<いま必要な処方箋は新ニューディール政策だ──そんな熱い信念が穏健派の前副大統領を突き動かす> 今年4月末、新型コロナウイルスが全米をパニックに陥れ、大統領選に向けた選挙運動がほぼ停止状態に追い込まれた時期に、民主党の指名候補に確定しているジョー・バイデン前副大統領はオンライン上で経済顧問を招集した。 デラウェア州の自宅地下室に缶詰めになり、もっぱらインターネットを通じて有権者に呼び掛ける日々。考える時間はたっぷりあった。熟慮の末にバイデンは彼らしくない結論に至った。中途半端ではだめだ、もっと大きな構想が必要だ......。 忌憚のない意見を聞かせてくれ、と彼は顧問らに言った。アメリカ経済を立て直すにはどうすればいいか。どんどんアイデアを出してくれ。 11月の本選でドナルド・トランプを下したら、バイデンは歴史的な危機に──世界大恐慌の真っただ中という1933年の大統領就任時にフランクリン・ルーズベルトが直面したような危機に立ち向かうことになる。だからこそ、ニューディール政策並みの解決策を求めたのだ。 これには顧問たちも驚いた。「これは本当に起きたことか」「そう、スリーピー(眠そうな)・ジョーが目覚めたのさ」──そんなテキストメッセージも飛び交った。ちなみにスリーピー・ジョーはトランプがバイデンに付けたあだ名だが、バイデンの仕事中毒ぶりを知る顧問らには逆にこの的外れなあだ名が受けて、仲間内のジョークでよく使われる。 顧問らが驚くのも無理はない。バイデンはこの1年余り、民主党予備選に向けてバーニー・サンダースら急進左派の対抗馬と一線を画し、分別ある候補者として支持を伸ばしてきた。一貫して革命的な変革ではなく、漸進的な改革を主張。大衆受けするバラマキ政策を掲げる対抗馬には「財源はどうするのか」と切り込んできた。 そんなバイデンが、新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大し多数の失業者が出るなか、党内左派に近い政策を打ち出すようになった。さらにそれでは飽き足らず、今やもっと大きな変容をもたらす経済再生プランをぶち上げようとしている。 学生ローンの債務帳消しや大学の授業料無償化も盛り込む。公的年金の支給額増やメディケア(高齢者医療保険制度)の対象年齢引き下げにも踏み込もう。銀行と企業に対する規制も強化する。この際、財政赤字など構ってはいられない。経済を再生させること。そのためにはどれほど大盤振る舞いをしてもいい──。 【関連記事】トランプvsバイデン、それぞれが抱える選挙戦の課題 ===== テキサス州で野外生活を強いられる大恐慌時代の家族(1937年) DOROTHEA LANGE-RESETTLEMENT ADMINISTRATION-THE LIFE PICTURE COLLECTION/GETTY IMAGES, 今年2月末のサウスカロライナ州の予備選でサンダースを下した際は、「革命について語っても誰の生活も変えられない」と勝利宣言をしたバイデン。その彼が5月半ばには自身のポッドキャスト番組で「革命的な制度改革が必要だ」と言い切った。 近頃のバイデンがよく引き合いに出す歴史的な危機は2008年の金融危機ではない。1930年代の大恐慌だ。しかもインタビューや演説、ポッドキャストで最も頻繁に言及する指導者はもはやバラク・オバマ前大統領ではない。今のバイデンが目指すのはフランクリン・ルーズベルトだ。 バイデンは「大恐慌時の混乱に現在の状況を重ね、危機における政策課題を考えている」と、オバマ前政権で2009〜11年に副大統領首席経済顧問を務め、現在も非公式にバイデンの助言役を務めているジャレッド・バーンスタインは言う。 経済システムを変える機会に いま求められているのは大胆な行動であり、大恐慌時代のルーズベルトのような指導者、つまり人々の痛みを理解し、人々に希望を与える指導者だ。バイデンはそう見抜いているのだろう。