<かつてアメリカが通った道か、歴史の常識を覆す新たな道か。習体制はどちらのアプローチを選ぶ?本誌「中国マスク外交」特集より> もはや、超大国になる野望を隠すつもりはないらしい。中国が世界のリーダーの地位をアメリカから奪おうとしていることに疑いの余地はない。その兆候は、世界中のあらゆる場所に表れている。 習近平国家主席は2017年、中国が「新時代」に突入したと宣言し、「世界の舞台で中心的な役割を果たす」と述べた。19年には米中関係が悪化するなかで、中国共産党政権の樹立に至る過程での長く厳しい戦いを引き合いに出して「新しい長征に乗り出すべきだ」と訴えた。 習体制は、新型コロナウイルス危機まで利用しようとしている。自らの権威主義体制のせいで一層深刻化した危機を、自国の国際的な影響力を強化し、中国モデルを輸出する好機と考えているようだ。 中国が真の超大国を目指しているとすれば、その目標を達成するために選べる道は2つある。 1つは、アメリカの多くの戦略専門家が予測してきた道だ。この道を選んだ場合は、まず自国の周辺の西太平洋に君臨し、それを踏み台にしてグローバルな超大国の座を目指すことになる。もう1つは、これとはまるで違う道だ。こちらは、戦略と地政学の歴史的法則に反するアプローチに思えるかもしれない。 中国がどちらの道を選ぶかは、中国の戦略専門家だけでなく、アメリカの戦略専門家にとっても、ひいては世界全体にとっても大きな意味を持つ。 一般的には、中国はまず地域レベルの覇権を打ち立てることから出発して、世界的な影響力を確立しようとするだろうと考える論者が多い。 といっても近隣諸国を物理的に占領するわけではないが(ただし台湾は例外かもしれない)、西太平洋に君臨することを目指す。日本から台湾、フィリピン、インドネシアへと続く「第1列島線」を突破して、その外にまで影響力圏を押し広げていく。近隣諸国の安全保障と経済を実質的に牛耳り、アメリカの同盟体制を引き裂き、アメリカ軍を中国から遠ざけるのだ。 アメリカの専門家がこのシナリオに信憑性を感じる理由の1つは、自国が世界のリーダーに上り詰めた過程とよく似ていることにある。アメリカが世界で主導的な役割を果たそうとするなら、その前に北米で、そして西半球で盤石な地位を築く必要があると、アメリカの指導者たちは建国直後から一貫して考えていた。この考え方は、20世紀の冷戦期にもはっきり見て取れた。 【関連記事】限界超えた米中「新冷戦」、コロナ後の和解は考えられない ===== 今日の中国が同様の発想を抱いていると見なせる材料は確かにある。中国が取っている行動の多くは、西太平洋に支配を確立するために計算されたものに見える。 まず、中国は防空能力と海軍力の整備を強力に推進している。これは、アメリカ軍の艦船や航空機を自国に近寄せないために必要なものだ。南シナ海と東シナ海を自国の内海のようにすることにも力を注いでいる。 アジア支配は容易ではない 中国は、アメリカと同盟国や友好国の関係を引き裂くことにも腐心してきた。「アジア人のためのアジア」という考え方も強調している。これは、アジアの問題はアジア諸国で解決し、アメリカの口出しを許すべきではないと言っているに等しい。 もう1つ見落としてはならないのは、台湾征服に必要な軍事力を擁していると公言し続けていることだ。台湾が中国に武力で征服されれば、地域のパワーバランスは一夜でひっくり返る。アメリカがほかの同盟国や友好国を守れるかという点にも疑問符が付くだろう(一部の専門家によれば、今すぐ、もしくは数年以内に台湾海峡で米中が戦火を交えるかどうかは五分五分だという)。 しかし、中国がこの道を進むと決め付けるべきではない。今日の中国が近隣諸国を影響下に置くことは、アメリカがかつて西半球を影響下に置いたときよりはるかに難しい。そのことには、中国指導部も気付いているはずだ。 中国のすぐそばに、地域の大国で、しかも中国より強大な超大国の同盟国でもある国がある。日本のことだ。中国が「第1列島線」の先まで影響力圏を広げるには、日本が大きな障害になる。この点で、かつてのアメリカとは状況が異なる。 中国は、インド、ベトナム、インドネシアなど、多くのライバル国にも囲まれている。それに、自国のことを──単に目障りな存在というだけにとどまらず──最大の脅威と位置付けている超大国がある(言うまでもなくアメリカのことだ)。 つまり、地域レベルの覇権を確立して、それを足掛かりにグローバルな超大国の地位を確立するというアプローチが成功する保証はない。そこで、中国が世界のリーダーを目指すためのもう1つの道に目を向ける必要がある。 その第2の道を選ぶ場合、中国は少なくとも差し当たり、アメリカをアジアから追い払うことを(不本意ながらも)断念する。代わりに力を入れるのは、世界の経済ルールと、テクノロジーの標準、政治的制度を自国に有利なように形づくることだ。 【関連記事】日本が中国と「経済的距離」を取るのに、今が最適なタイミングである理由 ===== 具体的には、自国の東に位置する西太平洋ではなく、西に目を向ける。ユーラシア大陸とインド洋に中国主導の安全保障・経済秩序を確立し、それと並行して国際機関で中心的な地位を占めることを目指すのだ。 