOPMの報道官は「テンポ」の取材に「パプア人の医療関係者2人を襲撃したのは治安当局関係者であり、我々に責任を押し付けようとしている。責任はインドネシアにある」と応酬。双方による非難合戦と責任転嫁が続いている。 パプア地方(パプア州、西パプア州)では治安当局と武装組織による今回のような衝突、銃撃事件が頻発しており、そのたびに警察や軍は武装組織による犯行であると非難。一方の武装組織側も「犯行は警察や軍によるもの」と批判して責任を互いに押し付け合うことがこれまで常態化している。 最近では2月に武装組織メンバーと誤認された12歳のパプア人小学生が治安部隊に射殺される事件が起きたり、3月30日には世界有数の金・銅鉱山である「グラスベルグ鉱山」で働くニュージランド人が殺害される事件も起きている。 小学生射殺事件は治安部隊の犯行であることが明らかであり、ニュージランド人殺害は同鉱山を攻撃対象とすると明言しているOPMの分派組織が犯行声明を出しているように、襲撃組織が明らかなケースも数少ないがある。 新型コロナとパプア インドネシアはジョコ・ウィドド大統領による懸命の新型コロナ感染拡大防止策にも関わらず、5月24日の時点で感染者数は2万2271人、感染死者数は1373人となっている。死者の数は東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国では最悪の数字となっている。 そのうちパプア地方は同じく5月24日の時点での報告では感染者数と死者数が、パプア州で556人と6人、西パプア州で130人と2人とインドネシア全34州の中では比較的少数にとどまっている。 これは陸路がなく、海路と空路でしかアクセス出来ないことや、治安上の理由で以前から人の流入を制限しており、新型コロナの感染拡大に際してもかなり早い時点から流入制限に踏み切ったことがその理由とみられている。 しかし山間部は外部からある意味「隔絶」していることから深刻な感染拡大はないとみられているが、ジャヤプラ、マノクワリなどを中心とする都市部の感染者数、感染死者数は、パプア地方の医療水準、医療機器のレベル、検査態勢の不十分さなどから実数を反映していないのではないか、との懸念も出ている。 いずれにしろ、そうした環境の中で懸命の活動を続けるパプア人医療関係者が死傷するという今回の襲撃事件は、パプア州政府だけでなくインドネシア政府にも衝撃を与える事態となっている。 それだけに襲撃犯・組織の捜索・逮捕による事件解決が急務となるが、軍や警察という治安部隊によるパプア人武装組織摘発に名を借りた一般市民への人権侵害事件が多発する地方だけに、どこまで迅速なそして公平な事件解明が行われるかが注目されるところだ。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など 【関連記事】 ・アビガン5月承認断念、効果まだ不明 富士フイルムが未申請 ・新型コロナの死亡率はなぜか人種により異なっている ・第2次補正予算は13兆円前後か 一律現金給付第2弾は見送りも家賃支援に増額圧力 ・米メモリアルデーの週末、ビーチに人々が殺到 11州で感染増加し第2波のリスクも   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月2日号(5月25日発売)は「コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学」特集。行動経済学、オークション、ゲーム理論、ダイナミック・プライシング......生活と資産を守る経済学。不況、品不足、雇用不安はこう乗り切れ。 ===== 謎の男に襲撃された医療従事者 正体不明の男に襲撃された医療従事者 KOMPASTV / YouTube