<前大統領補佐官の回顧録では、トランプが再選を確実にするために他国政府に働きかけ、G20大阪サミットでは習近平に協力を懇願していたことも暴露されている> 議会による弾劾裁判にまで発展したウクライナ疑惑は、氷山の一角にすぎなかった。ドナルド・トランプ米大統領が再選を目指して外国政府に行った工作は、はるかに大掛かりなものだった──。 トランプ政権で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務め、大統領と衝突して解任されたジョン・ボルトンの新著『それが起きた部屋(The Room Where It Happened)』(6月23日発売予定)は、トランプが再選を確実にするため外国政府に協力を求めていたと書いている。 本書でボルトンは、トランプが中国の習近平(シー・チンピン)国家主席に対し、大統領選で接戦が予想される激戦州の農家の利益になるような貿易合意を締結することで自らの再選を確実にするよう依頼したと主張する。 6月17日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)への寄稿で、ボルトンは改めてトランプを糾弾した。その前日、ホワイトハウスは「国家安全保障に損害を与える」として出版差し止めを求めて提訴している。そのため本書が現状のまま出版されるかどうかはこの記事を書いている時点では不明だが、報道されている内容で世に出れば、トランプの再選戦略に大きな傷をもたらすことになる。(編集部注:6月20日、首都ワシントンの連邦地裁はトランプ政権による出版差し止めの訴えを棄却。『それが起きた部屋』は予定通り、23日に発売される予定) ボルトンは592ページに及ぶ新著の大半を、外交における大統領の悪行を告発することに割いているようだ。いくつかの書評記事によれば、トルコ国営のハルク銀行と中国の通信機器大手の中興通訊(ZTE)に関する疑惑捜査を早めに切り上げようとすることで、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領と習のそれぞれに取り入ろうとしたと書かれているという。 ウイグル人弾圧も容認 新著によれば、トランプのそうした動きの大半は自身の再選のためだった。「私の在任中にトランプが下した重要な決断に、再選の策略に関係のないものを見つけ出すのは困難だ」と、ボルトンはWSJに書いている。 大統領史の専門家からは、トランプのように国の政策と個人の政治的利益を混同するようなケースは前例がないという声が聞こえる。「腐敗した大統領は過去にもいた」と、著名な歴史家のジョゼフ・エリスは言う。「共和党の大統領はカネ、民主党はセックスに絡んで腐敗する傾向がある。しかし、トランプのような鉄面皮な振る舞いをする大統領は前代未聞だ」 <参考記事>大丈夫かトランプ 大統領の精神状態を疑う声が噴出 <参考記事>なぜトランプは平気で「ウソ」をつけるか──ヒトラーとの対比から ===== 大阪で握手するトランプと習 KEVIN LAMARQUE-REUTERS ボルトンによれば、トランプは対イラン制裁違反を摘発されたトルコのハルク銀行の捜査を止めるよう、ニューヨーク州連邦地方裁判所に介入すると約束した。ワシントン・ポスト紙による新著の引用によると、「トランプは、対処するとエルドアンに伝えた。(ニューヨーク州の)南部地区連邦地裁にはオバマ政権に任命された検事たちがいるが、自分が指名した顔触れにすげ替えれば問題は解消すると説明した」と、ボルトンは書いている。 昨年6月には大阪でのG20サミットで習との首脳会談に臨んだ際、再選への協力を直接求めたという。「トランプは驚いたことに、大統領選に話を移した。中国の経済力に言及し、大統領選での勝利を確実にしてほしいと懇願した」と、ボルトンはWSJに書いた。「彼は選挙における農家の票と、中国が大豆と小麦の購入を増やすことの重要性を強調した」 ボルトンによれば、トランプは中国による少数民族ウイグル人の弾圧も容認した。新疆ウイグル自治区で100万人以上のウイグル人が収容所生活を送る実態を、マイク・ポンペオ米国務長官は「世紀の汚点」と呼んでいるのだが。 「通訳だけが同席した場で習がトランプに新疆ウイグル自治区に収容所を建設した理由を説明したところ、アメリカ側の通訳によるとトランプは建設を進めるべきだと応えた。