<アフガニスタンの米兵に懸賞金を懸けた「29155部隊」──目的のためなら手段を選ばない秘密部隊の動向でロシアの狙いが見えてくる> ロシア軍の諜報機関である参謀本部情報総局(GRU)がアフガニスタンの武装勢力に金を渡し、現地にいるアメリカ兵を殺させている──そんな暴露記事がニューヨーク・タイムズ紙に載ったのは6月26日のこと。4日後の続報ではGRU系の銀行口座からタリバン系の口座への送金記録が存在することも明かした。 GRU──それはロシア大統領ウラジーミル・プーチンの命を受け、地の果てまでも出向いて暗躍する闇の組織。4年前の米大統領選で民主党候補ヒラリー・クリントン陣営の電子メールを盗み、ばらまいたのも彼らだ。 タリバンに米兵殺しを持ち掛けたとされるのはGRUの29155部隊。掟破りの殺し屋集団で、知られている限りでもモンテネグロでのクーデター未遂や、イギリスでのセルゲイ・スクリパリ(GRU元大佐でイギリスの二重スパイ)毒殺未遂に手を染めている。 また29155部隊が米兵殺害に関与している可能性については、昨年段階で大統領デイリー・ブリーフ(PDB、機密情報報告)に記載されていたという。つまり、ドナルド・トランプ大統領はその時点で事態を把握していた。 この部隊は、いわゆる非公然活動に従事しているとされるが、そのわりに仕事が雑なことでも知られる。例えば同じ偽名を何度も使ったりする。だから調査報道のプロであれば、リークされた出入国記録や航空機の乗客名簿といったデータの解析によって、そのメンバーの足取りをたどり、正体を突き止めることも難しくない。 この点で成果を上げているのが、オープンソース型の調査報道サイト「べリングキャット」だ。かつてCIAの秘密工作を統括していたマーク・ポリメロプロスも、ベリングキャットの情報は「極めて正確」だと評している。 なぜか作戦はお粗末 ロシアの諜報機関にはGRUと対外情報庁(SVR)、ロシア連邦保安局(FSB)の3つがある。頂点に立つのはFSBだが、「汚れ役」としてリスクの大きな仕事を引き受けているのがGRUだ。 29155部隊は少なくとも10年前から活動していたと考えられるが、その存在が知られるようになったのは2018年のスクリパリ暗殺未遂事件からだ。 事件が起きたのは同年の3月。アレクサンデル・ペトロフとルスラン・ボシロフを名乗るロシア人の男2人が、英ソールズベリーにあるスクリパリの自宅玄関のドアノブに神経剤ノビチョクを塗布。これを触ったスクリパリは意識不明の重体に陥ったが、なんとか一命は取り留めた。 ===== スクリパリが毒殺されかけた現場で作業する防護服姿の英政府職員 PETER NICHOLLS-REUTERS 事件発生から半年後、英検察当局は十分な証拠に基づきGRUの工作員2名を容疑者と断定し、殺人未遂で訴追した。この2人がモスクワ発の旅客機で英国の空港に到着した瞬間から、その行動は逐一、イギリス側の監視カメラに捉えられていた。 だがイギリスが訴追を発表した1週間後、ペトロフとボシロフはロシアの国営テレビに登場し、自分たちは平凡なフィットネス・インストラクターにすぎず、イギリスには休暇で行き、大聖堂を見たくてソールズベリーに立ち寄っただけだと釈明した。 しかし2人の顔が分かると、べリングキャットは直ちにネット上で精力的な調査を開始。2人が参加したと思われるGRU訓練アカデミーのウェブサイトや卒業アルバムを徹底的に調べ、2018年に投稿された「アナトリー・チェピガ」なる人物の写真を見つけた。べリングキャットによれば、この男こそルスラン・ボシロフ。分離独立派が強くて政情不安なチェチェン共和国で活動し、後にロシア人最高の栄誉である「連邦英雄」の称号をもらった男だ。 GRUの工作員は、偽造パスポートに記載する名前に本物のミドルネームを使い、誕生日もごまかさないことが多いとされる。だから、リークされた出入国記録を洗えば本名を特定しやすい。スクリパリ暗殺未遂の共犯者ペトロフの本名も、これでアレクサンドル・ミシュキンであることが判明した。 旧ソ連で開発された神経剤を用いたことを含め、この作戦はあまりにずさんだった。だから多くの専門家は、わざとロシア政府の関与をほのめかしたのではないかとみている。これが国を裏切った者の運命だという「見せしめ」に違いないと言うのは、かつて米国家情報会議(NIC)でロシア・ユーラシアを担当していたアンドレア・ケンドールテイラーだ。 