<名宰相チャーチルの彫像にデモ隊が落書き──イギリス国内を分断する論争に現首相ボリス・ジョンソンも参戦> ウィンストン・チャーチルといえば第2次大戦でイギリスを勝利に導き、戦後も首相として国の再建に尽力した英国政界の偉人。まさか人種差別に抗議するBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は重い)運動でやり玉に挙がるとは誰も思っていなかった。 ところが先日ロンドンで行われた大規模デモで、ある参加者がチャーチル像の台座に刻まれた首相の名にスプレーを吹き掛け、その下に「こいつは人種差別主義者」と書き込んだ。 ショックを受けた現首相のボリス・ジョンソンは英紙デイリー・テレグラフへの寄稿で「なぜチャーチルを攻撃するのか」と問い、「わが国の最も偉大な指導者を群衆の怒りから守らねばならないとは、世も末だ」と嘆いた。これが火付け役となって議論の大合唱が起き、気が付けば今やデモ隊は悪者扱いだ。 特権階級の白人で、とっくに故人となっているチャーチルが、なぜ今の時代の人種差別をめぐる論争に引っ張り出され、しかも主役の座を奪うような事態になったのか。 「BLM運動をおとしめようとする極右勢力や保守党政権による意図的な策動」だと本誌に語ったのは、人権派の女性弁護士ショーラ・モスショグバミム。「チャーチル自身も彼の像も、この運動には全く関係ない。抗議デモの目的は抑圧的な人種差別を終わらせることにある」 チャーチルを人種差別主義者と呼べるかどうかは、歴史家によって評価の分かれるところだろう。しかし彼の人種観が今日の基準では受け入れ難いものであることは、ほぼ誰もが認めている。 巨大な板で覆われる皮肉 「白人が最も優れているという信念を、彼は隠そうともしなかった」と解説するのは英エクセター大学の歴史学者リチャード・トイ教授だ。「中国人は好かない、インド人は野蛮な宗教を信じている、アフリカの人間は子供っぽい。そんなことを公言していたから、存命中も時代遅れと批判されたことがある」 チャーチルの孫娘エマ・ソームズも、祖父の人種観は「今の時代にはとても受け入れられない」と認めている。ただし祖父の像については、博物館に飾ったほうが安全かもしれないが、あれが議会前広場から撤去されたら「すごく寂しい場所になる」とBBCに語った。 <参考記事:イギリス版「人種差別抗議デモ」への疑問> ===== その後、チャーチル像はこれ以上の被害を防ぐため、しばらくは目隠し用の板で覆われることになった。それでもチャーチル像が一部の極右・反移民勢力によって利用された事実は消えない。 落書きにはショックを受けたジョンソンも、「あの像を守ると称して極右や不良連中が大挙してロンドンに集結したのはばかげている」と記している。そして「彼らの多くは人種差別主義者で、その振る舞いに弁解の余地はない」と言う一方、「彼の像を板で覆うというのもひどい話だ」と愚痴った。 しかし、その巨大な覆いに時代の皮肉を見て取ることもできる。モスショグバミムが言う。「黒人やアジア人よりもチャーチル像のほうが、手厚く新型コロナウイルスから守ってもらえるのね」 <本誌2020年6月30日号掲載> 【話題の記事】 ・「英王室はそれでも黒人プリンセスを認めない」 ・異例の猛暑でドイツの過激な「ヌーディズム」が全開 ・ロンドンでは人種感覚に鈍感だと痛い目を見る ・男性190人をレイプした男、英で終身刑に その恐るべき二面性 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月30日号(6月23日発売)は「中国マスク外交」特集。アメリカの隙を突いて世界で影響力を拡大。コロナ危機で焼け太りする中国の勝算と誤算は? 世界秩序の転換点になるのか?