<戦後、世界平和と人権尊重を掲げた「積極的外交政策」による移民/難民の受け入れに対して、「スウェーデン・アイデンティティ」への脅威を訴える極右政党が地道に支持を得ていく。論壇誌「アステイオン」92号は「世界を覆うまだら状の秩序」特集。同特集の論考「変わりゆく世界秩序のメルクマール――試練の中のスウェーデン」を3回に分けて全文転載する> ※第1回:スウェーデンはユートピアなのか?──試練の中のスウェーデン(上) スウェーデンは戦後、労働力不足を補うために多くの外国人労働者を招致し、さらに移民/難民も多く受け入れるに至った。外国人労働者の招致はオイルショックで停止したが、それ以降はレバノン内戦、イラン・イラク戦争などによってヨーロッパ域外からの難民が急増していった。スウェーデンが難民の受け入れに注力したのには理由がある。それはアルジェリア独立戦争(一九五四-一九六二)にまで遡る。 アルジェリア独立戦争勃発当時、スウェーデンはこれをフランスの内政問題として傍観したが、スウェーデンへ移住したアルジェリア人学生のロビー活動などによって現地での人権状況の悪化が伝えられるようになると、スウェーデンは人権問題に大きな関心を抱くようになった。そして、一九五九年の国連総会では西側諸国の中で唯一、アルジェリアの独立に賛成票を投じ、明確に脱植民地化を推し進めていった。この転換によって、スウェーデンでは脱植民地化、軍縮、世界平和と人権尊重を掲げた「積極的外交政策」が徐々に形成され、抑圧されている人々に手を差し伸べるというその積極的外交政策の一環として、スウェーデンは移民/難民を受け入れ続けている。 この積極的外交政策は、世界政治で華々しく活躍するオーロフ・パルメ首相の時代に大きく花開いたが、多種多様な人々がスウェーデンへと移住してくる変化はスウェーデンの「国際化」として喧伝された。これは、「国民の家」を世界規模で展開したものだと論じる研究者もいる。この外交政策は保守派からの批判も根強かったが、成果を収めて内外からも評価されるにつれ、やがて保守側にもこの理念が共有されていくことになった。状況に応じて制限を設けることはあっても、移民/難民を完全にシャットアウトしないのには、こうした歴史的な反省と政策理念があるためである。 しかしながら、こうした移民/難民の受け入れに反対する勢力もいた。それらの勢力を糾合して出来たのがスウェーデン民主党であった。時あたかも、冷戦が終焉したとはいえ、ユーゴスラヴィア紛争やルワンダ、ソマリア内戦などの「新しい戦争」と呼ばれるエスニシティをめぐる紛争によってかつてないほど大量の難民がスウェーデンへと流入した時期でもあった。しかもスウェーデンは、金融バブルの崩壊によって一九九〇年代前半は未曾有の大不況に襲われており、全失業率が一四%に迫るほどであった。そのような大不況下で、一九九二年には当時としては歴代最高数であった八万人を超える難民が押し寄せた。 【関連記事】すばらしい「まだら状」の新世界──冷戦後からコロナ後へ 【話題の記事】 ・スウェーデンの悪夢はパンデミック以前から始まっていた ・スウェーデンが「集団免疫戦略」を後悔? 感染率、死亡率で世界最悪レベル ===== 金融危機で最も煽りを受けたのが、働き盛りの若者たちであった。ただでさえ高失業率で苦しむ中で、多くの移民/難民が移住してくるとなると、労働市場の中で競合するのではないかという懸念が広まることとなった。また一方で、高齢者層にとってもこれまで積み立ててきた高福祉が移民/難民への支援で切り崩されるのではないかという不安も広まることとなる。 そこでスウェーデン民主党が全面的に押し出したのが「福祉ショーヴィニズム」であった。当時のスウェーデン民主党が掲げたフレーズを見てみると、「スウェーデン人ファースト!」「多文化のスウェーデン? NO!」「侵略を止めろ! 移民が自国に帰るのを手伝おう!」「スウェーデンをスウェーデンとして保て!」などの文言が現れる。侵略を止めろというフレーズについては戦前の「難民侵略」という言葉を彷彿とさせるが、最後の「スウェーデンをスウェーデンとして保て!」というフレーズは、スウェーデン民主党の中核となった極右組織の名称で、スウェーデン民主党の理念が最も顕著に現れているフレーズである。このようにスウェーデン民主党は、移民排斥と自国民優先を全面的に押し出し、地道に支持を伸ばしていった。そして注目すべきは、スウェーデン民主党は結党以来、一度もその得票数/得票率を落としたことがないということである。 「アステイオン」92号82ページより スウェーデン民主党の党内改革と支持の広がり 結党年の一九八八年にはわずか一一一八票だったスウェーデン民主党の得票率は、一九九四年には一万三五九四票、一九九八年には一万九六二四票と伸び続け、二〇〇二年には七万六三〇〇票を獲得するに至った。特に大きく伸びたのは二〇〇六年以降で、一気に一六万票超と倍以上となり、二〇一八年の議会選挙では一一三万五六二七票と一〇〇万票を超えた(表2)。 このような党勢拡大には、スウェーデン民主党の党内改革が大きく作用している。