<一般投票で負けても居座るために......にわかには信じ難いトランプ続投の巧妙な手口> 11月の米大統領選まで4カ月を切り、民主党の事実上の大統領候補であるジョー・バイデン前副大統領が、ドナルド・トランプ大統領を倒す可能性が高まってきたかに見える。勝敗のカギを握る激戦州でも、トランプの形勢は不利になりつつある。 それでもトランプが大統領の座を維持する方法は、大きく分けて2つある。 第1の方法は投票抑圧だ。有権者登録を難しくしたり、郵便投票(新型コロナウイルス感染症が流行中の今は特に必要とされている)の採用を阻止したり、有権者の市民権に疑いをかけたり、投票所に大行列ができるよう仕組むといった、既に実行に移されつつある戦略だ。 第2の方法は、もっとひどい。こちらは選挙後に起こる可能性のあるシナリオだが、私たちは今からそれを警戒しなければならない。トランプは既に、自分が一般投票に敗北し、十分な数の選挙人の確保にも失敗した場合でも、大統領の座にとどまる仕組みづくりに着手しているのだ。 今年3月、ケーブルテレビ局HBOで『プロット・アゲンスト・アメリカ』という連続ドラマが放送された。フィリップ・ロス原作の小説をベースにした作品で、大統領が国家緊急権の発動という誰も予想し得ない行動に出て、政府を完全に牛耳る物語だ。 だが、ニューヨーク大学法科大学院ブレナン司法センターが2018年に明らかにしたように、実のところアメリカの歴代大統領は、国家安全保障上の危機を理由に、さまざまな場面で国家緊急権を発動してきた。 従ってトランプの再選が危うくなるなか、次のようなシナリオが現実になる可能性は十分あるだけでなく、徐々に高まっている。なぜならトランプは、「負け犬」という大嫌いな烙印を逃れるためなら、文字どおり何でもやると考えられるからだ。 激戦4州に捜査が入る? 具体的なシナリオはこうだ。バイデンが一般投票で勝利し、選挙人を過半数確保する上でカギとなる激戦州アリゾナ、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアでも、それなりの(しかし圧倒的ではない)得票差で勝利する。 するとトランプは、選挙に不正があったと声を上げる。バイデンが勝利した激戦州では、中国が郵便投票に細工をして選挙に不正介入したと言うのだ(実際、トランプは6月22日のツイートで、郵便投票には外国政府が印刷した投票用紙が大量に交ざり込むと「予言」している)。 【関連記事】劣勢明らかなトランプに、逆転のシナリオはあるのか? 【関連記事】米民主主義の危機 大統領選で敗北してもトランプは辞めない ===== これは国家安全保障上の非常事態だと、トランプは宣言する。そして司法省に、激戦4州における「不正」を捜査するよう命じる。この4州の州議会は、いずれも共和党が多数派を握っているため、「国家安全保障に関する捜査」が終了するまで、選挙人の任命を行わないと決定する。 民主党は裁判を起こして、4州でのバイデンの勝利を確認する判決を求める。連邦最高裁は票の再集計こそ認めないが、大統領には国家緊急権に基づき捜査を命じる権限があると認定する。その一方で、選挙人団による投票は予定どおり12月14日に行われなくてはならないと判示する。 だが、激戦4州では司法省の捜査が終了していないため、これらの州の選挙人は投票に参加しない。このためバイデンもトランプも、勝利に必要な「選挙人団の過半数」を獲得することができない。 この場合、合衆国憲法は、大統領の選出を下院に委ねることを定めている。ただし、1人1票ではなく、各州に1票が与えられる。つまり民主党の下院議員が多い州はバイデンに、共和党の下院議員が多い州はトランプに投票することになる。 現在、共和党の下院議員が過半数を占める州は26で、民主党のほうが多い州は23。ペンシルベニアは同数だ。従って、たとえペンシルベニアがバイデンに投票することにしたとしても、トランプが26票、バイデンが24票を獲得して、トランプが大統領選の勝利を手にする──。 いくらなんでもそんなシナリオはあり得ないだろう、などと思ってはいけない。トランプはBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動が激化した6月初旬、1807年の反乱法に基づき軍にデモを沈静化させる可能性を示唆したばかりだ。 勝つためなら何でもする 本誌の元国際版編集長であるファリード・ザカリアは、ジョン・ボルトン前国家安全保障担当大統領補佐官によるトランプ政権暴露本を次のようにまとめている。「つまりドナルド・トランプは、自分の生き残りと成功のためなら、いかなる代償も払うし、いかなる取引もする。そして、いかなるルールも曲げる」 では、私たち市民はどうすればいいのか。 それは、アメリカを陥れるトランプの策略を、声高に、かつ一貫して暴くことだ。また、全米に「人民の防火壁」を築く必要がある。それは「民主的な統治システムを傷つけることは許さない」という強い意思表示だ。 【関連記事】劣勢明らかなトランプに、逆転のシナリオはあるのか? 【関連記事】米民主主義の危機 大統領選で敗北してもトランプは辞めない ===== ナンシー・ペロシ下院議長は、トランプが国家緊急権を発動した場合、どのような対応が可能か検討するため、今すぐ下院の司法委員会、商業委員会、軍事委員会、そして情報特別委員会に公聴会を開くよう要請するべきだ。 また、政府職員から議員、市民団体、企業や業界団体、法曹界や学界や学生団体、そしてもちろんメディアまで、社会のあらゆる構成員が、強権的な措置は許されないという意思表示をする必要がある。最近、多くの退役将軍がトランプに対して批判の声を上げたことは、私たちが見習うべき模範と言える。 私たちはトランプに、憲法に基づく秩序を傷つければ国民の圧倒的な反対に遭うことを知らしめる必要がある。「プロット・アゲンスト・アメリカ(アメリカを陥れる策略)」は、あくまでフィクションの世界の出来事だという事実を、大統領に突き付けなければならないのだ。 <本誌2020年7月28日号掲載> 【関連記事】劣勢明らかなトランプに、逆転のシナリオはあるのか? 【関連記事】米民主主義の危機 大統領選で敗北してもトランプは辞めない 【話題の記事】 ・中国は「第三次大戦を準備している」 ・ヌード写真にドキュメントされた現代中国の価値観 ・アメリカ猛攻──ファーウェイ排除は成功するか? ・大丈夫かトランプ 大統領の精神状態を疑う声が噴出 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年8月4日号(7月28日発売)は「ルポ新宿歌舞伎町 『夜の街』のリアル」特集。コロナでやり玉に挙がるホストクラブは本当に「けしからん」存在なのか――(ルポ執筆:石戸 諭) PLUS 押谷教授独占インタビュー「全国民PCRが感染の制御に役立たない理由」