トランプはそれが正しい選択だと考えていた」と、ボルトンはWSJに書いている。 さらにボルトンは、トランプが大阪での習との会談で、民主党議員は中国に「非常に強い敵意」を抱いていると主張したと指摘している。 一方でトランプは、中国に対して自分に有利に動くよう公の場で求めたこともある。昨年10月、ホワイトハウスでの会見中に中国政府に対し、自身が再選を目指す大統領選での民主党候補になるとみられたジョー・バイデン前副大統領について、息子が中国で商取引をしていたことから中国政府はバイデン親子を調査すべきだと主張した。 影響はどこまで広がる? トランプはこれ以前に、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領にバイデンの調査に乗り出すよう圧力をかけて同国政府への軍事支援を保留にしたとされる疑いで弾劾訴追された。だが、今年2月に無罪評決を受けた。 ボルトンは本書で、ウクライナへの働き掛けを取り上げてトランプの弾劾を求めた民主党の下院議員らへの軽蔑をあらわにしている。ただしこれは、調査対象をウクライナ疑惑に限定し、政治的な理由から事を急ぎ過ぎたためだ。ボルトンによれば民主党側の過ちは、トルコのハルク銀行や中国のZTEの調査など他の疑惑にトランプが介入しようとしたとされる件などを考慮しなかったことにある。 <参考記事>大丈夫かトランプ 大統領の精神状態を疑う声が噴出 <参考記事>なぜトランプは平気で「ウソ」をつけるか──ヒトラーとの対比から ===== ボルトンの暴露は、11月の大統領選での民主党候補指名を確実にしたバイデンにとって新たな攻撃材料になる。ただし今まで数々のスキャンダルが浮上してもトランプ人気に陰りが見られなかったことを考えると、この回顧録によって共和党内の擁護派や熱烈な支持層がトランプを見限るかどうかは分からない。 今回の大統領選でトランプは中国を狙い撃ちし、武漢で最初に発生した新型コロナウイルスの感染が拡大するなかで自分こそが中国政府に立ち向かう最良の指導者だというイメージを打ち出している。 「責任を負うべき国が1つある。中国だ」というのが、トランプ陣営の最近の選挙CMのキャッチコピーだ。「彼らは嘘をつき、真実を隠した」。トランプを支持する政治活動団体「アメリカ・ファースト・アクション」はミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアといった激戦州(前回2016年の選挙ではいずれもトランプが制した)で1000万ドルを投じ、「北京バイデン」というネガティブCMを流しまくっている。 回顧録の出版を阻止したいホワイトハウスは、同書には機密情報が含まれていると主張。ボルトン側がホワイトハウスと確認を重ねた詳細を明らかにして反撃すると、政権は出版差し止めを求めて提訴した。トランプはボルトンが機密情報を開示すれば「刑事犯罪上の問題」になるとした上で、「私との会話は全て機密情報だ」と言い放った。 トランプに反旗を翻した元側近はボルトンが初めてではない。ジェームズ・マティス前国防長官は先頃、「トランプは私の人生において、アメリカ国民に団結を促そうとせず、そのそぶりさえ見せない初めての大統領だ。トランプは私たちを分断しようとしている」と語った。 ボルトンの回顧録が大統領選をどれだけ左右するかは分からない。だが、影響が小さいと見なすのは無理がある。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年6月30日号掲載> 【話題の記事】 ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・自殺かリンチか、差別に怒るアメリカで木に吊るされた黒人の遺体発見が相次ぐ ・異例の猛暑でドイツの過激な「ヌーディズム」が全開 ・地下5キロメートルで「巨大な生物圏」が発見される ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月30日号(6月23日発売)は「中国マスク外交」特集。アメリカの隙を突いて世界で影響力を拡大。コロナ危機で焼け太りする中国の勝算と誤算は? 世界秩序の転換点になるのか?