世界で唯一の「高速リニアモーターカー」として商業運転を行っている上海トランスラピッド。試験走行では時速500km超を達成し、乗客を乗せた通常の営業運転でも最高時速430kmと、切符さえ買えば「誰でも世界最高速が楽しめる鉄道」として親しまれてきた。 ところが、新型コロナウイルスの感染拡大のあおりで利用客が激減。運行は継続しているものの、今春から全列車の最高速度を時速300kmに引き下げてしまった。運行会社は理由を公表していないが、乗客が減少する中での運行コスト削減のほか、施設の老朽化などを指摘する声もある。 最高時速300kmは、中国の高速鉄道のほか、日本の新幹線やフランスのTGVの営業最高速度よりも低い。世界最高速から一転して「中途半端な速度」で走ることになってしまった上海リニア。一方で、中国では新たなリニア路線の建設計画も浮上している。最新動向を分析してみたい。 時速430kmに歓声 一般的に「上海リニア」などと呼ばれる上海トランスラピッドは、ドイツの技術を導入し、1999年に開港した上海浦東国際空港と上海の市街地を結ぶ乗り物として2001年3月に建設を開始。わずか2年弱で30kmの高架線を完成させ、2002年の大晦日には中国・ドイツ両首脳出席のもと、盛大な開通式が行われた。 「陸上を飛行する乗り物」として鳴り物入りで登場したにもかかわらず、実際に乗客を乗せての試験運行は開通式から10カ月後の2003年10月にようやく実現した。その後、空港駅で降りられない市民向け体験試乗会が2003年暮れから半年あまり実施された。 期間中は空港駅で降りられないにもかかわらず、市民が大挙して乗車体験に殺到。当時はダフ屋まで登場する大騒ぎだった。筆者も体験試乗会の際に乗車したが、時速430kmに到達するやいなや、車内に大歓声と拍手が巻き起こったことを覚えている。 「時速430km到達」の車内表示(筆者撮影) ===== その後、2004年4月から「空港への足」として運行を開始。ただこの頃は、「2人でリニアに乗るとタクシーの方が安い」という事情があったため、始発駅の「龍陽路で降りたい」と運転手に言うと「空港まで乗せて行く、リニアなんかに乗るな」と絡まれ、ずいぶんと困ったものだった。 ちなみに、リニア運行会社webサイトに記された年表を見ると、2006年4月に正式運行開始とある。これは「商業的試運転」を通じ、台風や大雨、大雪などの悪条件下でも安全に運行できることが証明できたとして、国の所轄当局から正式竣工が認められたことを指す。 運行開始後は浦東国際空港の利用客だけでなく、時速430kmを体験したい海外からの団体客による観光利用もあり、それなりの賑わいを見せている。 ただ、そもそも上海リニアは、中国の21世紀における長距離陸上交通整備を高速鉄道で進めるか、あるいはリニアモーターカーを導入するかを検討するために試験的に敷かれたという意味合いもあった。そのため、路線は上海の中心街から離れた龍陽路という駅で途切れている。路線の正式名称も「上海磁浮示範営運線」(示範とは模範の意味)だ。 延伸の計画が頓挫、厳しい経営に 上海リニアの車内。5両編成の一部は1等車で、ドイツの高速列車ICEのデザインの片鱗が見受けられる(筆者撮影) リニアは上海西郊の上海虹橋空港を経由し、約200km離れた杭州まで延伸する計画があり、2006年に政府が承認していた。そうした経緯もあり、虹橋空港隣接の交通ターミナルには、リニアが入れる駅用のスペースが設けられている。当時上海では、2010年に国際博覧会(上海エクスポ)が計画されていたこともあり、こうしたイベントを機にリニアの延伸が期待されていた。 しかし、リニア予定路線の沿線住民による反対などもあり計画は頓挫。延伸どころか市内中心部にも入れないリニアはその後苦戦することになる。収支が改善することもなく、建設以来、15年以上の間厳しい経営が続いている。ちなみに上海―杭州間には2010年10月、軌間1435mm(標準軌)の高速旅客専用線が開通している。 