二〇〇五年に現党首であるインミ・オーケソンが党大会において二五歳で党首に選出された。オーケソンはルンド大学法学部で学び、同党の青年部長として活動していた経歴を持つ。党首に選出されると、オーケソンは党執行部の刷新と世代交代を図り、また同党につきまとっていたネオナチのイメージを払拭するためにネオナチ組織に所属していた過去のある党員を除名した。さらに党の基本綱領も大きく改訂した。そのスローガンが「安心と伝統」であった。 この「安心」と「伝統」という二つの政策領域は、それぞれ社会民主主義と国民保守主義を指し、スウェーデン民主党の基本綱領はこれを並べることでこれらのイデオロギーの融合を図っている。「安心」の領域の中心に据えられたのが、さきに取り上げたハーンソンの「国民の家」であった。オーケソンが二〇一八年に著した『現代の国民の家』でも、ハーンソンの「国民の家」をスウェーデン民主党流にアレンジした展望が示されている。 この「国民の家」を基に、「安心」、「調和」、「連帯」というキャッチフレーズが並ぶ。これらのキャッチフレーズは、社会民主党の主張と重なるものである。特に「連帯」は、社会民主党が労働運動で用いてきた標語そのままであることに注目せねばならない。 ===== しかし、スウェーデン民主党は社会民主党の政治思想をそのまま移植したわけではなかった。社会民主党と一線を画すのが「伝統」である。これによって、「国際的連帯」を掲げてきた社会民主党とは対極的に、スウェーデン民主党は「国民的連帯」を訴え、ナショナリズムに重点を置いている。 スウェーデン民主党が最も重視する価値観とは、スウェーデン・アイデンティティであり、こうしたアイデンティティこそが安心と調和を持つ個人を生み出し、男女平等の社会の中で家族こそが国民繁栄の基礎であるとする。そして守るべきものとは、市場原理では維持できない「郷土と現住地環境」であり、それを脅かすものが移民/難民、超国家的なEUであるという認識に立っている。スウェーデン民主党の唱えるEU脱退論もこれに基づく。こうした党内改革は、フランスの国民連合(旧国民戦線)をモデルにしたと言われているが、このソフト化路線によってスウェーデン民主党の「スウェーデンをスウェーデンとして保て!」というフレーズも「スウェーデンをスウェーデンのままに」とマイルドなものに書き換えられた。 とはいえ、何が違うのかと問われれば、指し示している内容に大きな違いがあるわけではなく、レトリックそのものは継承されていると指摘される。これは、移民/難民をスウェーデンにとって最大の脅威と捉えるという結党時の理念を最重要視しているからにほかならない。 その手段として掲げられているのが「移民の帰還」である。確かに長期休暇中に難民が出身国にバカンスに行くという例もよく見られるが、すでに出身国の情勢が改善して難民となった原因が消滅しているのであれば帰国を支援すべきというのがその主な理由となっている。とりわけ高福祉がフリーライドされているという認識から、移民/難民が社会経済を脅かす安全保障問題として捉えられていることもスウェーデン民主党支持に拍車をかけている(清水謙『非伝統的安全保障とスウェーデンにおける「移民の安全保障化」』SYNODOS、二〇二〇年。 https://synodos.jp/society/23329 を参照)。 さらに、近年発生しているテロや組織犯罪による急激な治安悪化も深刻な社会問題になっているが、その厳罰化を訴えるところもまた支持を集める要因となっている。一方で、ソフト化路線の反動で、除名された者などが最近ではさらに過激なウルトラ極右を組織化していることも指摘しておかなければならない。 保守における「国民の家」の復権 福祉国家に関するこうした政策転換は、スウェーデン民主党のみならず、新自由主義の急先鋒であった穏健連合党にも指摘できる。二〇〇三年一〇月に三八歳の若さで穏健連合党の党首に選出されたフレードリック・ラインフェルトは、二〇〇五年に「新しい穏健連合党」と称して社会民主党の伝統領域を取り込んで「新しい労働者の党」として有権者に政権交代を訴えた。これまで論争の的となっていた「福祉国家」を批判するのではなく、新自由主義的な路線を希釈しながら「福祉国家」を形成してきたスウェーデン・モデルをひとまず受容した。 ===== しかし福祉国家を維持するにしても、財源が必要となる。そこでアリアンセンは、失業保険を切り下げて就労を促し、それによって労働市場を活性化させ、雇用にかかる企業への負担を減税で軽減して雇用を拡大させるという方針を打ち出した。給付の拡大を続ける社会民主党とは異なり、就労の促進と労働市場の活性化で生まれる利益を社会還元することで福祉国家を維持するという政策を示した。社会民主党との差異化によって、二〇〇六年の議会選挙では穏健連合党は社会民主党の支持者を取り込むことに成功して政権交代を果たしたが、保革の政策的収斂が政権交代の要因となったということが多くの研究者によって指摘されている。 往年の「対立争点」であったスウェーデン・モデルが超党派で共有されて「合意争点」となる中で、スウェーデン民主党も独自の福祉国家モデル、すなわち移民/難民にかかるコストを福祉に充てるスウェーデン人優先型の福祉国家を掲げることでその支持を伸ばした。