<メアリー・トランプが罪深いと告発するのは叔父ドナルドではなく、彼の暴走を許し続けている人たち。本書タイトル「うんざりなのにやめられない」の真意とは> いわゆる「ドナルド・トランプ本」は掃いて捨てるほどある。どれも真偽の程は別として「読めばあきれる」話ばかりだが、本人の姪メアリー・トランプの書いた本書『トゥー・マッチ・アンド・ネバー・イナフ(Too Muchand Never Enough)』(7月14日刊)はさすがにひと味違う。直訳すれば「うんざりなのにやめられない」みたいな意味で、副題では現職のアメリカ大統領を「世界で最も危険な男」と決め付けている。 あまたのトランプ本に目を通した人なら、この男の女性関係やビジネス面の醜聞には「うんざり」しているはず。彼がSAT(大学進学適正試験)で替え玉を使っていたとかの話は初耳かもしれないけれど、彼(現職大統領)が常習的な嘘つきで、彼の父親も同じくらい「勝つためなら手段を選ばない」男だったことはとっくに知っている。 それでもメアリーの著書は一読に値する。ドナルド・トランプという男が救い難いだけでなく、彼を支えてきた人間たちも同じくらい救い難く、罪深いと告発しているからだ。 著者は臨床心理学の博士号を持っている。だから医学的な診断基準に照らして、ドナルドが病理的なナルシシストであることを指摘できるし、さらに反社会的人格障害や反社会病質、依存性人格障害に相当することも指摘できる。学習障害もありそうで、それが彼の情報処理能力に悪影響を及ぼしている可能性もあるという。 こうした診断の当否は専門家の判定に委ねるしかあるまい。しかし、著者の論点は別にある。ドナルドが修復不能なほど壊れているという話には冒頭でさらっと触れるのみで、その先では彼を支持する有権者や彼を頂点にまで押し上げた人たち、彼の取り巻きや崇拝者たちの心理に目を向けている。ここが類書と違う点だ。 「トランプ依存症」の人々 つまり著者メアリーにとって、あまたのトランプ本がたどり着く結論(ドナルドは壊れている)は議論の始まりにすぎない。真の問題は、誰がなぜ、いかにしてドナルドを「世界で最も危険な男」に仕立てたのかだ。前書きには、こうある。「なぜ彼が今の彼になったのかではなく、どう見ても適性を欠いている男がいかにして、いくら失敗しても勝ち上がることができたのかを理解しようとする試みは、今までほとんどなかった」 その空白を埋めるために、彼女は筆を執った。巻頭にはビクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の一節が掲げられている。いわく、「魂が暗闇に捨て置かれれば、罪はなされる。罪深きは罪を犯す者ではない、そこに暗闇を生み出す者だ」と。 【関連記事】劣勢明らかなトランプに、逆転のシナリオはあるのか? 【関連記事】米民主主義の危機 大統領選で敗北してもトランプは辞めない ===== 罪を問われるべきは、まずはドナルドを病的な男に育てた祖父フレッド。次にドナルドを増長させた家族と親族(ここには著者自身の家族も含まれる)。そして彼をのさばらせたメディア、彼を金儲けの天才であるかのごとく扱った銀行、彼を担いだ共和党、そして今なお彼の妄想を膨らませ続けている側近たちだ。 タイトルの「うんざりなのにやめられない」は、依存症患者の心理を見事に言い当てている。ドナルドは追従と名声、富と成功に溺れているし、アメリカは(少なくともアメリカの一部は)そんな男の魔力に救い難く溺れている。 著者メアリーは本書で、自身と兄フリッツがトランプ一族から捨てられた経緯を詳しく語っている。2人の父であるフレディは長男だから、祖父フレッドの築いた不動産帝国を継ぐ立場だったが、酒と病で絶望の奈落へと落ちた。叔父のドナルドは弱ったフレディを救うどころか、フレディを踏み台にして、祖父の財産と事業を受け継いだ。 後継者としての地位が固まると、一族はドナルドを中心とし、盛り立てる方向で動き始めた。死んだフレディの子であるメアリーと兄フリッツは相続権も奪われ、やがて縁を切られた。 これは悲劇だが、メアリーは子供の頃から身内の大人たちに失望していたようだ。連邦判事にまでなった伯母のマリアンら、地位も知性も高いはずの人々の情けない振る舞いを、彼女は淡々と描く。 身内だけではない。弁護士や会計士もドナルドの気まぐれを許し、失敗の尻拭いをしてきた。取り巻き連中や共和党の幹部、保守的なキリスト教団体は、彼の欠陥や問題点には目をつぶって彼の選挙を応援した。並み居る議員や閣僚も同類だ。 みんな、どこかで頭がおかしくなったのか? トランプ一族がフレディを見捨てたように、みんな他人の苦しみや犠牲を知りながらドナルドをかばい、甘い汁を吸っている。メアリーが幼時に受けたトラウマは、今やアメリカのトラウマだ。それが彼女には耐えられない。なぜ、こんなことを繰り返すのか? 