<トランプが発表した新中東和平案を受けて、イスラエル新政権はヨルダン川西岸の一部併合に乗り出すが......。賛成・反対の両論者が説くそれぞれの正当性とは> パレスチナこそ平和共存の拒絶者だ ■キャロライン・グリック(イスラエル・ハヨム紙コラムニスト) イスラエルは今後数カ月以内に、ジュデア・サマリア(ヨルダン川西岸地区)の30%に自国の民法と行政権を適用するとみられている。ドナルド・トランプ米大統領が発表した中東和平案では、この地域はパレスチナとの中東和平交渉の最終合意後もイスラエルに残るとされている。 しかし、いわゆる「専門家」の多くは事実を歪曲し、イスラエルを非難している。彼らが懸念しているのは、「イスラエルによる併合」だ。 実際には、イスラエルはジュデア・サマリアのいかなる部分も「併合」することはできない。併合とは、国家が他国の領土に主権を押し付ける行為だ。イスラエルは1948年5月14日の独立宣言により、既にジュデア・サマリアの主権を有している。この宣言とイギリスの委任統治終了により、イスラエルは国際連盟が定めた委任統治下の全領土の主権を持つ唯一無二の国家となった。 この地域にイスラエルの法律を適用しようとする計画をめぐる言説の第2の問題は、それがイスラエルにとって重要な理由と、トランプがイスラエルの主権を和平案に盛り込んだ理由を無視していることだ。 イスラエルの視点から見れば、この計画は法の支配と地域住民の市民権を大幅に向上させるものだ。イスラエルは1994年(パレスチナ自治開始)以来、「ヨルダン川西岸」の統治をパレスチナ自治政府と分け合い、一部を軍政下に置いてきた。イスラエル国防軍(IDF)が統治するジュデア・サマリアの市町村には、50万人近くのイスラエル人と10万人以上のパレスチナ人が暮らしている。 イスラエルの民法は、現在この地域に適用されている軍法よりもはるかに自由だ。これによりIDFは交通規制や建築許可などの問題に責任を負わずに済むようになる。 トランプと前任者の違い トランプの中東和平案については、何十年も失敗続きの和平プロセスの根底にあった思い違いの存在を指摘したい。イスラエルはパレスチナ側が仕掛けた戦争の責任を負っており、和平のためにはパレスチナ側に土地を譲渡する必要があるというものだ。真実は逆だ。 イスラエルは1937年(イギリス調査団によるパレスチナ分割提案)以来、一貫してパレスチナ人と土地を共有することに同意してきたが、パレスチナ側は拒否し続けた。2000年以降も、ジュデア・サマリアのほぼ全域の譲渡と聖地エルサレムの再分割を含む3度の和平提案を行ったが、パレスチナ側は全て拒否した。 パレスチナ側は2000年、和平提案への応答としてテロ戦争を開始し、2000人のイスラエル人を殺害した。2008年の和平提案に対しては、政治的戦争をエスカレートさせた。 【関連記事】トランプ「世紀の中東和平案」──パレスチナが拒絶する3つの理由 【関連記事】トランプ中東和平案「世紀の取引」に抵抗しているのは誰か ===== 1月の米イスラエル首脳会談に伴って発表された中東和平案は波紋を呼んだ KEVIN LAMARQUE-REUTERS トランプ以前の仲介者たちは、パレスチナにイスラエルとの平和共存を受け入れさせようとしなかった。代わりに国際社会の非難や支持撤回を心配せずに、イスラエルへの攻撃を継続・強化できると思い込ませた。 パレスチナ側はユダヤ人国家との平和共存に合意する前提として、全ユダヤ人のジュデア・サマリアと東エルサレムからの追放を要求した。オバマ前米政権を含む欧米諸国の政府がそれを支持したことが、和平の実現を不可能にしてきたのだ。 トランプの和平案は、成功の可能性がある初のアメリカによる提案だ。それ以前の案の中核にあった病的な(そして反ユダヤ主義的な)思い違いを拒否しているからだ。トランプ案は、民族の故郷におけるユダヤ人の自決と独立の権利をパレスチナ人が拒否し続けてきたのはイスラエルのせいだという考えを否定している。そしてイスラエルにはジュデア・サマリアを含む全ての民族の故郷において主権を持つ法的・民族的権利があるという事実を受け入れている。 イスラエルの法律をジュデア・サマリアに適用すれば、急拡大しているスンニ派アラブ諸国との関係に支障が出ると、自称専門家は主張する。だが心配は要らない。パレスチナの指導者は連日、アラブ諸国の指導者にトランプ案への支持と良好な対イスラエル関係への興味を捨てさせることができないと嘆いている。 サウジアラビアのジャーナリスト、アブドゥル・ハミド・アル・ガビンはBBCにこう語った。「わが国の世論はイスラエルとの関係正常化を支持しているだけでなく、その多くがパレスチナに背を向けた」 リスク対効果でみる併合の危険な結末 ■マイケル・J・コプロウ(イスラエル政策フォーラム政策担当責任者) イスラエルによるヨルダン川西岸併合はリスクばかり膨大で、報酬がほとんど、あるいは全く存在しない行動の典型だ。併合支持論は勝利を求める心に訴え掛けるが、この勝利は究極的には象徴的なものにすぎず、それを手にするために数々の現実的な問題を生み出すことになる。 