<国家安全維持法が施行され、香港では共産党による締め付け強化が確実に進んでいく。知られざる国家安全維持法の命令系統、そして、すぐにでも現実のものになりかねない展開とは? 本誌「香港の挽歌」特集より> 香港で施行された国家安全維持法は、国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力と結託して国家に危害を加える行為という4つの活動を犯罪行為と定めている。これらはまさに、香港の人々が1年にわたり抗議の声を上げてきたことだ。 この新法により、中国の治安機関は香港で初めて公に活動できるようになった。香港は中国の他の地域とは比べものにならない自由を長く享受してきたが、今後は当局による監視や抑圧が進み、反体制派の本土引き渡しも増える可能性がある。 香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官と中国政府当局によれば、新法の標的は「極めて少数の違法行為」であり、「圧倒的多数の市民の基本的権利と自由は保護される」という。だが中国法制度の専門家は、多数の市民がまとめて逮捕されるケースが増えるとみている。 新法の施行によって、夏の終わりまでに6つの展開が起こりかねない。この一部、あるいは全てが現実になれば、香港の人々の不安は杞憂ではなかったことになる。 1. ジャーナリストの逮捕 昨年6月に逃亡犯条例改正案に反対する大規模デモが発生して以来、香港ではジャーナリストの抑圧や拘束が増えた。メディアを所有する大物実業家の黎智英(ジミー・ライ)は、デモ参加を理由に訴追された。 だが、今まで報道活動を理由に有罪となったジャーナリストはいない。本土と同じく香港でも、ジャーナリストが逮捕されたり、不公正な裁判の対象とされるのか注視すべきだ。 2. 反体制的なメディアへの圧力 1928年設立の香港の公共放送局RTHKは、その編集姿勢が香港で厚い信頼を集めている。だが、その独立性も危うくなってきた。 31年にわたって人気を呼んだ政治風刺番組『頭條新聞』が先頃打ち切りになったのは、当局の圧力のためとみられる。6月10日には中国政府がRTHKに派遣した顧問が、市民の「正しい判断」のために国家安全維持法を「肯定的」に伝えるよう促した。今後RTHKは、中国政府の宣伝機関になるかもしれない。 3. 法の遡及的適用 新法施行が明らかになると、ウェブサイトへの妨害を防ぎ、デジタル通信のプライバシーを保護するため、多くの香港人が仮想プライベートネットワーク(VPN)を購入した。 抗議デモの組織化に使われたソーシャルメディアのアカウントを削除する人も増えている。過去に行った投稿が、新法の下では国家分裂や政権転覆に関わるものと見なされかねないためだ。 【関連記事】香港の挽歌 もう誰も共産党を止められないのか ===== 4. デジタル空間の表現への抑圧 新法を使えば、インターネットの自由も制限できる。 香港の立法会議員で情報技術産業界を代表するチャールズ・モクによれば、新法の下で「プロバイダーや通信事業者、ソーシャルメディアやデータセンターの管理者」は、ユーザーの制作するコンテンツについてより大きな責任を問われる可能性がある。 しかも管理者は、ユーザーのデータを当局に提供する義務を課されるかもしれない。モクは、自治権を持つマカオで2009年に独自の国家安全法を施行された後、新たなサイバーセキュリティー法が制定され、SIMカードの実名登録など中国本土と同様の規制が課されたと指摘している。 5. 芸術・学術的表現の規制 香港の芸術界では、政治的メッセージを込めた作品が盛んに制作されている。市内には民主化デモ参加者をモチーフにした彫像や、林鄭行政長官、習近平(国家主席、シー・チンピン)らを嘲笑する壁画などが頻繁に出現する。 こうしたアートは中国本土では規制の対象だ。香港のアーティストは、自分たちの作品が「国家分裂」「政府転覆」のレッテルを貼られ、訴追されるのではないかと危惧している。 香港の学問の自由はここ数年、後退を見せてきた。香港の研究者らは、中国政府が新法の下で香港の大学への抑圧を強め、これまで築いてきた国際的評価を低下させることを懸念している。 6. 宗教団体の弾圧 中国本土で抑圧の対象になる宗教団体も、香港では比較的自由に活動してきた。デモ参加者を含め、多くの市民はプロテスタントかカトリック教徒だ。数は少ないが、中国で禁止されている法輪功の信者もいる。 だが今後は、以下に挙げる全てのケースが国家安全維持法違反と見なされる恐れがある。 【関連記事】香港危機:台湾の蔡英文がアジアの民主主義を救う ===== 警察や催涙ガスから逃れたデモ参加者をかくまった教会。天安門事件を記念するミサや集会を開いたカトリック教会。本土から香港を訪れた中国人に共産党やその青年組織からの脱退を呼び掛け、中国政府の人権侵害を訴えた法輪功の活動家──。宗教関係者は新法によって信仰が規制され、本土で行われているような拘束や拷問の対象になるのではないかと恐れている。 ◇ ◇ ◇ 国家安全維持法の施行については、香港の親中派も発表の48時間前まで知らされていなかったようだ。新法を成立させた全国人民代表会議に出席していた香港の代表を含め、親中派の政治家は「寝耳に水だった」と語っている。党指導部が香港当局者をこれほどまで信頼していないなら、新法施行に際して香港の慣行や制度を尊重する可能性は低い。 中国本土の法律は当局に最大限の裁量を与えるため、あえて曖昧な表現を使っていることがよくある。今日は違法と見なされなくても、明日には扇動罪や政府転覆罪で拘束されかねない。 だから必要なのだ。国家安全維持法の適用状況に目を光らせることが。そして香港の政治体制がいつどこで道を踏み外すかを注視することが。 From Foreign Policy Magazine <2020年7月14日号「香港の挽歌」特集より> 【話題の記事】 ・中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊はあり得るのか ・中国・超大国への道、最大の障壁は「日本」──そこで浮上する第2の道とは ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月14日号(7月7日発売)は「香港の挽歌」特集。もう誰も共産党を止められないのか――。国家安全法制で香港は終わり? 中国の次の狙いと民主化を待つ運命は。PLUS 民主化デモ、ある過激派の告白。