<言論の自由が十分に保障されていないタイで、検閲的性格を帯びる不敬罪の一時停止は朗報と見なされていいはずだが......> 最近バンコク・ポスト紙に掲載された記事は、こんな言葉で始まっていた。「国王陛下の大権により不敬罪が一時停止されたことは、特筆すべきことである」 要するに、タイでは非民主的な法律が、非民主的に設けられ、非民主的に執行されてきたが、その法律がいま非民主的に一時停止された、ということらしい。 6月中に明らかになった不敬罪の一時停止を歓迎すべきニュースだと考える人もいるだろう。近年はあまり適用されていなかったが、この法律の下、ワチラロンコン現国王や王族を中傷したり、侮辱したり、敵意の対象にしたりした人物は、最高で15年、最低でも3年の禁錮刑が科される場合がある。 タイのように言論の自由が十分に保障されていない国では、検閲的性格を帯びる法律の適用が停止されれば、普通は朗報と見なされるはずだ。 しかし、結論を早まらないほうがいい。あなたがタイの民主活動家なら、不敬罪の適用が続くほうがまだましだと思うかもしれない。不敬罪の一時停止は、国王の権力を弱めるものでもなければ、市民の自由を拡大するものでもないからだ。 不敬罪が適用されなくなったとしても、言論の自由は改善しない。タイには、「コンピューター犯罪法」など、検閲のために用いることができる法律がほかにもある。つまり、不敬罪がなくなっても、同じ発言を理由に投獄される可能性はなくならないのだ。 不敬罪の一時停止は、いま起きていることから目をそらさせる手段になっている。プラウィット副首相は先頃、ある王政転覆運動グループについて、通常以上に徹底した捜査を行っていると明らかにした。「(メンバーの)名前がリストアップできれば、起訴する」と述べている。 忘れてはならない点がある。国王が政府に要請した結果として不敬罪の一時停止が実現したということは、国王が政府に要請すれば、いつでも不敬罪を復活させられる。 以前も似たようなことがあった。プミポン前国王は2005年、不敬罪を適用しないよう政府に求めていた。しかし、バンコク・ポストによれば、2006年以降、不敬罪の摘発件数は700件以上に跳ね上がった。 これまでタイにおける不敬罪の扱いは、政治環境によって変わってきた。その点、今の状況は現政権にとって楽観できるものではない。現政権は2014年の軍事クーデターで政権を奪取したが、昨春の総選挙では辛うじて政権を維持したにすぎない。 【関連記事】闇に消される東南アジアの民主活動家たち 【関連記事】タイ新国王が即位しても政情不安は解消されない ===== 国王にとっても、現在の状況は厳しい。2016年に死去するまで70年間王位にあったプミポン前国王は国民の敬愛を集めていたが、現国王は称賛一色とは言い難い。 「国王への反抗的姿勢がこれほど公然と見られたことは過去になかった」と、ジャーナリストのアンドルー・マクレガー・マーシャルも英エコノミスト誌に述べている。 不敬罪の一時停止により恩恵を受けるのは、民主派ではない。最も恩恵に浴するのは、国王と政権だ。自らの判断により不敬罪を停止させたことで、国王の絶対的な権力はいっそう強まる。 不敬罪が一時停止されたのは、それが不当な法律だからではなく、国王が臣民に「慈悲」をかけたからだと、政府は位置付けている。つまり、臣民がその「慈悲」の気持ちを踏みにじる行動を取ったと見なされれば、不敬罪はいつでも復活できるのだ。 From thediplomat.com <本誌2020年7月7日号掲載> 【話題の記事】 ・全長7mの巨大ヘビが女性を丸のみ インドネシア、被害続発する事情とは ・「この貞淑な花嫁は......男だ」 イスラムの教え強いインドネシア、ベール越しのデートで初夜まで気付かず ・日本がタイ版新幹線から手を引き始めた理由 ・米南部の感染爆発は変異株の仕業? ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)