併合反対派の間で最も一般的な論点は、外交面の影響に関するものだ。併合に踏み切れば、国連や欧州各国から非難を浴びるのはほぼ確実。場合によってはスンニ派アラブ諸国との対立再燃、1994年に調印されたイスラエル・ヨルダン平和条約の履行停止に発展する可能性がある。 さらに西岸併合は、独立と主権をめぐって、イスラエルとパレスチナ双方の理想を尊重する形で中東問題を解決する道を不可避的に遠ざける。 【関連記事】トランプ「世紀の中東和平案」──パレスチナが拒絶する3つの理由 【関連記事】トランプ中東和平案「世紀の取引」に抵抗しているのは誰か ===== だが、イスラエル国民にとってより切実な問題点がある。 トランプ米大統領の中東和平案は西岸のユダヤ人入植地などをイスラエル領の一部とするが、それが現実になれば、イスラエルと西岸の間の境界線は総延長約1370キロに及ぶ。イスラエルが1967年に西岸を占領する前の境界線であるグリーン・ライン(約320キロ)の4倍以上、現在の事実上の境界である分離壁(700キロ以上)の2倍近くに達する計算だ。 イスラエル国防軍(IDF)は大幅に延びた境界線をパトロールするだけでなく、トランプ案が併合の対象外とする地区にある15の飛び地も警護しなければならない。これらの飛び地は本質的に敵地内の警備対象だ。それが何を意味するかは、西岸のヘブロンに住むユダヤ人入植者の警護のため、IDFが入植者1人当たり1人以上の兵士を配置している現状から推察できるだろう。 オスロ合意は西岸を「A」「B」「C」の3地域に区分しているが、イスラエルがC地域を併合した場合、状況は飛躍的に複雑さを増す。C地域併合案はイスラエル関係者の間で最も支持が高く、ナフタリ・ベネット前国防相も支持派の1人だ。 西岸の6割を構成するC地域には、パレスチナ自治政府の権限下にあるA・B地域の飛び地169カ所が含まれる。C地域を併合すれば、イスラエルは西岸内だけで新たに169の境界を抱えることになり、現行の治安体制を維持するなら、それぞれに分離壁を建設しなければならない。その建設費用は75億ドル。さらに維持費として年間15億ドルを要する見込みだ。もちろん、各境界に大勢のIDF兵士を送り込む必要もある。 利益は既に手にしている 一部併合案はいずれも、パレスチナ自治政府が西岸に住むパレスチナ人の事実上の統治機関として機能し続けるという条件の上に成り立つ。しかし、一部併合は必然的に自治政府を弱体化させる。自治政府は崩壊するか、イスラエルとの過去の合意を全面放棄することになりかねない。 その結果は西岸全域を併合した場合と同じだ。パレスチナ支配地域に位置する都市や町でIDFが治安維持を担う安全保障上の悪夢が訪れ、新たに年間200億ドルを費やしてパレスチナ住民250万人の生活インフラ維持に責任を持ち、彼らにイスラエル市民権を認めるか、その基本的な政治的権利や市民権を否定するかという選択に直面することになる。 【関連記事】トランプ「世紀の中東和平案」──パレスチナが拒絶する3つの理由 【関連記事】トランプ中東和平案「世紀の取引」に抵抗しているのは誰か ===== イスラエルは実のところ、西岸併合によって手にするとされる利益の多くを既に享受している。となれば、リスク容認論はさらに近視眼的だ。 イスラエルはヨルダン渓谷の治安権限を掌握しており、旧約聖書でユダヤ人の土地とされている西岸一帯に今やユダヤ人コミュニティーが成立している。パレスチナ自治政府をはじめ、近隣諸国と安全保障関係を結び、イスラエルはユダヤ人の国として国際的に認められている。 併合はこうした現実を危険にさらす。西岸におけるイスラエルの統治権の正式な拡大は、アメリカ以外のどの国にも承認されない(アメリカの承認もトランプ政権の寿命とともに終わるかもしれない)。ユダヤ人が数千年にわたって国家建設の夢を捨てなかったのと同様、主権と独立を求めるパレスチナ人の願いがかき消えることはあり得ない。 西岸を併合しなければ、イスラエルの隣にテロリスト国家の建設を許すことになるという論法は誤りだ。こうした主張の前提には、イスラエルは西岸の統治権を手にするか、西岸から即刻撤退するかのどちらかしかないとの考えがある。だが、西岸からの全面的かつ即座の撤退を求める声など存在しない。 現状を極めて無謀なやり方で覆して自国の行動の自由を破壊するか、現在の基本的な状況を維持しつつ、将来的な恒久的合意を可能にする政治・安全保障上の環境醸成に取り組むか。それこそ、イスラエルに迫られている真の選択だ。 <本誌2020年6月30日号掲載> 【話題の記事】 ・BLMの指導者「アメリカが我々の要求に応じないなら現在のシステムを焼き払う」の衝撃 ・ニューヨーク当局が新型コロナ時代のセックス指針を公開「最も安全な相手は自分自身」 ・独立直後のイスラエルが行ったパレスチナ人の「民族浄化」を告発する ・街に繰り出したカワウソの受難 高級魚アロワナを食べたら... ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)