<台湾もマスク外交を展開、不良品をばらまいて信頼をなくす中国を尻目にソフトパワーを発揮している。果たしてその狙いとは? 本誌「台湾の力量」特集より> 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は基本的な医療用品の価値を変えた。マスク、綿棒、手袋、医療用ガウンなどPPE(個人用防護具)が世界的に不足し、多くの国々が輸出を規制する一方で、大量の緊急輸入に乗り出したからだ。おかげで、生産国は強力な交渉カードを手に入れることになった。 その代表格が台湾だ。医療用マスクの生産では世界のトップクラス、しかも世界でも例外的にウイルスの感染封じ込めに成功している。 この強みを政治的に生かして長年のライバル・中国に水をあけるには今はめったにないチャンスだ。とはいえ、切り札は賢く使う必要がある。とりわけ対米関係ではそうだ。 人口2300万人の台湾は今やマスクの生産量で世界第2位。パンデミックのさなかで増産体制を整え、日に1700万枚を生産している。台湾政府は今年1月に施行した布マスクの輸出規制を3月には解除した。 この措置で恩恵を受けるのは、言うまでもなく感染者数世界最多のアメリカだ。台湾の呉釗燮(ウオー・シエチヤオ)外交部長(外相)は毎週10万枚のサージカルマスクをアメリカに寄付すると約束。アメリカはお返しに台湾に30万着の防護服を送ることにした。 次いで台湾はマスクを最も必要としている国々に1000万枚を寄贈すると発表。これにはアメリカに追加支援として送られた200万枚も含まれる。 ここ何年か中国の圧力で台湾と国交を結んでいる国はめっきり減ったが、今も付き合いがあるオセアニアの国々などに台湾は快く支援を申し出た。さらにイタリア、スペイン、フランス、オランダ、イギリスなど多くの犠牲者を出した欧州の国々にもPPEを提供した。 輸出規制をムチにした中国 既に米台間では検査キットやワクチン、治療薬の研究開発を共同で進める計画がまとまっている。台湾外交部(外務省)と台湾における米政府の窓口機関・米国在台協会は3月に共同声明を発表。専門家の交流、医療用品・機器の確保、濃厚接触者の追跡方法・技術、感染防止と予防措置に関する研究調査でも協力体制を組むことを明らかにした。 米台の絆の深まりは、悪化する一方の米中関係と明暗を分ける。米中間では多少の相互支援はあったものの、実質的な研究協力に向けた協議はほとんど進展していない。 トランプ政権が2018年7月に始めた貿易戦争では、約50億ドル相当の医療用品にも高関税が課された。その結果、アメリカの中国からの医療用品の輸入は、2017年に比べ19年には金額にして2億ドル近く、16%も激減。逆に中国以外の国々からの輸入は23%増加した。中国からの輸入減のせいで、アメリカは新型コロナウイルスの猛威に万全な備えができなかったと、米有力シンクタンク、ピーターソン国際経済研究所のチャド・バウン上級研究員は指摘する。 【関連記事】台湾IT大臣オードリー・タンの真価、「マスクマップ」はわずか3日で開発された 【関連記事】孤軍奮闘する台湾を今こそ支援せよ ===== 中国のマスク外交は不評だったが、台湾は危機のさなかで高品質のマスクの増産体制を整え I-HWA CHENG-BLOOMBERG/GETTY IMAGES 感染者の増加に伴い、トランプ政権は中国製の医療用品の関税をこっそり免除したが、不十分な措置だし、時期も遅過ぎた。 一方、初動の遅れや透明性の欠如で批判の嵐にさらされた中国は汚名返上に躍起になった。欧米諸国など感染拡大に苦しむ国々に、アメリカよりも強力な支援ができるとアピール。医療機器やPPE、医薬品をヨーロッパ中に送った。 「コロナ危機に比較的うまく対応できた中国は、それを利用して、アメリカが国際社会で全く指導力を発揮していない時期に、世界中でソフトパワーを発揮し、一気に影響力を高めようとした」と、米シンクタンク、外交問題評議会のジョシュア・カーランジック上級研究員は言う。 