言い換えれば、中道保守の穏健連合党にしても、〝極右〞のスウェーデン民主党にしても、もともと保守の理念であった「国民の家」を取り戻すことによってある意味で原点回帰を果たしたことになる。 スウェーデン民主党の支持層 では、どのような有権者層がスウェーデン民主党に投票しているのだろうか。一言でいうならば、「地方居住の所得の低い民間雇用の若年者層で、全国労働者連盟(以下LO)に加盟している者」である。スウェーデンでは職種ごとの労働組合が存在するが、このLOとはどういう組織かというと、社会民主党の最大支持母体であるブルーカラーの労働組合である。 「アステイオン」92号85ページより 表3から読み取れるように、近年ではLO加入者の間で社会民主党への投票者が減少する一方で、スウェーデン民主党への投票率が急増している。二〇一八年の議会選挙においては、二四%もの加入者がスウェーデン民主党に投票していることが分かる)(注1)。二〇一九年秋に行われた調査では、社会民主党に共感する加入者は三〇・六%であったのに対して、それを超える三一%がスウェーデン民主党に共感していることが分かっている。 また、スウェーデン民主党支持・共感者の保革自己イメージ評価は赤緑連合よりは右、アリアンセンよりは左という「中位投票者」であることも明らかとなっている。 そうであるとすれば、スウェーデン民主党を反射的に「極右」とラベリングしてよいのだろうか。スウェーデンに限らず、「極右」あるいは「右派ポピュリズム」を抱える国々にも共通する問題であるが、かつての保革対立ではなく移民/難民が軸となっているとすれば、政党の左右の位置づけも再編しなければならないのではないだろうか(以上に関しては、清水謙「スウェーデンにおける移民・難民の包摂と排除│スウェーデン民主党の中道政党化をめぐって」、宮島喬・佐藤成基編著『包摂・共生の政治か、排除の政治か│移民・難民と向き合うヨーロッパ』明石書店、二〇一九年参照)。 ===== 表1でも見たように、社会民主党の議席数は落ち込み、世論調査でも支持率は歴史的な大幅下落に陥っている。特に支持率の急落が激しいのは、社会民主党の票田であったはずの鉄鋼・金属業で栄えた北部地域で、逆にスウェーデン民主党の支持が急上昇しているのもまた北部地域である。 二〇一八年議会選挙の三大争点は、医療、移民、学校教育であったが、スウェーデンの国土の半分を占める広大な北部地域では、産院や病院、歯科の閉鎖など医療サービスの削減は深刻な問題であった。特に、難民危機に見舞われながらルヴェーン政権は増税と緊縮を進めたが、財政厳しい中で移民/難民にリソースが充当される余波を北部地域が最も受けている状況では、社会民主党離れが進むのも無理はなかった。いまのスウェーデンでは、かつて理想として語られたような充実した無償の医療、サービスハウスと呼ばれた高齢者ホームはもはや遠い過去のことである。スウェーデン民主党が理想とする社会は非ヨーロッパ圏からの移民/難民が少なく、豊かな時代であった一九六〇年代に求められるが、復古的に「国民の家」を基調とするスウェーデン人優先型の福祉国家を唱える同党がいまや有権者にとって有力な投票先となっている。 これは北部地域、あるいはスウェーデン民主党の地盤である南部地域に限ったことではない。選挙前の世論調査では、有権者の三六%が移民問題についてはスウェーデン民主党が最善の政策を打ち出していると答えている。また二〇二〇年に入ってから行われた最新の調査でも、いまやスウェーデン民主党が他の既成政党を抑えて最も支持を集めている政党となっている。これまでスウェーデン民主党に防疫線を張っていた既成政党の中からも、穏健連合党やキリスト教民主党のようにスウェーデン民主党との対話に踏み出す動きも見られるようになっている。このまま進めば、スウェーデン民主党が政権の一翼を担う可能性も出てくるであろう。 [注] (1)LO加入者の投票先のデータは、SVT:s Vallokalsundersökning.Riksdagsvalet 2018, s.24.による。 ※第1回:スウェーデンはユートピアなのか?──試練の中のスウェーデン(上) ※第3回は7月13日に掲載予定です。 清水 謙(Ken Shimizu) 1981年生まれ。大阪外国語大学外国語学部スウェーデン語専攻卒業。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係論コース)にて、修士号取得(欧州研究)。同博士課程単位取得満期退学。主な著書に『大統領制化の比較政治学』(共著、ミネルヴァ書房)、『包摂・共生の政治か、排除の政治か─移民・難民と向き合うヨーロッパ』(共著、明石書店)など。 当記事は「アステイオン92」からの転載記事です。 『アステイオン92』 特集「世界を覆う『まだら状の秩序』」 公益財団法人サントリー文化財団 アステイオン編集委員会 編 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)