<年次総会の場を借りて習が猛アピールしたのは、失地回復の決意表明とダメージコントロールだった> 新型コロナウイルス感染症が、中国からヨーロッパ、アメリカを経て、中南米で猛威を振るうなか、WHO(世界保健機関)の年次総会が開かれた。5月18日の開会式を含め、2日間の短縮日程は、全てビデオ会議で進行。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席が登場したのは、その開会式でのことだ。 その演説を読み解くと、中国の防衛線と弱点、そして今後何に重点を置くつもりなのかが見えてくる。 中国が今、何よりも力を入れているのは、新型コロナウイルスは「中国製」だという認識を、「世界に不意打ちを食らわせた公衆衛生上の緊急事態」へと転換することだ。習は、「ウイルスに国境はなく、病気に人種は関係ない」と念を押した。中国もこのウイルスの被害者であり、世界が被ったダメージに対して一切の責任はないというわけだ。 習は演説の早い段階で、「失われた全ての命に哀悼の意」を表明して、中国に対する非難を封じ込めようとした。確かに武漢の閉鎖など、中国政府は思い切った措置を講じてきたが、それより前の初期の対応を疑問視する声も多い。だが習は、中国はオープンかつ透明性を確保した態度で「タイムリーに」行動し、ウイルスのゲノム情報を世界中の医療関係者と「速やかに共有した」と断言した。 WHOは、少なくとも感染が拡大し始めた当初は、中国の意向に忖度していたというのが一般的な見方だが、習はそんな声も一蹴。WHOのリーダーシップを強調して、テドロス・アダノム事務局長の「多大な貢献」を絶賛した。 その演説は、ようやく手に入れかけていた世界の舞台における主役級の地位を取り戻すための、いわば失地回復の宣戦布告だ。そのために習が取った戦術は、ドナルド・トランプ米大統領が唱える「アメリカ・ファースト」とは対照的な提案をし、アメリカと世界の間にできた溝を一段と大きくすることだった。 この演説の数日前、FBIは、中国がアメリカの研究機関にサイバー攻撃を仕掛け、新型コロナのワクチンや治療法の開発情報を盗もうとしていると警告を発した。だが、習は涼しい顔で、開発されたワクチンは「世界的な公共財」として、誰でもアクセスできるようにすると宣言した。 政治的な批判はお断り こうした医療研究における国際協力を唱える上で、習は改めてWHOのリーダーシップを強調。WHOへの拠出金凍結を示唆するアメリカへの当て付けのように、自らの拠出を増やすことを約束した。 ===== WHOはSARS(重症急性呼吸器症候群)の対応などへの反省から、2005年にパンデミック(感染症の世界的流行)の新定義を設けた。それに従えば1月下旬にも新型コロナでパンデミック宣言を出すべきだったのに、実際にはイタリアが全国的なロックダウンを宣言し、アメリカでも感染拡大が深刻化し始めた後の3月11日。宣言の遅れに中国の圧力があったのは明らかだが、習はもちろん無視。それどころか「公衆衛生の分野におけるグローバルガバナンス」の強化を訴えた。 だが、新型コロナについて包括的な調査を行うべきだという世界中からの声の高まりは、さすがに無視できなかったようだ。ウイルスの起源ではなく「グローバルな対応」について「科学に基づく」調査を支持する姿勢を示した。 科学に基づく調査と明言することで、暗に「政治的な批判はお断り」とクギを刺したわけだが、中国自身はWHOに政治を持ち込んでいる。今回の年次総会に、台湾のオブザーバー参加が認められなかったのも中国の反対のせいだ。 演説の中で、習は何度か「人類は運命共同体だ」と語っている。これはヨーロッパの怒りを懐柔する狙いがあったのかもしれない。 5月初め、EUと中国の外交関係樹立45周年を祝って、EU加盟国の駐中国大使が連名で中国紙に寄稿した公開書簡が、検閲・修正されていたことが判明。EUは結果的に受け入れたが異議を唱えていた。習が演説の最後で言及した「我々の地球を守る」という表現は、まさにEU大使たちが書簡で唱えたことだった。 習が示した提言の中でも特に目を引くのは、アフリカに対する手厚い支援の表明だろう。今回のパンデミックでは、どの国も国内の対応に追われ、アフリカは忘れられた存在になりつつある。欧米諸国では、その流れが逆転することはなさそうだ。だが、中国が国際社会で大きな影響力を維持するには、アフリカ諸国の支持が欠かせない。にもかかわらず、中国では4月、中国当局が国内でアフリカ人を差別的に扱っているとして、アフリカ諸国の駐中国大使が抗議する書簡を中国外務省に送り付けていた。 ===== それに対するフォローの意味もあるのかもしれない。習は演説で、G20の一員として途上国の債務返済猶予に応じるとともに、向こう2年間で20億ドルの支援を行うと約束した(実は中国は当初、G20の債務猶予には、一帯一路構想で貸し付けた莫大な金額は含めないよう画策していた)。 「ローカル化」への不安 習の演説は聞こえのいい提案に満ちていたが、むしろ今回のパンデミックで中国が受けたダメージがいかに大きかったかを浮き彫りにした。また、国内では通用してきたかもしれない情報操作や圧力政治を、世界の舞台でも実践しようとしたことで、国際社会の一員としてふさわしくないのではという懐疑論を再燃させる結果にもなった。 かねて以前のような経済成長が見込めなくなっていた中国だが、今回のパンデミックで各国が生産拠点のローカル化を進めるリスクにも直面している。だから習はWHOの場で、「世界のサプライチェーンの安定を維持し、世界経済の回復に尽力する」と訴えたのかもしれない。 無理もない。中国の体制にとって、それはまさに生命線なのだから。 From thediplomat.com <本誌2020年6月2日号掲載> 【参考記事】新型コロナで窮地の習近平を救った「怪我の功名」 【参考記事】米中どちらに軍配?WHO総会で習近平スピーチ、トランプ警告書簡 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月2日号(5月25日発売)は「コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学」特集。行動経済学、オークション、ゲーム理論、ダイナミック・プライシング......生活と資産を守る経済学。不況、品不足、雇用不安はこう乗り切れ。