<ポンペオが中国の領有権主張を「違法」と断言したことで、米中衝突のリスクは高まった。その場合、フィリピンのスカボロー礁が火種になる可能性が高い> マイク・ポンペオ米国務長官は7月13日、南シナ海での中国の海洋進出について声明を出し、南シナ海の大半を領海とする中国政府の行き過ぎた主張と、隣接する国々への威嚇行動をどちらも「違法」と宣言した。 アメリカは長年、この問題については慎重な外交的発言を繰り返してきたが、今回の宣言はこれまでで最も踏み込んだもの。今後、中国の行動に対してより厳しい報復を行う可能性も出てきた。 中国の主張を「違法」として取り上げるこの新しい立場は、南シナ海における中国政府の侵略行為に対するトランプ政権の新たなアプローチを示しており、中国との対立がより広い分野に拡大することが予想される。 アメリカ政府は中国と貿易戦争を展開している。新疆ウイグル自治区の強制収容所に関わる中国高官のアメリカ国内の資産を制裁の対象にし、中国が香港国家安全維持法を制定したことに対しては、香港との間の犯罪人引き渡し条約を停止する。また、中国企業がアメリカ株式市場に上場するルールの厳格化を検討しており、通信大手ファーウェイを世界中の通信ネットワークから追い出すことに成功しつつある。 この新たな姿勢に対して、中国大使館の報道官はアメリカに「地域の平和と安定を混乱させ、妨害しようとする試みを止める」よう求めた。 判決に同調する立場 中国は南シナ海で海面上に露出する唯一の岩礁スカボローを領土と領海の起点とし、中国は周辺の石油、ガス、漁業資源にする権利を有すると主張してきた。岩礁の周囲には人工島を建設し、紛争中の浅瀬や環礁に軍事施設を設置するなどして、資源が豊富で戦略的に重要な水域に対する領有権の主張を既成事実化しようとしている。 国際常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)は2016年、南シナ海での中国の活動や領有権主張が国際法に違反するとして、フィリピンが中国を相手に提訴した裁判で、中国が海洋法に関する国際連合条約に違反していることを認める判決を下した。アメリカはこの条約を批准していないが、ポンペオの声明はアメリカの今後の政策が、正式にこの判決と一致するものになることを示している。 <参考記事>南シナ海の領有権争いにロシアが乱入 <参考記事>一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国 ===== 新しい姿勢のもとでアメリカが標的にするのは、南シナ海のほとんどを領有する口実として中国が長年唱え続けてきた法的にあやしい主張だ。 「われわれはここで明らかにする。南シナ海のほぼ全域で、海洋資源の権益をわがものとする中国の主張と、それらを支配するための威嚇的行動はどちらも完全に違法である」と、ポンペオは宣言した。 過去10年間、中国は南シナ海の小さな岩礁の存在をもとに疑わしい理屈で沖合の漁業と石油・ガス資源の権利を主張し、自国の領有権と権益を主張するフィリピン、インドネシア、マレーシアといった国々の船を追い払ってきた。 . 今回のポンペオの声明で、アメリカの政策が2016年の仲裁裁判所による画期的な判決に基づくものになることがはっきりした。これはフィリピンにとって特に重要だ。フィリピンはスカボロー礁、ミスチーフ礁、セカンド・トーマス礁のような小さな岩礁の周囲の漁場や潜在的な石油資源へのアクセスをめぐって長年中国と争い、仲裁裁判所に提訴した。ポンペオはまた、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアといった国々の沖合の海域を略奪しようとする中国の違法な企てに反論した。 「世界は中国政府が南シナ海を自国の海洋帝国として扱うことを許さない」と、ポンペオは言った。 どんな影響が生じるか アメリカの新政策はある意味、中国が勝手に地図上に引いて中国の領海とした、いわゆる「九段線」を初めて全面的に拒絶したものといえる。「中国政府は、2009年に正式に発表した南シナ海における『九段線』の主張に対して筋の通った法的根拠を示していない」とポンペオは指摘した。 しかし、アメリカの新政策は、紛争中の領海の主張に関する既存の国際法を順守する構えを明確にしたという点で重大なことではあるが、以前のアメリカの立場から「根本的に外れているわけではない」と、米戦略国際問題研究所(CSIS)のアジア海事問題専門家グレゴリー・ポーリングは言う。