今回の減速運転をめぐっては、中国内の鉄道愛好家の間でも議論を巻き起こした。曰く、「交換用部品の不足」「車両の老朽化」などが理由だろう、という声が大きかった。実際に経年劣化も著しく、過去数年間は「これで時速430kmで飛ばせるんだろうか」と不安を感じたこともある。 また、周辺住民への悪影響も取り沙汰されている。2008年の資料によると、沿線住民が「磁場の発生や、低周波による人体への影響がある」と地元自治体に訴えていたとの記録もある。 現地の鉄道ファンは、今回の減速運転の報道へのコメントとして「収支が悪く、延伸もない。このまま廃線の道をたどる可能性もあるのでは?」と厳しい声を寄せている。別のファンも「当初は世界中の人々から注目を浴びる、上海を代表する観光アトラクションだったが、今ではただの乗り物と化している」と手厳しい。 ===== では、時速300kmに減速したことでどのような影響が出ているのだろうか。 リニアは以前から早朝、夜間を中心に減速運転を行っており、もともと最高時速430kmでの走行は日中に限られていた。今回の300kmへの減速は2月初旬から実施されている。運行会社は理由を説明していないが、コロナ禍が深刻となるなか、航空機の運行が削減されるのに合わせて運行時間も短縮し、本数も間引きしている。 空港駅―龍陽路駅間の所要時間は、最高速度を時速300kmに抑えても延びるのはわずか1分程度だ。最高時速430km運転の場合は7分20秒が正式な所要時間とされているが、15~20分間隔で走る乗り物が1分くらい遅くなったところで大勢には影響がない。むしろ環境負荷や設備の維持などを考えると、減速運転も悪くない選択と思われる。 すでに全長3万km近い高速鉄道網が整備された中国では、幹線ルートでは最高時速350kmでの走行を実現。時速300km運転の路線も少なくない。減速運転の実施で高速鉄道よりも遅くなったリニアは、実用性以外に「地面での飛行体験」を楽しむ観光資源としての魅力も半減してしまっている。 現地の鉄道関連メディア「鉄道視界」の関係者が、このタイミングでの減速運転実施について運行会社に尋ねたところ、「コロナ禍で乗客が減っているので、スピードを落とし、運行本数の調整をしている」と回答を受けたという。需要の回復を待って、430km走行復活への含みもあったという。 龍陽路駅のチケット売り場。コロナ後にこのようなにぎわいは戻るだろうか=2018年6月(筆者撮影) 一方で「国産リニア」開発も進む 一方で、中国は「国産リニア」の開発を進めている。山東省青島市にある車両メーカー、中国中車青島四方機車(中車四方)は2019年5月、自社製造のリニアモーターカーのモックアップを公開。以前リニア延伸計画があった杭州にもこれを持ち込み、市民の参観に供したという。 同社は2018年秋、世界最大級の鉄道展示会「イノトランス」にカーボンファイバー製の地下鉄車両を展示して来場者の注目を集めたが、一方でリニアモーターカーの開発も進めていたわけだ。 そうしたなか、杭州市が位置する浙江省は今年4月中旬、上海と杭州・寧波を結ぶリニア路線を新たに建設したいとの構想を打ち出した。ここへ中車四方製のリニアを導入する可能性が高く、地元では「時速600kmで2都市を結べば所要時間20分」と話題を呼んでいる。中車四方は今年中にも国産リニアのプロトタイプを完成させ、来年中には試験走行を始めたいとも述べている。 計画が実行されれば、日本のリニア中央新幹線全線開業より先に完成してしまう可能性もなくはない。約10年で世界最大の高速鉄道網を建設した中国は、都市間を結ぶ高速リニアでも先陣を切ることになるのだろうか。そしてその際、現在の上海リニアが新線の一部として取り込まれることになるかどうかも気になるところだ。 ※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。