29155部隊の活動が明るみに出たのは、セルゲイ・フェドトフと名乗る第3の男の存在が判明したからだ。それを最初に報じたのはサンクトペテルブルクを拠点とする独立系ニュースサイトの「フォンタンカ」だった。この男(本名デニス・セルゲイエフ)の足取りを調べていたら2015年にブルガリアへ偽名で入国し、地元の武器商人エミリアン・ゲブレフの毒殺に関与していたことが判明したという。 ちなみに29155部隊は翌2016年にモンテネグロで、当時NATO加盟を目指していた政権の転覆を謀った証拠がある。その翌年の2017年にはスペインで、カタルーニャ地方の分離独立運動に肩入れした疑いもある。 ===== アフガニスタン戦争で作戦行動中に敵の仕掛けた手製爆弾で負傷した仲間を支える米兵 BOB STRONG-REUTERS べリングキャットは旅客機の運航データや搭乗客名簿、ロシア当局の出入国管理データなどを精査して、セルゲイエフが2012年から2018年にかけて、ウクライナを含む欧州諸国や中央アジア、中東の各国に頻繁に出入りしていたことも突き止めている。ただし、その目的は不明だ。 「こちらが知り得るのは彼らが失敗した事例のみ」だと言うのは、ベリングキャットで東欧地域を担当するアリク・トーラー。当然のことながら、成功した事例は闇から闇へと葬り去られてしまう。 それでも一定の調査が可能なのは、ロシアでは盗み出したデータや漏洩情報が堂々と売買されているからだ。「基本的にはどんな情報でも買える。ゆがんだ事実だが、今のロシアは極めて透明性が高いと言える」。そう語るのはイギリス王立防衛安全保障研究所(RUSI)のマーク・ガレオッティだ。 ロシアに甘いトランプ ロシアが米兵殺しに加担しているとの情報を、トランプ政権は基本的に否定する。だが情報当局の元幹部らによると、大統領向けのPDBに含まれる情報の信頼性は極めて高い。前出のケンドールテイラーも、「PDBに記載されるのは複数の情報機関の見解が一致し、かつ精度が高い情報のみ」だと言い切る。 何十年もアメリカと戦ってきたタリバンが、今さら米兵殺しに金銭的な報酬を求める動機は理解できない。しかし実際に懸賞金を払ったとすれば、ロシアはアメリカの権益を直接的に脅かす方向へ舵を切ったことになる。 ロシアがアメリカの政界を一段と混乱させる目的で、わざと懸賞金の支払いが発覚するように仕組んだ可能性も否定できない。ただしケンドールテイラーはそうした見立てに懐疑的で、GRUは目的のためなら手段を選ばない組織だと指摘する。 ロシアの秘密部隊は反政府勢力や亡命者などを次々に標的としてきた。しかしアメリカ人の命だけは、少なくとも今までは狙わなかった。 「アメリカ人に対しては常に慎重だった。アメリカ人を死なせれば高くつくのを承知しているからだ」と言うのは前出のガレオッティ。一方で米軍も、シリアではロシア兵を殺さないように「最大限の努力」をしていたとケンドールテイラーは言う。 トランプが情報機関の報告を握りつぶしたことには、与党内部にも批判がある。7月1日には共和党のチャールズ・グラスリー上院議員が議会で、ロシアへの「強い対応」が必要だと述べている。 ちなみにトランプは、イランが米軍の小型無人機を撃墜したときは激高して報復攻撃の寸前まで行った。イラクでアメリカの民間人が殺されたときは、無人機を飛ばしてイラン革命防衛隊のガセム・ソレイマニ司令官を殺害している。しかしロシアにだけは、なぜか甘い。 From Foreign Policy Magazine <2020年7月14日号掲載> 【関連記事】米兵の首に懸賞金を懸けていたロシアの「29155部隊」とは 【話題の記事】 ・催涙スプレー、ナイフ、ハンマーで父親殺害 ロシア美人3姉妹は父にレイプされPTSDだった ・国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」周庭の別れの言葉 ・孤立した湖や池に魚はどうやって移動する? ようやくプロセスが明らかに ・手術されるインターセックスの子供たち トップモデルが壮絶な告白 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月14日号(7月7日発売)は「香港の挽歌」特集。もう誰も共産党を止められないのか――。国家安全法制で香港は終わり? 中国の次の狙いと民主化を待つ運命は。PLUS 民主化デモ、ある過激派の告白。