<自分たちで決めたルールに従わない政治エリートに対して、英国民の怒りが爆発> 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は国によって違った形で表れる。ボリス・ジョンソン英首相の上級顧問ドミニク・カミングスの長距離移動に対する猛反発は、いかにもイギリスらしい現象だった。 カミングスはただの顧問ではない。イギリスのEU離脱をめぐる2016年の国民投票の際には離脱キャンペーンの責任者を務め、昨年からは首相の上級顧問としてブレグジットを実現に導いた。 そんな政権の実力者が今、3月27日にロンドンから約400キロ離れた北東部ダラムの実家まで車で移動した件で窮地に立たされている。この日は英政府がコロナウイルスの感染拡大を止めるため、不要不急の外出や移動を禁じるロックダウン(都市封鎖)を導入してから4日後だった。 カミングスはこの行動について、次のように説明した。 その日、妻にコロナウイルス感染の症状が出たので、自分もすぐにウイルスに感染するだろうと思った。実家に向かったのは親族に4歳の息子の世話をしてもらうためで、自分たちは敷地内の別のコテージに滞在していた。実際、翌日になって症状が出た。 政権不信の象徴的存在 だが、釈明が難しい事実もあった。健康状態が回復した後の4月12日、妻子と一緒に実家から約50キロ離れたバーナード城までドライブしたことだ。本人によると、車の外に出たのは15分ほどだったが、それを見とがめた通行人が警察に通報したという。 車を運転したのはロンドンに戻る長距離移動の前に、ウイルスによって影響を受けた視力を確認するためで、家族は車の外にいる間、他の人との「社会的距離」を保っていたと、カミングスは言った。一家は翌日にロンドンへ戻り、カミングスは次の日に職務復帰した。 5月23日、この長距離移動が明るみに出ると、カミングスの解任を求める声が一斉に上がり、与党・保守党の議員やジョンソン支持派のメディアも同調した。それでも本人は何も間違ったことはしていないと主張。首相も今のところ擁護に回っている。 5月26日には、スコットランド省のダグラス・ロス政務次官が抗議の辞任。ダラム警察当局は、ロックダウン違反の疑いで捜査を開始した。 カミングスの行動が猛反発を買った要因はいくつかある。第1に、カミングスは毀誉褒貶の激しい人物であり、ブレグジット騒ぎの過程で与党内を含め多くの敵をつくったこと。第2に、ジョンソン政権はウイルスの深刻な脅威をなかなか認識できず、ロックダウン発動が遅れたせいで、既に非難を浴びていたこと。 ===== そして第3に、当局者の偽善に常に目を光らせているイギリスのメディアにとって、自分たちが国民に課したルールに従わない政治エリートの姿は格好のネタだった。 週末には、多くのイギリス人がビーチに殺到した。そのうち何人かは、カミングスのルール違反があったおかげで自分たちの行為も正当化されると思ったと記者に語った。 カミングスがしたことは、混雑したビーチに行くこととは違う。だが、もっと大きな問題はジョンソン政権が国民の信頼を失いつつあるように見えることだ。 ©2020 The Slate Group <本誌2020年6月9日号掲載> 【参考記事】ロンドンより東京の方が、新型コロナ拡大の条件は揃っているはずだった 【参考記事】コロナ禍で予想外なほどルール遵守のイギリス人に驚き ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月9日号(6月2日発売)は「検証:日本モデル」特集。新型コロナで日本のやり方は正しかったのか? 感染症の専門家と考えるパンデミック対策。特別寄稿 西浦博・北大教授:「8割おじさん」の数理モデル