問題は、彼に「自分こそはその指導者だ」と有権者を説得するすべがあるのかどうかだ。 民主党のテレビ討論会では失言を連発して支持者をハラハラさせたバイデン。政策作りよりも、政策をどう伝えるかに手を焼きそうだ。5月下旬にはラジオ番組の黒人司会者相手に「私かトランプか投票を迷うようなら、きみは黒人じゃない」と言って大ひんしゅくを買ったばかり。外出制限で遊説できなくなったのは、口下手候補にはむしろ幸いだった。 今後選挙戦が本格化し、さらには大統領選に勝利したら、バイデンは国民に語り掛けるスキルを磨くか、さもなければ国民が失言を許してくれるのを期待するしかない。 最新のデータが語る米経済の見通しは厳しい。商務省経済分析局によると、今年第1四半期にGDPは年率4.8%縮小。議会予算局によれば下半期には回復が見込めるが、第2四半期には年率40%も縮小する。 4月の失業率は大恐慌以降では最悪の14.7%に上ったが、労働統計局によれば、働いていなくても就業者と見なされる「隠れ失業者」を加えれば20%以上に上る。これはルーズベルトが大統領に就任した1933年の史上最悪の失業率24.9%に迫る数字だ。下半期には改善するにせよ、大統領選の投票日まで2桁台にとどまるだろうと、トランプの経済顧問はみている。 バイデン(本誌による数度のインタビュー要請に応じていない)は5月に行った演説で、失業保険制度の改革、有給休暇と育児支援の提供、高等教育と良質な医療を受ける機会の保障、公正な賃金を確保するための措置の拡充などを打ち出した。これを見る限り、民主党候補として史上最もリベラルな選挙公約を掲げて大統領選に臨むことになりそうだ。 【関連記事】トランプvsバイデン、それぞれが抱える選挙戦の課題 ===== 食料を配るフードバンクのスタッフ(フロリダ州) PAUL HENNESSY-NURPHOTO/GETTY IMAGES, 中道派として知られてきたバイデンにとっては、方針の急転換と言っていい。この背景にはサンダース支持者を取り込みたいという思惑もあっただろうが、米国民の生命と雇用に甚大なダメージを及ぼしたコロナ危機を目の当たりにすれば、考え方が大きく変わっても不思議はない。 このような状況で小手先の対策を打っても意味がない。「(バイデンは)経済の停止状態を利用して、経済の在り方を変容させられないかと考えている」と、ティム・ライアン民主党下院議員は言う。 「変容」という言葉は、バイデンの選挙運動の合言葉になりつつある。新型コロナウイルス問題で浮き彫りになった社会と経済の深い亀裂を解消すべきだという考え方は、選挙運動の主要テーマになっているのだ。 バイデンは、世帯所得12万5000ドル未満の家庭を対象にした4年制大学の授業料無償化、低・中所得層向けの学生ローン返済免除(公立大学および歴史的に黒人学生の多い私立大学に通った人が対象)、連邦政府の学生ローン債務の少なくとも1万ドルの免除(これは全ての人が対象)などを主張している。 ニューディール政策を手本にした「雇用保険プログラム」の導入も提案している。これは、新型コロナ危機のような緊急事態により一時解雇を言い渡されたり、勤務時間を減らされたりした人を対象に連邦政府が給料と医療保険料を負担する制度だ。 これ以外にも、既にいくつかのリベラルな経済政策を発表している。連邦法定最低賃金を時給15ドルに引き上げること、低所得地域の学校への連邦政府の支援を3倍に増やすこと、低所得者向けの住宅支援を充実させることなどを訴えている。 世論は「大きな政府」に傾斜 バイデンにとっての問題は、経済の立て直しには自分のほうが適任であると、まだ有権者に納得させられていないことだ。 5月後半にクィニピアク大学が行った世論調査によれば、経済運営の手腕への信頼度では、バイデンとトランプがほぼ互角だった(ヘルスケア政策への信頼度では、バイデンが20ポイントリードしていた)。失業率が大幅に上昇し、経済が停滞しているにもかかわらず、現職を大きく引き離せていないことは、挑戦者にとって好ましい結果とは言えない。 