このアプローチの土台を成すのは、世界のリーダーになるためには、軍事力よりも経済力と技術力のほうがはるかに重要だという認識だ。そうした発想に立てば、東アジアに勢力圏を築くことは、グローバルな超大国になるための前提条件ではない。西太平洋では軍事的バランスを維持するだけでよく、軍事以外の力を使って世界に君臨することを目指せばいい。 この道を歩む場合も、中国にとってアメリカが先例になり得る。第2次大戦後に形成されて冷戦後に強化された国際秩序でアメリカがリーダーの地位を確立できた背景には、3つの重要な要素があった。 1つは、経済力を政治的影響力に転換できたこと。もう1つは、どの国にも負けないイノベーション能力を維持できたこと。そしてもう1つは、主要な国際機関や制度をつくり、国際的行動に関する重要なルールを定める力を持っていたことだ。中国は第2の道を進む場合、この3つの要素を再現しようとするだろう。 そのためにはまず、「一帯一路」構想をユーラシアとアフリカ両大陸に広げる必要がある。加えて、デジタル版「一帯一路」とも言うべき「デジタル・シルクロード」構想の推進も重要だ。中国製の通信インフラを広く整備することで、習政権は17年の党大会で宣言した「サイバー超大国」への道に一歩を踏み出せる。 こうした攻めの対外経済政策に加え、国家主導で新技術の開発に巨額の投資を行うことで、中国は人工知能(AI)、量子コンピューター、バイオ技術といった最先端分野で優位に立てるだろう。 アメリカが自国の政治理念に基づいて第2次大戦後の主要な国際機関の設立を主導したように、中国も第2の道を進むなら、国際秩序の柱となる政治理念をつくり変えようとするだろう。中国が国連のあらゆる機関で自国の権益を守り、人権よりも国家の主権が重視されるよう全面攻撃を仕掛けていることは、多くの専門家が指摘しているとおりだ。 外国に対する世論操作や工作活動などの手段で自国に有利な状態をつくり出す「シャープパワー」戦略というフレーズは、近頃ではオーストラリア、ハンガリー、ザンビアなど民主主義国の政治的言説に影響を及ぼそうとする中国の強引な試みを表す言葉としてすっかり定着した。中国は各国にアメリカを上回る数の外交官を送り込むばかりか、金融や気候変動対策などのルール作りを担う国際機関で議論を主導するため執拗な働き掛けを行っている。 【関連記事】米中スパコン戦争が過熱する中、「富岳」の世界一が示した日英技術協力の可能性 ===== 中国がこうした攻勢に出るなか、折しもアメリカは秩序の守り手としての伝統的な役割を返上しようとしている。このタイミングの一致が事態の行方を大きく左右しそうだ。 国力は上でも苦戦する米政府 ドナルド・トランプ米大統領は従来どおり軍事部門に多額の予算を投じる方針を打ち出しており、アメリカはアジアにおける軍事的プレゼンスを維持できるだろう。その一方で、グローバルな影響力拡大を目指す中国の動きには、トランプは大して関心を示しておらず、示したとしても気まぐれな反応にすぎない。しかも残念ながらトランプ政権のコロナ対策は今のところアメリカの地位低下を印象付ける結果になっている。 中国が世界で指導力を発揮しようとしているのは、ただ単に西太平洋においてアメリカの軍事的プレゼンスを出し抜くためかもしれない。 もちろん、この道にも問題はある。中国はアメリカのようには世界に公共の利益を示せないだろう。国力が劣るからでもあるが、権威主義的な政治制度の下では、アメリカの優位を特徴付けた、比較的開かれた非ゼロサム思考のリーダーシップを発揮するのは難しいからでもある。 この点でコロナ禍は両刃の剣となった。米政府の手ぬるい対応を見て、世界はアメリカの能力と信頼性に懸念を強めたが、その一方で中国が危機においていかに無責任な行動を取るかも誰の目にも明らかになった。 しかも、中国が指導的な地位に就くにはイデオロギー的な障壁がある。中国の台頭をめぐる緊張は、経済と地政学的な利害の衝突によるものだけではない。民主主義的な政府と強力な権威主義的政府の関係にしばしば影を落とす、より深い本質的な不信もそこに潜んでいる。 今のところ中国は2つの道の両方を試そうとしているようだが、中国の経済か政治制度が揺らいだり、競争相手の国々が賢明な対応を取れば、どちらの道もうまくいかない可能性も大いにある。 アメリカは自ら地位低下を招くトランプ路線を捨てさえすれば、中国との競争に耐え抜いて余りある国力を今も保持している。ただ、中国が取り得る道筋が2つあるため、かつての冷戦でソ連を相手にしたときよりもこの競争は厄介で、アメリカは苦戦を強いられるだろう。 From Foreign Policy Magazine <2020年6月30日号「中国マスク外交」特集より> 【話題の記事】 ・中国「マスク外交」の野望と、引くに引けない切実な事情 ・傲慢な中国は世界の嫌われ者 ・「中国はアメリカに勝てない」ジョセフ・ナイ教授が警告 ・スウェーデンが「集団免疫戦略」を後悔? 感染率、死亡率で世界最悪レベル ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年6月30日号(6月23日発売)は「中国マスク外交」特集。アメリカの隙を突いて世界で影響力を拡大。コロナ危機で焼け太りする中国の勝算と誤算は? 世界秩序の転換点になるのか?