<一斉休校で進むと思われた遠隔教育の導入だが、オンライン教材を活用した学習指導を実施した自治体は3割にも満たないことが分かった。その要因は何か> *この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2020年6月26日付)からの転載です。 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、2月に政府が一斉休校の判断を行ったことから、児童生徒の学ぶ環境は激変した。そのなかで、児童生徒の学びの機会を確保するための方法の一つとして遠隔教育が注目を集めている。 本稿では、(1)新型コロナウイルスの感染拡大以前の遠隔教育に関する取組みについて、(2)遠隔教育がコロナ禍でどう変化し、どのような課題が生じたかについて論じる。 遠隔教育をめぐるこれまでの取組み: コロナ前の遠隔教育実施自治体は22%にとどまる 新型コロナウイルスの感染が拡大する前の遠隔教育に期待されていた役割は対面教育を補完することにあった。我が国の学校教育は、児童生徒と教師、児童生徒同士の直接の触れ合いを前提とした対面教育をベースとしているからだ。そのような状況下において、2019年3月の文部科学省の調査では遠隔教育を実施している自治体は22%にとどまっていた[図表1]。理由としては、遠隔教育の実施の有無はあくまでも教育現場に委ねられていたことや、環境整備の遅れ、実施にあたっての規制等様々な要因が挙げられる。 これまでの政府の遠隔教育の施策は、対面教育の補完を実現するべく展開されてきた。例えば、2015年に高等学校における遠隔授業が解禁された際に大きく期待されていたのは、離島や遠隔地のような地域における教員の確保という課題を解決し、専門性を有する教員ができる限り対面に近い状況で授業を行うことを可能にすることであった。 2018年に文部科学省によって「遠隔教育の推進に向けた施策方針」が作成された際にも、遠隔教育が効果を発揮する前提として、教師と児童生徒、児童生徒同士の人間関係の基盤が成立していることが不可欠との考えが示されている。そのうえで、政府は2023年度までに全国の小中学生に一人一台の通信端末を配備する等の「GIGAスクール構想」を推進することで、教育現場におけるICT環境の整備および教員のICT活用指導力の向上を目指した。2019年度の補正予算ではGIGAスクール構想の実現に向けて2,318億円が計上されている。 GIGAスクール構想が目指すのは、一人一人に個別最適化され、習熟度などに応じて柔軟に学習を進められるようにすることで、各児童生徒の力を最大限引き出すことのできる教育の実現だ*1。そのために、(1)一人一台端末と大容量高速ネットワークのようなハード面の一体的な整備、(2)デジタルならではのコンテンツや学習活動といったソフト面の拡充、(3)日常的にICTを活用できる指導体制の構築*2、などの実施を図る。 ―――――――――― *1 内閣府「第7回経済財政諮問会議(萩生田臨時委員提出資料)」(令和2年5月15日) *2 文部科学省「『児童生徒1人1台コンピュータ』の実現を見据えた施策パッケージ」(令和元年12月19日) ===== しかし、遠隔教育を実施する現場では、ハード・ソフト両面において課題が山積している。「遠隔教育の推進に向けた施策方針」では、新型コロナウイルスの感染拡大以前においての遠隔教育の実施に際するハード面の課題として、(1)遠隔教育を行うためのICT環境の整備や体制の構築が不十分であること、(2)指導計画等の作成や教材の準備に多くの時間や手間がかかることなどが、ソフト面の課題として、(1)教師から児童生徒への適時・適切な指導や評価が困難であること、(1)不測の事態が生じた場合の迅速な対処が困難であること、などが挙げられている。 さらに、遠隔教育を実施するにあたっては、規制として、(1)受信側*3にも教員配置が必要である(文部科学省通知)、(2)原則出席扱いとならず、評価に反映されない(義務教育)、取得できる単位数に上限がある(高校、大学)(学校教育法施行規則等)、(3)教育を目的としていてもオンライン上での資料等の使用には著作権者からの個別許諾が必要である(旧著作権法*4)、等が設けられており、遠隔教育実施のハードルを高くしていた。 コロナ禍でもオンライン教材を活用した学習は29%にとどまる 新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、政府は一人一台端末配備の前倒しでの実現や特定の科目の授業時間数の柔軟な運用を行う方針だ。