相手国が感謝したかどうかはさておき、欧州向けには精力的に人道援助プロパガンダを行った中国だが、アメリカにはそんな太っ腹ぶりは見せなかった。むしろトランプ政権の「悪行」を懲らしめるムチとしてマスクの輸出規制を利用しようとした。中国政府系メディア・環球時報の記事は、米政府が中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)製品を排除するなら、中国企業は「アメリカが喉から手が出るほど欲しがっているマスクの輸出を止めるかもしれない」と論じた。 もっとも医療用品の輸出規制を打ち出したのは中国だけではない。独立監視機関のグローバル・トレード・アラートによると、3月下旬時点では54カ国・地域が新型コロナウイルス対策の医療用品や医薬品の輸出を規制していた。アメリカは中国に代わる主要な供給国としてメキシコを頼りにしたが、メキシコも感染状況がさらに悪化すれば対米輸出を控える可能性がある。 そんななかで台湾がマスク外交を展開すれば、単に経済的なメリットがあるだけではない。台湾は長年、対米関係を強化し、武力のみならずソフトパワーでも中国の脅威に対抗しようと努めてきた。 捨て駒の地位を脱した台湾 一部の中国企業は供給不足に付け込んで荒稼ぎしようとしたらしく、図らずも中国のマスク外交でそれが露呈した。中国製の医療用品・機器の品質に一部の国々が疑問の声を上げたのだ。オランダは中国製マスクの品質が検査で基準を満たしていないことを確認。大量に回収し、残りの出荷を停止した。スペインやトルコなどは、中国企業から調達した新型コロナウイルスの迅速検査キットの不具合に気付き、大量に返品したり廃棄したりする羽目になった。 【関連記事】台湾IT大臣オードリー・タンの真価、「マスクマップ」はわずか3日で開発された 【関連記事】孤軍奮闘する台湾を今こそ支援せよ ===== こうした状況は、アメリカの後押しを受けた台湾にとっては、国際的な立場を強化できる絶好のチャンスとなる。とりわけWHO(世界保健機関)へのオブザーバー参加には期待が高まった。 WHOに加盟できるのは国連の加盟国だけで、中国の圧力で台湾は国連加盟を認められていないため、WHOからも排除されている。ただ、過去にはオブザーバー参加が認められていて、パンデミックをきっかけに台湾の参加を認める機運が高まった。カナダ、欧州各国、日本、アメリカが支持したが、中国が頑強に抵抗。今年5月の年次総会では台湾のオブザーバー参加は見送られた。 トランプ政権は歴代の米政権の中でも最も台湾寄りともみられ、以前から米台関係は良好だったが、コロナ危機でさらに絆が深まった。 米中の緊張がエスカレートするなか、ドナルド・トランプ米大統領は3月末、連邦議会が可決した「台北法案」に署名。米台の経済関係を強化し、台湾の国際参加を支援する同法の成立は、台湾が国際社会の一員として受け入れられることをアメリカは支持するという明確なメッセージともなる。 パンデミックを克服するには国際協調が不可欠だが、残念ながら米中対立がそれを妨げている。そうしたなかで事態打開の鍵を握るのが発信力を増した台湾の存在だ。 もはや台湾は米中の頭越し外交に翻弄される、ただの捨て駒ではない。 From Foreign Policy Magazine <2020年7月21日号「台湾の力量」特集より> 【話題の記事】 ・台湾のビキニ・ハイカー、山で凍死 ・中国は「第三次大戦を準備している」 ・中国・超大国への道、最大の障壁は「日本」──そこで浮上する第2の道とは ・どこにも行かない台湾の「なんちゃってフライト」、コロナで旅に飢えた応募者が殺到 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月21日号(7月14日発売)は「台湾の力量」特集。コロナ対策で世界を驚かせ、中国の圧力に孤軍奮闘。外交・ITで存在感を増す台湾の実力と展望は? PLUS デジタル担当大臣オードリー・タンの真価。