<好景気の中で貧困が生じ、優しさの中で人が苦しむ――そんな沖縄の謎を16年前に沖縄に渡った元証券マンが分析した『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』> かつて職場で、沖縄出身のアルバイト青年に働いてもらっていたとき、かなり戸惑ったことを憶えている。温厚で性格も穏やか、仕事もきちんとできるのに、時間にルーズであることを気にも留めないなど、こちらが"常識"だと思っていることが通用しない場面が多かったのである。 もちろん、彼が沖縄の全てではない。だが、『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(樋口耕太郎・著、光文社新書)を読んだ結果、やはり"沖縄の人ならではの不可解さ"というものは少なからずありそうだと分かった気がした。 事実、著者も本書の冒頭で、沖縄には謎が多いことを認めている。 2012年以降、好景気が続いており、経済は絶好調。数々の特別措置と手厚い経済援助を受けているため、社会インフラの整備は全国で最も進んでいる地域のひとつ。一人当たりの県民所得は4年連続で上昇し、過去最高を更新。 ところがその一方で、都道府県別の県民所得では11年連続で全国最下位。賃金は全国の最低水準で、貧困率は全国平均の2倍。よく指摘されることだが、沖縄は日本でも突出した貧困社会だ。 優しい沖縄人(ウチナーンチュ)、癒しの島......沖縄に魅せられた多くの人が、その最大の魅力は島の人の穏やかさ、温かさ、だと口をそろえる。 またその一方で、沖縄社会における、自殺率、重犯罪、DV、幼児虐待、いじめ、依存症、飲酒、不登校、教員の鬱の問題は、全国でも他の地域を圧倒している。 なぜ、「好景気」の中で貧困が生じ、「優しさ」の中で人が苦しむのだろう?(「はじめに 沖縄は、見かけとはまったく違う社会である」より) 本書は、こうした矛盾が沖縄でなぜ生じているのか、その「本当の理由」を論じたものだ。とはいえ著者は、さまざまな事情があって16年前から沖縄で暮らしているものの、沖縄に地縁があるわけではない。 8年前に沖縄大学に採用されて以来、国際コミュニケーション学科の教員として、『観光経営論』や『幸福論』などを教えているが、それまでの二十数年間は、野村證券を振り出しに、金融・事業再生が私の主戦場だった。(「はじめに 沖縄は、見かけとはまったく違う社会である」より) だが学生たちと接する中で、彼らが抱えるさまざまな障害を目の当たりにした。それらは学生だけが抱えるものではなく、沖縄県人全体の障害として捉えることができたのだという。 例えば"沖縄県人らしさ"を象徴するエピソードとして紹介されているのが「クラクション」の問題だ。 【関連記事】沖縄の風俗街は「沖縄の恥部」なのか? ===== 沖縄を訪れる観光客は、どれだけ道が混雑していても、誰もクラクションを鳴らさないことに気がつくと、「沖縄の人たちはなんて優しいんだ」と感動する。 世界中どこの都市でも街の音と言えばクラクション。那覇市は人口あたりの町の騒音が最も低い都市の一つではないかと思うくらいだ。 ところが、沖縄で暮らして何年か経過すると、これはクラクションを「鳴らさない」というよりも、「鳴らせない」状態に近いということを理解しはじめる。(74ページより) もしクラクションを鳴らしながら生活すれば、「怖い人さーねー」という噂や言葉にならないニュアンスがなんとなく広まり、周囲の人が離れていくことになる。 著者によれば、その不思議なルールは本土の人には見えない地雷のようなもの。よって、そういう「沖縄の空気」を読めずにいると怪我をすることになるというのだ。 さまざまな意味において「クラクションを鳴らすことが許されない」沖縄社会では、人と異なる態度を取ることが難しい。人からのちょっとした誘いに対しても、面と向かって断ることはできない。 そこには人間関係に対する絶縁状のような感覚が含まれており、断られた側は「裏切られた」と解釈しかねない。沖縄の「横のつながり」の緊密さは有名だが、だからこそ小さなクラクションを鳴らしただけで、思わぬ波及効果を生んでしまうというのである。 そのため沖縄の人たちは、昇進・昇給を望まない。がんばる人(ディキヤーフージー)は周囲の空気を悪くする存在であるため、あえて成功しようという動機づけが生まれない。いかに失敗を避けるかが重要視されるため、その最も有効な手段として「現状維持」が選ばれるというのだ。 それは日常生活についても同じで、消費者は「定番商品」を買い続ける。そのため特に質が高いわけでもない平凡な商品が、異様なロングセラーになっているらしい。つまり、「人とは違うものを買うと目立ってしまう」と考えてしまうのかもしれない。 