令和2年度第1次補正予算において2,292億円が計上され、一人一台端末の実現は、年度内での実施が図られることとなった。 政府は4月20日に閣議決定した緊急経済対策の中で、遠隔教育について実施すべき事項について言及している。ICT環境の早急な整備や遠隔授業に係る要件や単位取得数の見直しなど環境整備が実施される。また、オンラインカリキュラムの整備のような児童生徒の自宅学習の支援も行う方針だ[図表2]。このような施策により、子供たち誰一人取り残すことなく、最大限に学びを保障することを目指す。 しかし、文部科学省が4月16日に公表した調査結果によると、臨時休校を行っている自治体のうちオンライン教材を活用した学習指導を実施しているのは29%、受信側に教員はいないもののリアルタイムで講義を行い、教師と児童生徒双方からのやりとりが可能といった対面に近い状態での授業を行う「同時双方向型」でのオンライン指導はわずか5%の実施にとどまっている[図表3]。新型コロナウイルスの流行以後においても遠隔教育はなかなか広がっていない。 ―――――――――― *3 机間巡視や安全管理を行う観点から、授業を受ける児童生徒のいる受信側には原則教員を配置するべきとされている *4 旧著作権法第35条、なお改正著作権法は4月28日に施行されている。 ===== 新型コロナウイルスの感染拡大という状況下においても遠隔教育が広がらない要因としては、通信機器をはじめとする、遠隔教育のためのインフラ整備の遅れが考えられる。上述の通り、政府はオンライン環境の整備を急いでいるが、未だ達成には至っていない。また、これまで遠隔教育を実施してこなかった学校が多いため、教員が遠隔授業という経験のない新しい取り組みに戸惑っているケースも多い。遠隔教育の実施のために必要とされるスキルやノウハウは通常の授業と異なることから、時間や手間がかかり、教員の負担は大きくなる。臨時休校のもとでは、すべての自治体が教科書や紙のプリントを活用した家庭学習の指示を行っていたが、自治体や学校ごとの対応に差が生じていた感は否めない。 児童生徒の学習機会を確保するための取組みを行っているのは政府ばかりではない。民間企業もまた、様々な取組みを行っている。例えば、リクルートマーケティングパートナーズ社は自社のオンライン学習サービス「スタディサプリ」を4月末まで学校や自治体に無償提供した。早稲田アカデミーはZOOMを活用した「双方向WEB授業」や「オンデマンド授業」を実施している。対面授業は順次再開しているが、オンライン授業も継続して受講可能とする方針だ。新型コロナウイルスによって学びを止めないためにも、このような民間企業の動きは非常に望ましいと考える。一方で、民間教育サービスは、受けられる人とそうでない人が存在する。コロナ禍という特殊な状況下では、児童生徒によって受けられる学校教育や民間教育サービスの質が異なることで教育格差が拡大してしまう恐れもある。そのため、誰もが受けられる公教育に期待される役割は大きい。 おわりに 5月25日までに全都道府県で緊急事態宣言が解除された。6月1日時点において98%の学校が何かしらの形で学校を再開している。社会が再び動き出し始めたことは非常に喜ばしい。しかし、全国主要市区公立小中学校のうち4割超が短縮授業や分散登校といった措置をとっているなど、まだ完全に新型コロナウイルス以前の状況に戻ったとは言い難い。また、感染の第二波、第三波に対する懸念のように、今後の情勢は今なお予断を許さない。第二波、第三波が到来しないに越したことはないが、到来時(変更前:万が一の事態)にも対処できるよう予め備えておく必要がある。 政府はハード・ソフト・人材が一体となったICT環境の整備を急いでいる。ICT環境の不足が一挙に解消されれば、遠隔教育の大きな転機となりうる。もっとも、遠隔教育を実施できるような環境が整備されたとしても、遠隔教育をどう活用していくか、という課題への取組みはまだ始まったばかりだ。社会のICT化が進む中で、教育とICTがどう関わるべきかの議論は避けられない。今後、教育におけるICT活用は次第に実行段階へと移行していくだろう。そこで出てきた課題を整理し、改善を繰り返していくことで学びのための環境が良くなっていくことに期待したい。 [執筆者] 坂田 紘野 ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究員