<新型コロナ対策で独自のソフト路線がやり玉に挙げられるが、高齢者への感染拡大はそれ以前から必然だった> スウェーデンは、福祉国家の模範だった。1000万人の住民が、手厚い社会保障のおかげで豊かな生活と平等、社会正義を謳歌していると世界から称賛されてきた。 だがこの数カ月で、そのイメージに疑問符が付いた。新型コロナウイルスの流行を受け、スウェーデンは多くの国と違ってロックダウン(都市封鎖)を実施しなかった。欧州各国で人々が自宅に引きこもるなか、首都ストックホルムでは、人々がテラス席でビールを楽しむ姿が見られた。 公衆衛生の専門家からは、市民の生命より経済を優先しているとの批判が相次いだ。だが同国政府は、目指すところは他国と同じで、社会的に最も脆弱な人々を守りながら医療崩壊を避けることだと反論。違うのは、当局が国民の行動を具体的に指示するのではなく、推奨するという「軽微な接触」戦略を取っていることだけだと主張した。 しかし、同国の死者数が周辺国を大きく上回るペースで増え、5000人を超えたことなどから、批判の声が高まった。さらに死者の多くが、政府が守ると宣言していた高齢者であることも、スウェーデンの信頼性を失わせた。 現在の状況こそ、スウェーデンのソフト戦略が誤りだった証拠だとする声は強い。同国のコロナ対策を主導してきた疫学者アンデシュ・テグネルは、戦略全体は失敗していないし、何が正解だったのかはまだ分からないとする。それでも犠牲が大き過ぎたと認め、現在の知識を持って3月時点に戻れるなら高齢者などにはより厳格な対応を取っていたと語っている。 この発言を無責任だと責めるのは簡単だろう。だが、現実はもっと複雑だ。 まず、そもそもこれを「集団免疫戦略」だとする批判について考える必要がある。純粋な意味での集団免疫戦略は、感染を抑止せずに社会に拡大させることだが、スウェーデンは違う。大規模な集会は禁じられ、社会的距離も推奨されている。テグネルは、戦略は感染ペースを下げるためのもので、集団免疫は副次的なものだと繰り返してきた。 封鎖以外の道も必要だ さらに、ロックダウンが長期的な死亡率を下げるという科学的な証拠はない、というのがスウェーデンの見解だ。ロックダウンで死者数を抑え込んだ国は、いずれ第2波に見舞われるというのだ。同国の元疫学責任者ヨハン・ギーゼッケは、「感染防止のためにできることは非常に少ない。ロックダウンは重症患者の増加を先延ばしにできるが、規制が緩和されれば状況は元に戻る」と、指摘する。 【関連記事】スウェーデンが「集団免疫戦略」を後悔? 感染率、死亡率で世界最悪レベル 【関連記事】スウェーデンの新型コロナ感染者数が1日最多に、死亡率も世界屈指 ===== また、モデリングによればストックホルム県での感染者の割合は20~25%とみられるが、同地域での調査で抗体が確認されたのは人口の7.3%だけだった。新型コロナの抗体獲得については、まだ不明点が多い。だが、例えば無症状患者には抗体が作られないなどが事実であれば、ワクチン開発まで経済の崩壊を眺めながら延々とロックダウンを続けるのとは、別の道を考えるべきだろう。 コロナ対策を考える上で、不確かな要因はまだまだ多い。だが、現時点でも判断可能なことの1つは、社会的な弱者の保護策が成功したかどうかだ。6月1日時点で、国内の老人ホームで暮らす70歳以上の高齢者の2036人が新型コロナ感染で死亡している。自宅で専門ケアを受ける高齢者も1062人が死亡した。 しかしテグネルは4月24日、英BBCのインタビューで「ロックダウンで老人ホームへの感染拡大を防げたかどうかは疑問」だと語っている。 だが彼の主張は、簡単に入手できるデータに基づく、ごく基本的な所見を無視している。「恐らくロックダウンは多くの老人ホームで施設内の感染拡大を減らすのに役立った」と、ボストン大学の疫学者エレノア・マリーは指摘する。その要因はウイルスが施設内に持ち込まれるかどうか、持ち込まれた場合どのように拡大するかの2つだという。 ストックホルムでは老人ホームのスタッフの40%が短期・時給契約の未熟練労働者、23%が臨時雇用だ。彼らは若く、複数の仕事を掛け持ちし、他人との接触が多く感染のリスクが高い。ロックダウンしていれば、彼らがバーやバスの車内で感染するリスクは減らせたはずだ。 しかしスウェーデン当局は施設への訪問禁止と、医療・安全・衛生面での勧告という限定的アプローチを選択。禁止するのが遅過ぎ、かつ、政府の指針に従うだけのリソースも訓練も不足していた。 社会民主主義の使命は? 政府が4月1日にようやく訪問禁止に踏み切ったときには既にストックホルムの3つのホームの1つで感染が拡大。低賃金労働者(普通は大家族で公共交通機関で通勤する)の感染リスクは明らかだった。政府の勧告に従わない人々が出てくるのも目に見えていた。協調的なお国柄とはいえ、若くて健康に自信のある人たちが親や祖父母に会いに行かないと思うのは幻想にすぎない。 4月末までに当局は失敗を認めた。「高齢者を守れなかった。非常に深刻で社会全体にとって失敗」だとレーナ・ハレングレン保健社会相は語っている。 2月時点で、公衆衛生庁は国内の感染拡大のリスクは(パニック拡大のリスクに比べて)小さいと主張。当局は備えは「現状では」十分だと市民に請け合ったが、誰もが信じたわけではない。 【関連記事】スウェーデンが「集団免疫戦略」を後悔? 感染率、死亡率で世界最悪レベル 【関連記事】スウェーデンの新型コロナ感染者数が1日最多に、死亡率も世界屈指 ===== 高齢者ケアは介護放棄と監督不行き届きの構図と切り離せない。2017年の保健福祉庁のデータによれば、人手不足や訓練不足なども原因で、ケアを受けている高齢者の15.6%に当たる4万人が栄養不足に陥っていた。 6月27日時点でスウェーデンの新型コロナによる死者は5280人、人口100万人当たり523人だ(ノルウェー46人、デンマーク104人、フィンランド59人)。周辺国にできたことがなぜスウェーデンにはできなかったのか。 誰に聞いても納得のいく説明はない。スウェーデンの介護施設のほうが入所者の年齢が高いからとか、施設の規模が大きいからとか。ステファン・ロベーン首相は緊急対応のリソース確保は各地域の義務だと主張。ヨハン・カールソン公衆衛生庁長官はケアスタッフの準備不足の証拠を示されて、驚いていると語った。 どれも真実だろう。誰もが失敗を認めても過失を認めないのは歯がゆいが、責任転嫁は無意味だ。ロベーン政権が政治的介入をせず専門家に任せたのは正しいが、どんなに優れた指導者でも構造的欠陥は数カ月では直せない。 現在の危機を招いた責任は、地方任せにしてきた政府と、何より、最も脆弱な人々を守るという最大の使命を忘却した社会民主主義体制にある。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年7月7日号掲載> 【話題の記事】 ・「集団免疫」作戦のスウェーデンに異変、死亡率がアメリカや中国の2倍超に ・ニューヨーク当局が新型コロナ時代のセックス指針を公開「最も安全な相手は自分自身」 ・日本がタイ版新幹線から手を引き始めた理由 ・街に繰り出したカワウソの受難 高級魚アロワナを食べたら... ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)