<ASEANでコロナ禍がもっとも深刻な国は、感染が切実な地方パプアにまた別の問題を抱えている> インドネシアの東端、ニューギニア島西半分を占めるパプア地方の山間部で7月18日、パプア人男性とその息子の2人がインドネシア陸軍兵士によって殺害される事件が起きた。 現地からの情報が限られているため、これまでのところ実際に何が起きたのか詳細は不明で、目撃者情報と軍の発表では食い違いがあるのも事実だが、パプア州ンドゥガ県のケニャム付近で軍の検問所に近づいて来たパプア人男性2人に対し、警戒中の兵士が身柄を拘束して尋問を始めた後に発砲、2人が殺害されたという。 その後の調べで2人の男性は親子であり、軍側は2人が武器を所持して武装していたことや武装組織と関連があるとの情報を事前に得ていたとして、周辺地域で活動を続ける武装抵抗組織の関係者だったと強調していることがわかった。 検問所で暴力受け尋問、直後に銃声 事件は7月18日午後、パプア州中央山間部ンドゥガ県の県都ケニャムに通じる道路に軍が設置した検問所で発生。近づいたてきたパプア人の集団から2人の男性が引き止められ、軍による尋問や所持品検査が始まった。そして他の集団が検問所を通り過ぎた直後に銃声が聞こえたと目撃者などがメディアの取材に答えている。インドネシア主要紙「ジャカルタポスト」や「テンポ」などが伝えた。 その後軍が「ケニャムの検問所で男性2人を射殺した」と発表したことで尋問された2人が軍によって殺害されたことが確認された。 地元関係者によると射殺されたのはエリアス・カルング氏とスル・カルング氏で年齢は不詳ながらエリアス氏はスル氏の父親という親子だったという。 目撃者によると2人はこの日、他のパプア人数十人とともに、1年以上避難していた山間部のジャングルから町に下ってきたもので、スル氏が先頭を歩いてケニャム川に近い軍の検問所に向かったという。 その後スル氏だけが兵士に呼び止められて尋問が始まり、目撃者によると殴打されながらの尋問となり、見かねた父エリアス氏が息子を取り返すべく検問所に向かったという。 兵士らはスル氏が斧を所持していたため「武装していた」としているが、仲間によると「スル氏の斧はジャングル内で調理用のマキを調達したり、川を横断する際に橋となる木材を切り出しするため所持していただけだ」としており、人を殺傷するためではなかったと話している。 スル氏と父親を検問所に残して他の人びとは急いで通り過ぎて歩き始めたが、間もなく銃声が聞こえた、とメディアに対して証言している。このため、検問所で2人の親子が一方的に射殺された可能性が極めて高いとみられている。 【話題の記事】 ・東京都、23日のコロナウイルス新規感染366人で過去最多に 緊急事態宣言解除後の感染者が累計の過半数超える ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・がんを発症の4年前に発見する血液検査 ・インドネシア、地元TV局スタッフが殴打・刺殺され遺体放置 謎だらけの事件にメディア騒然 ===== 「2人は武装組織の一員」と軍は殺害正当化 7月21日に地元ンドゥガ県を管轄する陸軍司令部のグスティ・ニョマン・スリアスタフ大佐はメディアに対して「殺害された2人は治安当局が以前から武装組織と関係があるとしてマークしていた人物であり、客観的な証拠から武装勢力メンバーであると思慮できる蓋然性もあり、止むを得ない発砲だった」と発砲、殺害は正当な行為だったと説明している。 軍の発表によると、殺害された2人の所持品からは回転式拳銃や斧、鉈などの武器類とともに現金約950万ルピア(約7万5000円)、携帯電話が押収された。この携帯電話は約1カ月前に盗まれた陸軍兵士の所持品だったことが製品ナンバーから確認されたとしている。 こうした証拠に加えて以前から武装組織メンバーとしてマークしていた人物であることなどを射殺正当化の理由としているが、検問所の中で尋問中に一体何があり、どうして射殺にいたったかなどの詳しい経緯については軍も明らかにしていない。 ンドゥガ県で続く衝突で住民は避難 今回事件のあった山間部のンドゥガ県は2018年12月にジョコ・ウィドド大統領の看板政策であるインフラ整備の一環として建設中だった「トランス・パプア道路」の工事現場で作業員が武装勢力に襲撃されて19人が死亡する事件以来、治安部隊と武装勢力による衝突が続いている地区だ。 2019年3月には同県イギ地区で移動警戒中の陸軍部隊25人が待ち伏せ攻撃され、銃撃戦の末兵士3人、武装勢力側7人が死亡する事件も起きている。 この時の衝突などを契機に治安当局は同県に600人の要員を増派して、武装組織メンバーの捜索、掃討作戦を続けている(関連記事:「インドネシア、パプアの戦闘激化で国軍兵士600人増派 治安維持に躍起」)。