<計画が実現すれば欧州の防衛にとって破壊的だが、実現性には疑問が残る。それよりも、何が飛び出すかわからないトランプ政権の予測不能さにうんざりした同盟国はアメリカ離れを始めている> 6月5日に複数のメディアで報じられたドイツ駐留米軍を4分の1以上削減するドナルド・トランプ大統領の計画は、アメリカの国家安全保障担当の高官たちにとって寝耳に水だったようだ。そして、この計画が実現した場合の戦略的なインパクトについてさまざまな憶測が生まれている。 トランプがドイツに駐留する米軍部隊の兵員を9500人削減し、2万5000人に縮小しようとしているという報道に、政治家や軍事専門家は落胆の声を上げた。それはロシアに優位性を与え、NATOがヨーロッパの地政学的なバランスを維持するのを困難にするからだ。 国防総省の配備報告書によると、ドイツには3月31日の時点で、3万4674人の米軍部隊が駐留している。これは、トランプが大統領に就任する前の2016年12月とほぼ同じ数だ。 しかしトランプ政権下では、欧州における米軍の活動に関わる支出が大幅に増加している。そのほとんどが、2014年のロシアによるクリミア併合を契機にロシアに対抗するためにオバマ政権下で始まった米国防総省のプログラム「欧州抑止イニシアチブ(EDI)」に対するものだ。 米公共ラジオ局によると、オバマ政権がEDIに費やした支出は52億ドルだったが、トランプ政権は前政権に比べて3倍以上の172億ドルを支出している。 国防総省も蚊帳の外 ドイツ駐留米軍が縮小されても、アメリカからの数十億ドルの資金に支えらえた米軍約5万人が欧州全域に残るとみられており、ある米政府高官は、他のNATO諸国の軍事費が増加していることから、ドイツ駐留米軍はそれほど重要ではないと語っている。 今回の削減については、ドイツのアンゲラ・メルケル首相やG7に対するトランプの不満や、トランプの熱烈な支持者であるリチャード・グレネル前駐独米大使の影響まで、情報筋からさまざまな理由があげられた。 NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は8日、2030年を目標年とする NATOの政治的機能強化策を発表した際、「われわれは常にアメリカと協議しており、他のNATO加盟国と軍の配備やヨーロッパでのプレゼンスについて協議している」と述べ、駐留米軍削減についてのコメントは避けた。 ロイターによれば、米国防総省は削減について正式な命令を受けておらず、正式に確認もしていない。そうなるとこの話は、2018年12月に発表されたシリアからの米軍完全撤退など、実現されなかった他の計画と同様の結末を迎えるかもしれない。発表から1年半経った現在も、米軍はシリア駐留を続けている。 <参考記事>「ドイツの黒人はドイツ人とは認められない」 ベルリンで起きた共感のデモ <参考記事>ドイツで抗議デモ急増、陰謀論者と反ワクチン主義者が警察とジャーナリストを攻撃 ===== 本誌の取材に答えて、ホワイトハウスの報道官は「現時点では発表はないが、最高司令官として、トランプ大統領は米軍の戦力を最も効果的に配置する方法と海外でのプレゼンスについて見直しを続けている」と語った。 「アメリカは、強力な同盟国であるドイツと協力して相互防衛を確実にすること、ならびに他の多くの重要な問題に引き続き全力を注いでいく」 英国のシンクタンク王立国際問題研究所(チャタムハウス)のロシア専門家キール・ジャイルズに言わせれば、この状況は戦略的コミュニケーションの明らかな失敗だ。 「現時点では、きわめて破壊的な行動だ。誰にとっても何のメリットもない」と、ジャイルズは本誌に語った。「あらゆる面で、これは最悪のやり方だ。アメリカが意思決定を行い、実施する能力があるパートナーかどうか、疑わしくなる」 「何が起きているのかがまったくわからず、誰もがハラハラしている。混乱が続く時間が長ければ長いほど、意図的に作り出されたように見える。必ずしも米政権が仕組んだ、ということではない。だが政権内で、論議を巻き起こしたい人物がいるのかもしれない」 ドイツには究極の侮辱 この計画はあまりにも不透明なため、さまざまな憶測を生んでいる。ポーランドのマテウシュ・モラウィエツキ首相は、削減した米軍部隊をポーランドに振り向けてほしいという希望を述べたが、それが実現すれば、「ドイツにとっては最悪の侮辱になるだろう」と、米政府の元高官はロイターに語った。 「今回の削減が合理的かつ思慮に富み、十分に検討された計画なのか、それとも聞こえのいいおおよその数字を言ってだけで、それがさまざまな深刻な影響をもたらしているのか。それはドイツ自身の防衛だけでなく、アメリカの活動拠点としてのドイツの役割にも関わってくる」と、ジャイルズは言う。 ドイツ西部のラムシュタイン空軍基地は、米軍の中東とアフガニスタンでの活動にとって極めて重要だ。米軍アフリカ司令部とその欧州支部は、いずれもシュトゥットガルトに本部を置いている。 政治家たちは、今後の軍縮交渉についてロシアとアメリカの間に不確実要素が多いこの時期に、ドイツから米軍の一部を撤退させることは、ロシアに利益をもたらすのではないか、という懸念を表明している。 ガーディアン紙によると、イギリス国防選考委員会のトバイアス・エルウッド委員長(保守党)は、「ドイツの防衛力の向上につながることを期待してNATOを弱体化するのは、ロシアの思うつぼになる危険なゲームだ」と語った。 ===== 米陸軍欧州部隊および第7陸軍の元総司令官マーク・ハートリングはツイッターで、冷戦中には平均約27万人もいたドイツ駐留米軍が、1990年代には9万人、そしてジョージ・W・ブッシュ大統領の時代に3万人まで減少したことを指摘した。 「見方が偏っていることはわかっているが、司令部を去った2012年には欧州の駐留米軍は筋肉隆々で、無駄がなく、規模を超えた戦闘力を誇っていた。だが部隊の規模がさらに1/3に縮小すれば、任務の遂行がかなり困難になるだろう」 英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のカリン・フォン・ヒッペル事務局長は、詳細が発表されるまで、この計画はトランプが自分の支持者層にアピールするためのものにすぎないように見えると語り、いずれにせよ国防総省がそのような計画に全面的に加担する可能性は低いと述べた。 「大局的に見れば、問題は11月の大統領選挙の結果だ。トランプが再選されたら、何もかもが宙に浮くだろう。NATOとアメリカとの関係にように」と、ヒッペルは本誌に語った。 「アメリカのパートナーとしての信頼度はどんどん下がっている。多くの同盟国がトランプによる被害を最小限に抑えるための独自の方法を編み出そうとしている。トランプが再選された場合にはどうなるか様子を見つつ、不測の事態に備える準備を始めるだろう」 (翻訳:栗原紀子) ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月16日号(6月9日発売)は「米中新冷戦2020」特集。新型コロナと香港問題で我慢の限界を超え、デカップリングへ向かう米中の危うい未来。PLUS パックンがマジメに超解説「黒人暴行死抗議デモの裏事情」