売れる理由が、商品性でもない、価格でもない、地元産だからでもない、唯一残る可能性は、「いつも買っているから」「みんなが買っているから」「人間関係があるから」、つまり、商品を選んでいないからではないだろうか。そうでなければ、これらの商品が沖縄の定番になっていることの説明がつかないのだ。(96ページより) お腹が空いていなくても、みんなが食事に行くと聞けば一緒に行って食べなくてはならない。食事をするときも、洗練されたレストランよりも知り合いの店。ファッションも、個性的なものより一般的なもの。 常に人の目を意識しているということで、そこには「自尊心の低さ」という問題が絡んでいると著者は分析する。 目立つことを恐れて昇進を断ったり、真面目に仕事をしながら低賃金に甘んじたり、「どう思われるか」を恐れて言うべき意見を控えたり、派手だと思われそうな消費を控えたり、質が悪い物を知り合いの店から買い続けたり......と、そうした行動全てが「自分を愛せない人の行動原理」として説明できると著者は言う。 【関連記事】辺野古「反対多数」 沖縄ルポで見えた県民分断のまぼろし ===== 沖縄には、しばしば問題から目を背けるために使われる「なんくるないさ」という言葉がある。本来は、マクトゥソーケーナンクルナイサ(人事を尽くして天命を待つ)という素晴らしい意味が、いつからか、「何もしなくてもOK」という意味でも使われるようになっている。現状維持は強力な麻酔として機能するため、虐げられ、苦しんでいる貧困層ほど、現状を肯定する。(147ページより) それは「無感覚」になるということなのだろう。では、どうすれば自尊心を回復できるのだろうか? この問いに対して、著者は「その人の関心に関心を注ぐこと」が大切だと主張している。 「誰かと真につながっている」「自分は一人ではない」という感覚は、あらゆる人間の幸せにとって、決定的に欠かすことができない要素なのだ。 人が、つながりの感覚を取り戻すのは、自分の関心に関心を持ってくれる人との出会いによってである。「自分のほんとうの気持ちをわかってくれる人がいる」と感じるとき、人は自分の価値を信じられるようになるからだ。 人生でそんな体験を「プレゼント」してくれる人との出会いほど、価値あるものはない。(172~173ページより) 確かにその通りだろう。だが、ここでひとつ気づくことがある。著者の言う「沖縄の問題」であるこの議論は、日本社会全体にも当てはまるということだ。同調圧力があるのは沖縄だけではなく、本土の社会にも画一を好む強い圧力は存在するのだから。 本書にあるように、沖縄が日本で最も自尊心の低い地域であることは疑いようもない事実なのだろう。だが忘れるべきでないのは、そもそも日本人が世界で最も自尊心の低い国民だということだ。 そういう意味で、沖縄問題は「日本問題」でもあるのだ。だからこそ、本土で暮らす私たちも、ウチナーンチュの気持ちを自分ごととして捉える必要があるのかもしれない。 沖縄の人にとっては、手厳しいことも書かれている。だが重要なポイントは、著者がただ闇雲に沖縄を非難しようとしているわけではないということだ。それどころか、厳しさの裏側にあるものは「愛」である。 人の関心に関心を持ち始めると、自分自身に対しても、真の関心が生まれるのだと思う。「自分の人生で、心から、何よりも、大切にしたいことはなんだろう?」 私はこの問いに、40年間近い人生で初めて、真に、向き合ったのかもしれない。 私の答えは、愛だった。 それは、自分を愛し、真の自分を生き、真に人とつながるために必要な行動を、あらゆることに優先するということだ。(194ページより) この部分に、著者が最終的に伝えたかったことの全てが凝縮されているように思う。 『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』 樋口耕太郎 著 光文社新書 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 【話題の記事】 ・沖縄の風俗業界で働く少女たちに寄り添った記録 ・日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい ・海兵隊に密着取材:在日米軍の真実 ・売春島」三重県にあった日本最後の「桃源郷」はいま...... [筆者] 印南敦史 1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。新刊は、『書評の仕事』(ワニブックス)。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月28日号(7月21日発売)は「コロナで変わる日本的経営」特集。永遠のテーマ「生産性の低さ」の原因は何か? 危機下で露呈した日本企業の成長を妨げる7大問題とは? 克服すべき課題と、その先にある復活への道筋を探る。