<スポーツ専門チャンネルESPNが描く往年のアクションスターのドキュメンタリー『ビー・ウォーター』は詩的な秀作> アメリカのスポーツ専門チャンネルESPNがこのほど制作したドキュメンタリー『ビー・ウォーター』は、往年のアクションスター、ブルース・リーがテーマ。バオ・グエン監督の手腕が光る、多面的で時に詩的な秀作だ。取材対象に気を使う必要さえなければ、ESPNにも優れたオリジナル作品が作れるという証明にもなっている。 リーは大衆文化において孤高と言っていい存在であり、時代を超えたアクションスターだ。だがその実像は謎めいて、つかみづらい。 ブルース・リーという名を聞けば、たいていのアメリカ人はすぐにその姿を思い浮かべるはずだ。だが知名度が高いわりに、実際に彼の映画を見た人はそう多くないだろう。理由の一端は、アメリカでの出演作品が少ないことにある。 リーが生涯で主演したアクション映画はたったの4本(未完だった『死亡遊戯』を除く)。代表作『燃えよドラゴン』は、1973年の彼の突然の死から1カ月後に公開された。主演作が少ないのにこれだけ大きな影響力を残した映画スターをほかに挙げるとしたら、ジェームズ・ディーンくらいだろう。 『ビー・ウォーター』は、内容的にもスタイル的にもリーの息遣いを感じさせる作品になっている。ナレーションは使わず、完全にインタビューで構成。しかも、語り手の顔をクローズアップで映し出すのではなく、その声をリーのアーカイブ映像に重ねるという形を取った。登場するのは妻のリンダ・エミリーや娘のシャノンといった遺族のほか、元バスケットボール選手のカリーム・アブドゥルジャバーら友人、文化評論家のジェフ・チャンといった人々だ。 ハリウッドの人種の壁 ESPNのドキュメンタリーとしては異色の作品だ。多くの人にとってリーのイメージは、アスリートではなく映画スターだからだ。だが本作では、リーの中でスポーツと映画は密接に絡み合っていたことが示される。 子供の頃から香港映画の子役として活躍していたリーは、華のある生来のスターだったが、その本質は革新的な武道家だった。彼は「截拳道(ジークンドー)」という武道を創設し、「戦わずして戦う」という哲学を掲げた。截拳道を世界に広げることが自らの使命だと考えていた。 作中では香港の映画ファンが、リーの肉体にはバレエ的な部分があると指摘する。自らの身体を、武器でもある四肢を完全にコントロールするさまは、舞踏家のルドルフ・ヌレエフのようだというのだ。 【関連記事】国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」周庭の別れの言葉 【関連記事】香港デモ支持で干された俳優アンソニー・ウォンが『淪落の人』に思うこと ===== リーは複数の文化の交差点のような存在だったが、それが時に彼を苦しめた。彼はサンフランシスコに生まれ、香港で育った。父は広東オペラのスター俳優で、母は欧州の血を引く裕福な一族の出身だった。恵まれた子供時代ではあったが、植民地主義のもたらした混乱や分裂という文脈の中で彼は育った。 18歳でアメリカに戻り、ワシントン大学に入学。さまざまな人種・民族の友人と付き合うなかで、恋に落ちた相手は白人のリンダだった。 『ビー・ウォーター』はESPNの番組にしては珍しく、人種問題を丁寧に掘り下げている。リーがハリウッド進出を目指していた時代、黄色人種を戯画的に描く役以外にアジア人俳優の仕事はほとんどなかった。リーはそんな壁を打ち破ろうと必死で戦った。 ドラマ『グリーン・ホーネット』では、粘り強い交渉の末に自身の演じるカトーのせりふや出番を増やすことに成功。だがリーが原案をワーナー・ブラザースに持ち込んだとされるドラマ『燃えよカンフー』では、主役をデービッド・キャラダインに奪われた。 1970年代初めの白人中心のハリウッドでは、アジア系男性が「ヒーロー」役を演じるなどとんでもない話だった。だが香港に戻って初めて主演したカンフー映画『ドラゴン危機一髪』(1971年)で、リーは一躍スターとなる。続く72年の『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』も、さらなるヒットを記録した。 代表作の「燃えよドラゴン」は世界的な大ヒット作に BRUCE LEE FAMILY ARCHIVE 常に宙ぶらりんの状態 製作にワーナーが加わった『燃えよドラゴン』の世界興行収入は9000万ドル(現在の貨幣価値で言えば5億ドルくらい)に達した。リーを世界に向けて大々的に売り出すという所期の目的も達せられた。もっとも死によって、リーは生きたスターではなく伝説になってしまったのだが......。 本作の最大の欠点は、リーという人間の内面に十分に迫っていないことだ。知人たちの証言は大ざっぱだったり、故人を美化し過ぎていたりする。おかげでリーは多くの偉大な芸術家たちと同じく、そもそも一般人の理解を超えた人物だったのだろうという印象が残される。 本作中でリーは「太平洋のど真ん中」にいるような存在だと表現される。文化評論家のチャンに言わせれば、2つの大陸と2つの文化の間で宙ぶらりんになった状態だ。アメリカにも香港にも完全にはなじめず、成功を収めてからはスターとしての立場があり、家庭では人種や文化の異なる相手との暮らしがあり、彼は常に「よそ者」だった。 【関連記事】国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」周庭の別れの言葉 【関連記事】香港デモ支持で干された俳優アンソニー・ウォンが『淪落の人』に思うこと ===== だが死後、リーは異なる文化をつなぐ懸け橋となった。武道をテーマにした映画は1970〜80年代にブームとなり、彼の影響は『ベスト・キッド』『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』といった映画やヒップホップグループのウータン・クランの音楽などさまざまなところで見ることができる。 ちなみにタイトルの「ビー・ウォーター」は、「水になれ」というリーの有名な言葉から採られている。「形のない水は、流れることも激しくぶつかることもできる」そう、水は飲むこともできれば浴びることも、中で泳ぐこともできる。私たちの周りから離れない。 ©2020 The Slate Group <本誌2020年7月7日号掲載> 【話題の記事】 ・『ジョーカー』にヒーローを見始めた香港の若者たち ・ニューヨーク当局が新型コロナ時代のセックス指針を公開「最も安全な相手は自分自身」 ・日本がタイ版新幹線から手を引き始めた理由 ・街に繰り出したカワウソの受難 高級魚アロワナを食べたら... ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)