それでも、国民は少なくとも現時点で、思い切ったニューディール型の政策を受け入れているようだ。 この点は、世論調査の結果にも見て取れる。4月半ばに左派系のグラウンドワーク・コラボラティブが行った世論調査では、「新型コロナウイルスの経済的影響に対処するために、連邦政府は大規模で抜本的な行動を取るべきだ」という考え方に、回答者の71%が賛同した。 こうした世論の動向について、党派的な見方をする人もいる。バイデンの助言役であるバーンスタインに言わせると、新型コロナウイルス問題を機に、国民はトランプの経済運営への評価を変え始めたという。好景気が「砂上の楼閣」だったことがはっきりしたというわけだ。 【関連記事】トランプvsバイデン、それぞれが抱える選挙戦の課題 ===== 4月のオンラインイベントでバイデン支持を表明したサンダース ANDREW HARRER-BLOOMBERG/GETTY IMAGES, 一方、一部の共和党関係者は、バイデンが大型支出を伴う政策を次々と打ち出しているのを見て、ほくそ笑んでいる。大きな政府路線を採用したことでバイデンは墓穴を掘った、と考えているのだ。 しかし、いま経済的苦境にあえいでいる国民は、こうした昔ながらの保守派の経済思想を聞きたいわけではないと、トランプの元盟友で、現政権のホワイトハウス広報部長を務めたこともあるアンソニー・スカラムッチ(ヘッジファンド運営会社スカイブリッジ・キャピタルの創設者でもある)は言う。 ジェローム・パウエルFRB(連邦準備理事会)議長が5月半ばの講演で指摘したように、世帯所得が4万ドルを下回る世帯の40%が新型コロナウイルス危機で3月に職を失った。スカラムッチは、この講演でパウエルが述べた言葉を引用する。「追加の財政出動には大きなコストが伴う可能性があるが、長期の経済的ダメージを回避し、より力強い景気回復を成し遂げる効果があるなら、実行する価値がある」という言葉だ。 「(誰が経済政策を担うことになっても)第2次大戦期に匹敵する巨額の財政支出を行うことになる」と、スカラムッチは言う。「それ以外の選択肢はない。しばらくの間は、政府が国民に金を配ることになるだろう。いわば、ヘリコプターからお金をばらまかなくてはならない。暴動を防ぐにはそれが不可欠だ」 だがバイデンが11月の本選で勝つためには、民主党予備選で打ち負かした党内左派に対し、財政拡大と大きな政府の支持者に宗旨替えしたことを納得してもらう必要がある。 バイデンは「もっと大胆に動くべきだし、そう望んでいる」と、サンダース陣営の選対本部長からバイデンの医療政策チームのメンバーに転じたファイツ・シャキールは言う。「(バイデンが)ルーズベルトに言及するのは、リベラル色の強い大統領になりたいという意向の表れだ」 バイデンの中道派としての評価は、36年間の上院議員時代に築かれた。世論調査分析サイトのファイブサーティーエイト・ドットコムが上院での過去の投票行動を集計したところ、民主党議員の少なくとも44%よりはリベラル寄りだったが、彼よりもさらにリベラル寄りの民主党議員は少なくとも43%いた。それを考えれば、3カ月足らずで大きな変容を遂げるとは思えないという疑念が生じるのも無理はない。 左派が支持をためらう理由はほかにもある。バイデンは長い間、共和党との合意点を探ることにたけた財政規律派の上院議員として知られてきた。この評価は初めて大統領選出馬を表明した1987年、財政赤字と政府債務に反対したときまでさかのぼる。 1988年の選挙で、当時44歳のバイデンは地元デラウェア州のウィルミントン駅で、2つの道のどちらを選ぶのかを通勤客に問い掛けていた。「子供たちの未来を先食いすることで、軽薄な偽りの繁栄を享受する安易な道か。子供たちが生まれながらに持つ権利を守る一方で、真の繁栄を自力で築くもっと困難な道か」 以前は否定していた大胆な財政支出も辞さないと言うなら、やらせてみる価値はあると、シャキールは言う。