<いまだ感染者が増加を続ける首都ジャカルタで規制緩和が始まったが、不協和音が広がっている> インドネシアの首都ジャカルタでは新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するためにとられていた「大規模社会制限(PSBB)」から「ニュー・ノーマル(新常態)」への移行期として段階的に数々の規制を緩和することをアニス・バスウェダン州知事が6月4日の会見で明らかにした。 しかし医療関係者などからは感染者数が全国34州で最も多く、依然として感染者・死者ともに増加を続けている現状から、制限緩和は「時期尚早であり感染拡大の危険がある」と反対の声が出る事態となっている。 ジャカルタ市内では制限緩和を受けて7日には公共施設周辺で運動する市民、市場やモールに繰り出す家族連れ、さらに早くも営業を再開した日本食レストランを含む飲食業者など、新型コロナ禍以前の賑わいに戻りつつある。 地下鉄、バス、近郊列車などの公共交通機関も営業時間、運転間隔などがほぼ通常の運行に戻っている。 外出時や公共交通機関の利用時にはマスク着用、体温検査、手洗い励行、衛生的間隔確保、乗客数制限などの「公衆衛生上のルール」の順守が「規制緩和」の条件として示されているが、実際にどこまで厳格に運用されるかは疑問であり、新型コロナ感染の第2波への懸念が高まっている。 政治的判断で制限緩和決めた州知事 アニス州知事が医療関係者らの反対にも関わらず「規制緩和」に踏み切った背景には、首都に溢れる失業者、生活困窮者、経営難に追い込まれている企業家やビジネスマンらによる経済的理由による「緩和要求」に応じざるを得ないという極めて「政治的理由」があったとされる。 それというのも、アニス州知事は2022年に州知事選挙を控えているほか、再選規定で次期大統領選に現職のジョコ・ウィドド大統領が立候補できないことから次期大統領候補として政党の一部が担ぎ出す動きもある。今回の制限緩和にはそうした自らの将来の政治生命を見据えた判断もあるのではないかとの観測もある。 そうした政治的理由を感染症対策より優先した結果の「規制緩和」とはいえ、ジャカルタ市民や企業などからは皮肉なことに一様に歓迎の声が上がるという現象が起きている。 毎日午後にオンラインで記者会見している保健当局者は、4日の規制緩和発表後は「規制緩和は規制の解除ではない」「守るべき衛生上のルールは厳守しなくてはならない」「ルール違反は他人に迷惑をかける」などと懸命のフォローを繰り返して感染拡大防止への市民の理解と協力を求めている。 ===== 闇営業の日本料理店に賛否両論も 一方、これまで「飲食業は宅配か持ち帰りに限定して営業可能」というPSBBの制限があったにも関わらず、外部からは見えないようにして裏口などから日本人客を迎えて密かに営業していた日本食レストランなどには、制限緩和を受けて「これで堂々と営業ができる」と歓迎する声が上がっている。 こうしたPSBBの規制期間中に「闇営業」していた日本食レストランに関しては、ジャカルタ在住の日本人や日本に一時帰国していると思われる日本人が、ネット上の掲示板で賛否両論を激しく戦わせていた(6月5日現在470件の投稿)。 「規制逃れは問題だ」「インドネシアのルールに従え」という批判派と「経営維持のため止むを得ない措置」「来店する日本人客がいる以上問題ない」などの擁護派が激論を交わしていたが、次第に誹謗中傷合戦の様相を呈し、日本人の間でも社会制限に対する不満やうっ積が飽和状態になっていることを暗にうかがわせていた。 社会制限の完全解除に向けた移行期間としての今回の緩和措置では、レストランや事務所などは通常の半数のお客、スタッフでの再開を認めるという「50%緩和」が当面適用される。だが市場やモールでは人数制限には限界があり、各店内は50%だが一歩外に出れば雑踏、人混みという状況が早くも市内の各所で出現している。 数字からみても緩和は時期尚早明らか ジャカルタが規制緩和を発表した6月4日から7日にかけての3日間で首都の感染者に占める死者はわずか6人に留まっている。しかし感染者数は343人も増加している。1日平均で110人となるが、6日から7日の1日間で163人増加と1日の感染者数としては過去最多を記録している。その結果感染者・死者共にインドネシア全土の中でジャカルタは依然として最大規模となっているのだ。 こうした状況について国立インドネシア大学公衆衛生学部疫学科のトリ・ユニス・ワヒョノ学科長は「ジャカルタの状況はまだ感染防止策の緩和には早すぎる。感染拡大の危険は依然として存在する」と述べて、アニス州知事の判断に異を唱えている。 これは6日に開催されたオンライン上での討論会「規制緩和後の新常態の準備はできているか」でのトリ学部長の発言をテンポ紙が伝えたものだ。 トリ学部長はジャカルタでは最近の数字として1週間に約400人の新規感染者が確認されていることを指摘して「1週間の新規感染者数が100人前後に減少しない限り安全とは言えないし、ゼロになって初めて完全に安全であるとみなすことができる」との見解を示した。 要するに専門家から見ればジャカルタの現状は「完全に安全」どころか「安全」にも程遠い状況にあると指摘し、結果としてアニス州知事の規制緩和という判断に疑問を示したのだ。 ===== 感染増える地方からの上京者に懸念 インドネシアでは最近、ジャカルタがあるジャワ島の東ジャワ州とスラウェシ島の南スラウェシ州、カリマンタン島南カリマンタン州での感染者数が急増し「感染の新たなエピセンター」と指摘される事態となっている。 このため感染拡大防止の重点州として当該3州に中央政府から保健省関係者を急派するなどの対策がとられている。 これまで全国で約50%を占めていたジャカルタの感染者の比率は現在ではこうした地方への感染拡大で相対的に低下しているものの、ジャカルタの比率は現在でも依然として約25,8%となっている。 また、断食月が明けた5月末にジャカルタから地方に帰省した数十万人の市民が、6月初めからUターンを始めたこともあり、ジャカルタで今後上京者から感染が拡大する可能性も指摘されている。 規制が緩和されたジャカルタ市内にはこうした地方からの感染を持ち込む可能性もあるUターン者に混ざって多くの失業者、生活困窮者などが生活の糧や日銭を稼げる仕事を求めて街頭に繰り出している。 それだけに規制が緩和されたにも関わらずこれまでに以上に感染の危険が高まっているといえるだろう。在留日本人にもさらなる注意が求められているといえる。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など 【関連記事】 ・東京都、新型コロナウイルス新規感染14人 2桁台7日連続 ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・韓国ではなぜ新型コロナ第2波のリスクが高まったのか ・街に繰り出したカワウソの受難 高級魚アロワナを食べたら...   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月16日号(6月9日発売)は「米中新冷戦2020」特集。新型コロナと香港問題で我慢の限界を超え、デカップリングへ向かう米中の危うい未来。PLUS パックンがマジメに超解説「黒人暴行死抗議デモの裏事情」 ===== 「新しい生活」初日を迎えたジャカルタ市内 6月8日から首都ジャカルタでは規制緩和が行われ「新しい生活様式」が始まった。 KOMPASTV / YouTube