現地は外国報道陣だけでなくインドネシア関係者の立ち入りも「安全上の理由」として厳しく制限され、武装勢力の情報交換や連絡阻止と称して携帯電話やインターネットなどの通信制限が頻繁に当局によって実施され、現地の情勢が外部に伝わりにくい状況が続いている。 軍や警察など治安当局の一方的な発表、情報をマスコミなどが独自に確認、検証する手段が極めて限定されているため、治安当局者による不当逮捕や暴力・殺害行為を含めた人権侵害が深刻化しているとの情報が以前から根強くあることも事実だ。 治安部隊が増派されたンドゥガ県では2018年12月以降治安状況が極端に悪化したため、多くの住民が隣接のジャヤウィジャヤ県に避難した。しかし、パロ、コンガロ、そしてセル氏親子の出身地であるヤルなどの村の住民は避難経路の安全が確保されずに危険なため、山間部のジャングルに身を寄せ、そこでの生活を余儀なくされていたという。 こうしたジャングルでの避難生活は十分な食料調達や病気治療が難しいことからパプア人の多数が避難生活中に命を落としているとの報告がある。 パプアでの人権問題を扱う団体などの報告によると、道路建設作業員が多数殺害された2018年12月から2019年7月までの間に飢えや病気で死亡したパプア人避難民は182人に上るという。その一方で地元政府などは同期間の死亡者は子供23人を含む53人であるとし、数字には大きな違いが生じている。 【話題の記事】 ・東京都、23日のコロナウイルス新規感染366人で過去最多に 緊急事態宣言解除後の感染者が累計の過半数超える ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・がんを発症の4年前に発見する血液検査 ・インドネシア、地元TV局スタッフが殴打・刺殺され遺体放置 謎だらけの事件にメディア騒然 ===== パプア人が直面する治安問題とコロナ こうした衝突が発生するたびに治安当局は武装勢力による事件と断定することが続いている。パプア地方では独立を求める武装組織「自由パプア運動(OPM)」による抵抗運動が各地で小規模ながら続いている。そのOPMは複数の分派や自称グループなどに分かれていて、必ずしも統一された命令系統の組織として活動している訳ではなく、また地域ごとに複数の司令官が部隊指揮を執っているともいわれている。 そうしたなか、中部山岳地帯で主に活動するOPMのグループはエギアヌス・コゴヤ司令官が指揮する組織とされ、2018年12月の道路建設作業員襲撃事件や2019年3月の陸軍部隊待ち伏せ攻撃も同グループの犯行とみられている。 今回の親子2人殺害に関して、軍は2人がこのコガヤ司令官が指揮するグループのメンバーであり、特に息子のスル氏は以前からメンバーとしてマークしてその行方を追っていた、と説明している。 しかし軍の説明が事実としても検問での尋問で射殺するような逼迫した場面が果たして生じたのか、それとも「超法規的措置」として一方的に殺害したのか、軍もその経緯について現段階では詳らかにしていないため、真相は藪の中である。 7月19日の日曜日、ケニャムでは多くのパプア人が恒例のキリスト教会日曜ミサに参加せず、ケニャム空港近くで実施された街頭デモに参加し、スル氏親子2人の遺体返還を治安当局に対して求めたという。 その後遺体は返還され、近くの墓地に埋葬されたと地元紙は伝えている。その同じ墓地には2019年12月に射殺された県副長官側近のパプア人も眠っているが、その事件の犯人はいまだに逮捕されていないという。 ジョコ・ウィドド大統領は依然として猛威を振るい感染者が9万人を超え、感染死者も4500人に迫っているコロナウイルス対策で頭を抱えているが、国内34州のうち特に感染が深刻な8州での感染拡大防止策の強化、徹底を指示している。 パプア州はその8州の中に含まれており、パプア州のパプア人にとっては治安当局との衝突激化による治安悪化と同時にコロナウイルス感染も日常生活にとって深刻な問題となっている。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など 【話題の記事】 ・東京都、23日のコロナウイルス新規感染366人で過去最多に 緊急事態宣言解除後の感染者が累計の過半数超える ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・がんを発症の4年前に発見する血液検査 ・インドネシア、地元TV局スタッフが殴打・刺殺され遺体放置 謎だらけの事件にメディア騒然   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月28日号(7月21日発売)は「コロナで変わる日本的経営」特集。永遠のテーマ「生産性の低さ」の原因は何か? 危機下で露呈した日本企業の成長を妨げる7大問題とは? 克服すべき課題と、その先にある復活への道筋を探る。