「バイデンが民主党の候補指名を勝ち取ったのは、強固な政策基盤があったからではない。トランプとの差別化を際立たせる政策案を取り入れる余地は十分にある」 【関連記事】トランプvsバイデン、それぞれが抱える選挙戦の課題 ===== 一方、デューク大学の経済学者サンディ・ダリティは懐疑的だ。ルーズベルトは政府による雇用プログラムを提案し、預金を連邦政府が保障することで金融制度への信頼を回復させ、社会保障制度を創設した。それに比べると、現時点でバイデンの提案は「やや地味」だと、ダリティは指摘する。一定の歳出増や労働・銀行規制の強化などはあるが、左派が主張する国民皆保険(メディケア・フォー・オール)や連邦政府による雇用保障のような画期的政策は見当たらない。 トランプとの違いを明確化 バイデンがルーズベルトを引き合いに出すのは、特定の政策を支持するかどうか以上に、ルーズベルトのように極限の危機の中で人々に希望を与えるリーダーになるという意味なのではないかという見方もある。 バイデンにはそうなれる可能性があると、助言役のバーンスタインは考えている。ルーズベルトの存在は、現状がどれほど深刻で多くの人々に影響を与えるかを示す、一種のひな型だという。 従来の立場と大きく違うバイデンの左派的な政策案は、3Rと呼ばれるニューディールの政策理念──救済(Relief)、回復(Recovery)、改革(Reform)── を取り入れたものだ。それをバイデンが支持すること自体、深刻な現状認識とそれに挑もうとする意欲を示唆していると、バーンスタインは言う。 「彼は今と同様の経済的大混乱から抜け出したルーズベルトを振り返り、回復力のある経済への変容を実現するための教訓を学ぼうとしている」 元はエリザベス・ウォーレン上院議員を支持していた左派活動家のヘザー・マギーも、パンデミックがもたらした心の痛みと、その結果として生じた物理的・経済的苦境からアメリカ人が立ち直るのを助ける役割をバイデンに期待している。 ルーズベルトは1930年代のラジオ演説「炉辺談話」で国民を直接励まし、大統領と国民の関係に革命を起こした。バイデンも毎日オンラインで有権者に語り掛けるべきだと、マギーは言う。 最近のバイデンは感動的なメッセージよりも失言が目立つ。だが、かつては雄弁な演説で称賛された時期もあった。「次期大統領候補としてのビジョンを提示することが極めて重要だ」と、マギーは指摘する。 「トランプが語ろうとしない物語を語り、トランプが拒否したやり方で人々の悲しみに寄り添い、あらゆる点で違いを明確に説明する。今のバイデンはまだ、人々に希望を与える日常的存在ではない。それができれば、アメリカ人はトランプに背を向け、こちらを向くはずだ」 マギーも多くの左派と同様、バイデンの中で何かが根本的に変わり、リーダーとして課題に挑戦する意思を明確にすると信じたがっているようだ。最後に彼女はこう言った。「ルーズベルトも時代の要請が彼を変えるまで、ルーズベルトらしく話していなかった」 <2020年7月14日号掲載> 【関連記事】トランプvsバイデン、それぞれが抱える選挙戦の課題 【話題の記事】 ・催涙スプレー、ナイフ、ハンマーで父親殺害 ロシア美人3姉妹は父にレイプされPTSDだった ・国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」周庭の別れの言葉 ・孤立した湖や池に魚はどうやって移動する? ようやくプロセスが明らかに ・手術されるインターセックスの子供たち トップモデルが壮絶な告白 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月14日号(7月7日発売)は「香港の挽歌」特集。もう誰も共産党を止められないのか――。国家安全法制で香港は終わり? 中国の次の狙いと民主化を待つ運命は。PLUS 民主化デモ、ある過激派の告白。