本書で最も注目すべきは、ドナルドは「ホワイトハウスという『施設』に収容されている」ため、精神鑑定をしたくても手が出せないという主張だ。著者によれば、ドナルドは「成人してからずっと、施設に保護されて暮らしてきたようなもの。外の社会では成功どころか、生きていけるかどうかも怪しい」。 裸の王様を担いだ罪 こんなホワイトハウスは前代未聞だ。今のアメリカ大統領府は指導者が立つ演壇ではなく、壊れた男を守る場所、「警戒厳重で、壁には緩衝材が貼ってある非常に高価な独房」だとメアリーは書く。彼女が力説するのは、たとえ精神を病み、世間から隔離された男でも、社会全体に取り返しのつかない打撃を与えられるという事実だ。 【関連記事】劣勢明らかなトランプに、逆転のシナリオはあるのか? 【関連記事】米民主主義の危機 大統領選で敗北してもトランプは辞めない ===== しかし最も興味深いのは、この「施設」でドナルドの世話をしている面々の描写だ。妻メラニアや子供、弁護士や銀行家、ウィリアム・バー司法長官やマイク・ポンペオ国務長官、そして娘婿のジャレッド・クシュナー。本来なら私たちをドナルドから守れたはずなのに、そうしないでいる人たちへの痛烈な評価だ。 王様は裸だと知りつつ、彼らは恥も外聞もなくドナルドをおだて、祭り上げてきた。なぜなのか。 答えは本書の後半に用意されている。彼女は書く。祖父フレッドは息子ドナルドがペテン師であることに気付いていたし、そもそもフレッド自身が公金を食い物にして懐を肥やし、脱税で子供たちを太らせる詐欺師だったと。 だからこそ祖父フレッドは、息子がカジノ経営で大失敗したときも裏で助けてやった。「フレッドはドナルドの成功という幻想にあまりに多くを注ぎ込んだので、ドナルドから離れられなかった」。メアリーはそう書いている。 この評価は、2016年大統領選挙でトランプ陣営の選対本部長だったケリーアン・コンウェイや元大統領補佐官のジョン・ボルトン、メラニアといった面々にも当てはまりそうだ。 こういう面々にいつも守られているから、ドナルド・トランプは決して学ぶことがない。甘やかされ、嘘を聞かされ、称賛されるばかりだから、自分は何をしてもいいと思い込んでいる。 そんなドナルドが、いくら負けても勝ち残れるのは、彼の妄想を大事に育ててきた人たちが彼を守るためなら何でもするからだ。彼自身は空っぽだ。だから操るのは簡単だが、途中で放り出すわけにはいかない。そんなことをすれば全ての虚構が明るみに出て、自分たちの道徳的・戦略的な誤りを認めざるを得なくなる。だが、誰だって今さら誤りを認めたくはない。 家族の生き証人として ドナルドは単なる鏡だ。この男が空っぽなのは、彼を育て、支えてきた人たちが空っぽだから。鏡に映る裸の王様は実のところ自分たちだと、気付かされるのは耐え難い。だから、もう落ちるところまで落ちるしかないと思ってしまう。 最悪だ。メアリーが結論的に書いているように、ここまでくると「真に問題なのはドナルド本人ではない」。本当に問題なのは彼の魂を「暗闇に捨て置く」面々であり、その責任こそ問われるべきだと著者は言う。 【関連記事】劣勢明らかなトランプに、逆転のシナリオはあるのか? 【関連記事】米民主主義の危機 大統領選で敗北してもトランプは辞めない ===== メアリーは才能のある書き手であり、正義や公正、真実を犠牲にして空っぽな男を王様に仕立てた一族の生き証人であり、その一族の犠牲者でもある。 メアリーには、今さらドナルドを非難する気はない。そんな話は、彼の近くにいた人間なら誰でも書けるだろう。しかし彼女の本が類書と比べて際立つのは、彼女が(親族でありながら)ドナルドの近くにいなかった点に由来する。 メアリーの父は祖父の遺産を相続できず、トランプ一族から追放された。だから彼女は何らかの理由で離れたのではなく、初めからドナルド帝国の外にいた。だからこそドナルドに近づき、その帝国に入り込み、やがて離れられなくなった人たちの醜態がよく見える。彼らはなぜ、ドナルドの肥大したエゴを守るために嘘をつき続けるのか。自分たちの壮大な誤りを認めたくないからだ。 <本誌2020年8月4日号掲載> 【関連記事】劣勢明らかなトランプに、逆転のシナリオはあるのか? 【関連記事】米民主主義の危機 大統領選で敗北してもトランプは辞めない 【話題の記事】 ・中国は「第三次大戦を準備している」 ・ヌード写真にドキュメントされた現代中国の価値観 ・アメリカ猛攻──ファーウェイ排除は成功するか? ・大丈夫かトランプ 大統領の精神状態を疑う声が噴出 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年8月4日号(7月28日発売)は「ルポ新宿歌舞伎町 『夜の街』のリアル」特集。コロナでやり玉に挙がるホストクラブは本当に「けしからん」存在なのか――(ルポ執筆:石戸 諭) PLUS 押谷教授独占インタビュー「全国民PCRが感染の制御に役立たない理由」