むしろ「前の政権で暗黙の前提とされていた多くのことを明確にした」ものだと、ポーリングは言う。 デービッド・スティルウェル国務次官補(東アジア・太平洋担当)も、今回の発言の意義をあまり重要視しなかった。14日にCSISが主催したオンラインイベントで、スティルウェルは、この決定は既存の海洋法を認めただけだと語った。「いうなればものごとを整理しただけだ」 とはいえ、そこには多くのいい点がある。ポンペオの宣言のおかげで、レーダーやその他の監視装置にあてる資金の増額が議会で認められるかもしれない、と米海軍大学ストックトン国際法センターのジェームズ・クラスカ教授は言う。 周辺の東南アジア諸国はこのところ、南シナ海に対する中国の覇権的行動に対するアメリカのより強い対抗策を求めて声をあげていたが、今回の発言でアメリカがこの問題への関与を深めることが他の国々に対して明確に示された。 <参考記事>南シナ海の領有権争いにロシアが乱入 <参考記事>一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国 ===== 今回の宣言は、南シナ海で既に確立されたアメリカの行動を促進するものだとクラスカは言う。 そこでクラスカが引き合いに出したのが「航行の自由」作戦だ。アメリカの船や航空機を紛争地域に送り、そこを通過する権利を示すことによって、中国の主張に挑戦するというやり方で、オバマ政権が開始したが、トランプ政権下でも続けられている。 実際、今年に入ってすでに4回も実施した。ポンペオの声明の翌日の7月14日にも、スプラトリー諸島の近くに誘導ミサイル駆逐艦を送り込んだ。オバマ政権が8年間で実施した航行の自由作戦は、わずか6回だった。 ポーリングにしてみれば、今回の宣言は、中国と対立するトランプ政権の政治的動機に基づくと共に、急速に変化する戦略的環境を反映している。 強大な海軍と、巨大で攻撃的な沿岸警備隊を擁する中国の海の軍事力を前に、小さな国々の活動はますます困難になっている、とポーリングは指摘する。 「南シナ海が中国の海になる可能性はそれほど低くない」と、ポーリングは言う。「だから、今、動かなければ、間に合わないかもしれない」 意図せざる衝突の火種 中国の行動が単なる「不安定化要因」から「違法」という表現に変わったことは、新疆ウイグル問題をめぐる中国の個人に科された制裁と同じように、制裁への扉を開く可能性があるとポーリングは言う。 CSISフォーラムで制裁について尋ねられたスティルウェルは、明言を避け、「あらゆることが検討されている」と答えた。 中国では、国営メディアの環球時報がその社説でポンペオの声明を「卑劣」と呼び、アメリカが声明を発表したことを「より多くの対立を扇動する前兆」と非難した。 「中国には海洋法に関する国際連合条約を含む国際法に基づいて、南シナ海に対する主権と管轄権を持っている。歴史的にも中国には南シナ海に権利がある」と社説は主張した。(ハーグの判決が明らかにしたように、どれも真実ではない)。 この海域をパトロールするアメリカ海軍の存在感が増したことは、米中対立のリスクを高めるが、紛争が起きる可能性は低い、とポーリングは言う。むしろ、小さなアジア諸国の船舶と中国の船舶との衝突が、アメリカとの相互防衛条約を発動し、思いがけず超大国同士の対決が起きる可能性が高い、と彼は見ている。 ポンペオは昨年、紛争の対象となっているスカボロー礁を明確にアメリカ・フィリピン防衛条約の範囲内と定めた。これによって、スカボロー礁が軍事衝突の火種となる危険が生じている。 「その可能性はゼロではない」と、ポーリングは言った。 (翻訳:栗原紀子) From Foreign Policy Magazine 【話題の記事】 ・傲慢な中国は世界の嫌われ者 ・「中国はアメリカに勝てない」ジョセフ・ナイ教授が警告 ・中国は「第三次大戦を準備している」 ・【動画】集中豪雨により氾濫する長江 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月21日号(7月14日発売)は「台湾の力量」特集。コロナ対策で世界を驚かせ、中国の圧力に孤軍奮闘。外交・ITで存在感を増す台湾の実力と展望は? PLUS デジタル担当大臣オードリー・タンの真価。