<世界中に広がった黒人差別反対デモで南部連合の軍人や奴隷商人の銅像が引き倒される事件が相次いでいるが、セオドア・ルーズベルト元大統領はいったい何をしたのか> 映画『ナイト・ミュージアム』の舞台となった米自然史博物館は6月21日、正面に設置されているセオドア・ルーズベルト元大統領の像の撤去を(像の所有者である)ニューヨーク市に要請したことを明らかにした。元大統領のひ孫であるセオドア・ルーズベルト4世は、この像は元大統領の功績を適切な形で表したものではないとして、博物館の判断に支持を表明している。 22日にはニューヨークのビル・デブラシオ市長がこの要請を認めると表明。博物館は撤去の理由について、馬に乗った元大統領がアメリカ先住民とアフリカ系の人物を従えているこの像を「人種差別的」と受け止める人が多いからだと説明している。 元大統領のひ孫も同意した。「私たちが称えたい人物の価値観も、平等や正義を尊ばない像や過去の遺物は必要ない」と彼は述べた。「像を別の場所に移し、前進するべき時だ」 像は元ニューヨーク州知事でもあったルーズベルトの死後、記念碑として1925年に制作が依頼され、1940年に公開された。自然史博物館の説明によれば、「自然保護活動家で自然史に関する数々の著作を残した」元大統領を称える目的で建設されたものだ。 ヨーロッパ人の子孫の場所 米内務省によれば、ルーズベルトは大統領在任中に150の国有林、51の鳥類保護区、4つの禁猟区、5つの国立公園と18の国定記念物を指定した。フロリダ州のペリカン島を国立鳥類保護区に指定した彼の決定は、その後の保護区の拡大、さらには野生生物保護区制度の創設につながった。 アメリカ史上最も若い大統領でもあった彼は、パナマ運河の建設を実現させ、また日露戦争の調停役を務めてノーベル平和賞を受賞した。また著名な黒人指導者のブッカー・T・ワシントンをアフリカ系アメリカ人として初めてホワイトハウスに食事に招いているが、一方で、白人はほかの人種よりも優れていると考え、アフリカ系アメリカ人の権利向上のために十分な取り組みを行わなかったと批判もされている。 英ケンブリッジ大学のゲアリー・ガーストル教授(アメリカ史)はボストンの公共ラジオWBURに出演し、ルーズベルトは、アメリカは全ての人がチャンスを得られる場所だと考えていたが、同時に「人種的に優れている」ヨーロッパ人の子孫のための場所だとも考えていたと指摘。こうした人種差別的な考え方が彼を「時の人」にしたのだが、それも当時の人々の偏見という文脈の中で考える必要がある、とガーストルは言う。 「(ルーズベルトの人種差別的な考え方ばかりに注目して)彼が実行した改革が忘れられることがあってはならない。彼の改革計画は、20世紀の政治のかなりの部分を決定づけた」とガーストルは主張。ルーズベルトが提唱した考え方の例として、富の公平な分配や政府による経済の監督強化などを挙げた。 <参考記事>自殺かリンチか、差別に怒るアメリカで木に吊るされた黒人の遺体発見が相次ぐ <参考記事>「アフリカ系アメリカ人」「黒人」、どちらが正しい呼び方? ===== デブラシオは22日の会見で、ルーズベルトを「アメリカの歴史上でも複雑な人物」のひとりと称し、「並外れて進歩的な」ことを行った一方で「ひどく厄介な」ことも行った人物だと述べた。ルーズベルト本人と問題の像とは分けて考えるべきだが、博物館に設置されている像の構図は「明らかに現在の価値観に反している」と語った。 「この像は、白人が有色人種よりも優れていると表現している。これは今の時代、受け入れがたい表現だし、これまでも決して受け入れられるべきではなかった」とデブラシオは説明。像を撤去したいという博物館の要請を支持すると述べた。 デブラシオは2017年、白人至上主義者と人種差別反対派が衝突した事件を受けて、市内の複数の記念碑や像について撤去を検討するための特別委員会を立ち上げており、ルーズベルトのこの像も検討対象のひとつだった。同委員会はこの像について、撤去せずに存続させるが、建設の意図などより詳しい情報を提供すべきという決定を下していた。 ルーズベルト家は自然史博物館と長年にわたるつながりがあり、同博物館は自然保護活動家としての彼の功績を称えて、館内の展示ホールのひとつにルーズベルトの名前をつけるとしている。 【話題の記事】 ・ベトナム、日本には強硬だが、中国には黙る韓国政府の対応に疑問の声 ・日本不買運動で韓国人が改めて思い知らされること ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月30日号(6月23日発売)は「中国マスク外交」特集。アメリカの隙を突いて世界で影響力を拡大。コロナ危機で焼け太りする中国の勝算と誤算は? 世界秩序の転換点になるのか?